JIA Bulletin 2022年夏号/海外レポート

そとに暮らす
―ベトナムにみる屋外空間の魅力―

佐貫 大輔

 ベトナムに移り住んで早12年になる。2020年から続く新型コロナウイルスはそれまで安定していると思っていたベトナムでの生活を一変させた。当初ベトナムは厳しい渡航規制により国内では大きな制限は行われなかったが、2021年には感染者数が爆発。南部のホーチミン市で市民900万人が外出を禁じられ、軍隊も出動する中、1ヵ月ほど買い出しすらも厳しく規制される日々が続いた。普段は活気のあるホーチミンもまるで別の街であるかのように閑散としており、失って初めてベトナムの街にとって、いかに路上での人々の往来や屋外の自由なアクティビティが重要であるのかを改めて気付かされた。
 2022年4月現在、ベトナムのコロナ禍は落ち着きを見せ、街は賑わいを取り戻しているが、私自身はベトナムのエネルギッシュな街並み、特に屋外を利用した暮らしに今まで以上に魅力を感じるようになった。今回はそうした生き生きとしたベトナムの屋外空間の使われ方とともに、自身の住宅設計についても触れてみたいと思う。

■ホーチミンのソーシャルハウジング
 ホーチミンの都市を歩くと、大通りには面していない路地の内側に建つ団地のような古い建物群に出会うことがある。これらはベトナム語でkhu ở tập thể(ドミトリーの意)と呼ばれ、植民地時代の投資家や、ベトナム政府などによって19世紀末から1980年代まで建てられた社会住宅である。現在も低所得者向けの住宅として点在しており、すでに老朽化ならびに再開発計画によって多くが取り壊されることが決まっているものの、住民たちの反対によって今のところまだその姿を見ることができる。
 ここで興味深いのはその共用部分だ。多くは外廊下型となっており、共用部である屋外の廊下部分は住民たちの手により大きくカスタマイズされ、半ば私有化されている。例えば廊下にソファーが置かれ外のリビングになっていたり、風通しの良い階段部分は老人のアトリエになっていたりする。いくつかのアパートが連続しながらブリッジでつながれており、さながら立体的な街のようになっていて、さまざまな素材で仕上げられた入り口や住民たちの洗濯物、家具や植栽などにより、路地から見ると異様かつ魅力的な外観を示している(図1)。
 プライバシーが求められる現在のベトナムでは、こうした形式のソーシャルハウジングは新規に建てられることはほぼない。しかしながら屋外と一体となったその豊かな生活は、ベトナムならではの住まいの可能性を示してくれているように思う。


図1-1
ソーシャルハウジング「Nguyen Thien Thuat Apartment」外観

図1-2
ソーシャルハウジング「Nguyen Thien Thuat Apartment」共用廊下

図1-3
ソーシャルハウジング「Hao Si Phưong」

■SQUATTING
 ソーシャルハウジングの例に見るように、ベトナムと日本ではパブリックスペースに対しての感覚が全く異なる。日本では道路や公園などは行政あるいは権利者によって管理されたスペースであるのに対し、ベトナムでは家の前の道路は自分の持ち物であり、法律ギリギリ(時にはイリーガルに)バルコニーを伸ばし、オーニングによって建物を前面に拡張し、ベンチやテーブルや植栽などによって自分たちの好きなようにカスタマイズする。当然そこには近隣や警察とのさまざまな駆け引きがあるのだが、この言わばSquatting(占拠)によって貪欲に「陣地」を獲得していくスタイルは、いろいろと問題となることも多い一方、ベトナムのアクティブな屋外空間と、生き生きした街並みを構成している要素になっている。店舗前の歩道はもちろん、HEM(路地)空間や、建物の屋上、アパートの共用廊下など、ありとあらゆる所が私的領域として拡張され、居場所化される。例えば道路の高架下に低いテーブルと椅子を並べて酒場に変えたり、サッカーベトナム代表のゲームの際には、突然路上にプロジェクターと椅子を並べて作られた即席のパブリックビューイングがたくさん現れたりする。ベトナムの人々にとって見慣れたこの風景も、我々にとってはとても新鮮で魅力的な使われ方であるように感じる(図2)。


図2-1
路上パブリックビューイング

図2-2
高架下レストラン

■高密度な都市に空白を設計する
 ベトナムの住宅は、チューブハウス、アパートメント、ヴィラ、ルーラルハウスと大きく4つの形式に分けられる。中でもチューブハウスはさまざまな所得帯の人々が住んでおり、全住宅のおよそ8割にのぼる。戸界壁を共有しない3~5階建ての細長い建物であるが、ホーチミン市内の大通りの街区の内側にはこの住宅がびっしりと隙間なく建てられている。街区内は細い路地(HEM)が毛細血管のように巡っており、このHEMと一部の寺院などを除いて公園などのパブリックスペースなどが入る隙間は微塵もない。人も建物も樹木もバイクも隙間があればどこにでも入り込むのだ。
 一方そのようなタイトな環境でありながらも、できるだけ樹木や屋外を感じられる住宅を望むクライアントは多い。空調で制御された住宅ではなく、屋外に開いて風や緑を感じる暮らしを身体的に求めている。私たちがベトナムの市街地で住宅を設計する場合、常に気をつけているのは「どこに空白を設計するか」である。
 普通に建物を配置してしまうと、風通しが悪く光が入らないジメジメした劣悪な環境になってしまう。そこで屋外空間となる空白部分をあらかじめ設定し、それらが室内と連続することで開放的なスペースとなるように設計する。高密度な都市居住でありながら、緑や自然の光や風を感じ取れる屋外とともにある住宅はベトナム人が望む豊かさにつながるのではないかと考えている(図3)。


図3
「NGA House」空撮。チューブハウスによる超高密度な街区内部の住宅

■そとを内包する住宅への試み
 先述したように屋外を積極的に利用する感覚や住まいは、ベトナムの人々の暮らしを特徴付ける重要な要素であるように思う。私たちはこれまで関わった多くの住宅の設計において、さまざまな形で屋外を取り込んだ熱帯らしい空間の提案を試みている。ここでは現在工事中の2つの住宅プロジェクトを紹介したい。
 「Floating House in Thu Duc」はホーチミン郊外に建つヴィラ形式の住宅である。川沿いの敷地で雨季には敷地全体が水没することもあるため、建物全体を地面から浮かせた3つのスラブによる構成とした。150×300mmの柱梁により構成されたフレームの間は開口部となっており、開け放つことでほとんどが屋外となる。それぞれの床スラブは形が異なることでさまざまな「そとの居場所」が作られ、外階段によって屋上までつながり、周囲の美しい木々や川の風景を望むことができる(図4)。
 「Vung Tau House」は南部の都市Vung Tauに建つチューブハウスである。建物正面が西側に向いているため、強烈な南国の西日を遮りつつ、光と風を取り込む必要があった。私たちは建物の前面半分を大きな樹木のある屋外の庭として定義し、ファサードと屋根部分にハの字型のスチールプレートによるシェードを配置した。このシェードにより庭には時間とともに変化する木漏れ日のような光が差し込み、それぞれの居室とは開口部を開け放つことで一体の空間となる(図5)。

 長くこの国に住んでいるが、年々ものすごい速さで街並みやライフスタイルが更新されていくのを実感している。その中でも残り続けるであろうベトナムの人々の持つ屋外空間に対する感覚は、我々建築家にとって大いに学ぶところがあり、これからのベトナムや途上国の建築を考える上で重要な視点であると思う。今後もベトナムでの仕事を通してさまざまなものを観察する中で、東南アジアの建築に何が可能かを考えていきたい。


図4
「Floating House in Thu Duc」現場写真

図5
「Vung Tau House」現場写真

■佐貫 大輔(さぬき だいすけ)プロフィール

1975年生まれ。2004年東京理科大学博士課程単位取得退学後、2008年まで同大学小嶋研究室助教。2009年より渡越し、2011年までVo Trong Nghia Architectsパートナー。設計事務所S+Naを経て、現在ホーチミンにてsda. - Sanuki Daisuke architects代表。ベトナムを中心に建築設計、アーバンデザインなど幅広く活動している。主な作品に「Stacking Green」「ANH House」「Apartment in Binh Thanh」等。

海外レポート 一覧へ