JIA Bulletin 2026年春号/覗いてみました他人の流儀
山崎エリナ氏に聞く
空間の熱量を写真で伝える山崎エリナ

今回お話をうかがったのは写真家の山崎エリナさん。50ヵ国以上旅をして撮影を続けておられる一方、近年はインフラメンテナンスの現場や土木構造物の撮影を精力的に行い、独自の視点で魅力的な現場写真を数多く撮られています。
もともと服飾の勉強をしていたのですが、自分を表現できるのは服ではないと気付き、今度は特殊メイクの勉強をするためにフランスに留学しました。でも特殊メイクを学ぶのはフランスではなかったかもしれない、と思うなかで、毎日日記のように写真を撮っていました。高校時代写真部だったこともあり、写真はもともと自分を表現できるもののひとつでした。パリは建物も美しいですし、そこに朝日が差し込むだけでロマンチックです。一瞬の光と街の建物を新鮮な目線で撮っていたのだと思います。これが原点です。
パリで写真を撮っていると不思議と写真家の方と出会う機会があり、「君は写真家になりなさい。君にしか撮れない写真があるから」と言われて、それから世界を旅しながら写真を撮り、3年間パリを拠点に自分の作品づくりをしていました。その後、食べていくために日本に戻って出版社の方に自分の写真を見せると、そこでも「あなたにしか撮れない写真があるから、できるだけ親に甘えて作品をつくり続けなさい」と言われたんです。もちろん生活のために仕事はしなくてはならないのですが、自分の作品も撮り続けなさいというアドバイスでした。そして写真展を開いた時に、週刊誌『AERA』の表紙を撮られている大好きな写真家の坂田栄一郎さんに作品を見初められて、『AERA』の仕事をいただくようになりました。ブラジルを1万キロ旅した時の作品を坂本龍一さんが評価してくださり、その時の写真を収めた作品集『サウダージ』の帯を書いてくださったこともありました。本当に人との出会いから今に至っています。

2001年にブラジルを旅した時の1枚。坂本龍一さんが評価してくださり、作品集『サウダージ』の表紙にも
10年ほど前に、私の写真集を見た番組プロデューサーの方が、動物写真家ではないのに指名をしてくださり、NHKスペシャルで放送されたダイオウイカの撮影に参加させてもらいました。ダイオウイカについて、10年にわたって調査や研究をされていて、それまで何度も撮影を試みてきたけれどダイオウイカには出会えていませんでした。私は、これが最後のチャンスと言われていた調査に参加させていただき、潜水艇に乗り込みました。乗ってから1週間くらい経ち諦めかけていた時、なんとダイオウイカが出てきてくれたんです。「エリナさんなんかへんなフェロモン出したでしょ」って言われたりして(笑)。生きているダイオウイカを撮影したのは私たちが世界で初めてです。
ダイオウイカが第一弾で、第二弾はシーラカンスを追いかけてパプアニューギニアにも行きました。私はありがたいことにオファーをくださったり、出会いをいただく機会が多くて、その都度知らない世界に飛び込んできました。
福島県の建設会社の方から「現場を撮ってみませんか」と突然声を掛けていただいたんです。最初に撮らせていただいたのは草刈りのシーンでしたが、草刈りもインフラメンテナンスに入ることに驚いて、気が付いたら人ばかり夢中で撮っていました。道路保守も、普段5秒で通り過ぎてしまう世界を、みんなが安全に走れるように守っている人がいたんだなと。暮らしを守ってくれている人がいることに感動してしまったんです。
撮影を依頼してくださるのは建設会社やゼネコンです。今でこそ人にクローズアップしたCMなどがありますが、私が撮り始めた頃はまだ人を前に出してPRする流れがありませんでした。「うちも人を撮ってもらいたい」と依頼が次第に増えて、そこに人材不足や、建設業の仕事がなかなか理解されにくいので、それを伝えるツールとして写真をオーダーしていただいています。
これまでに道路やトンネル、橋などを撮影してきました。これをつくった人はもう撮れないけれど、守り続けている人は撮ることができます。いつも見ている美しい構造物、あるいは普段使っているトンネル、橋梁、道路にはそれを守っている人がいる。日々点検やメンテナンスしていることを伝えたいと思っています。
橋梁は、潮が引いた時に海の中に入って点検をするのですが、その時に一緒に付いて行き撮らせてもらいました。構造物を間近で見ると、それを点検する人は、恐竜のような大きな生き物を世話しているように見えてきます。構造物が生きているような感覚に陥ります。
熊本県にある第一白川橋梁という鉄道の橋梁の撮影では、1本1本にペン入れされたボルトに萌えてしまって(笑)。知らなかった世界に驚くばかりです。

写真集『アクアライン』より。
潮が引いた日の橋脚の点検作業中の姿。人の手、人の目で
ありがとうございます。現場はライティングを使わずになるべく自然のまま撮ることを心掛けていて、現場を止めないことをモットーにしています。見たままを伝えるほうが私の感動を伝えられると思っています。
私はひとつの被写体に対して何枚もシャッターを切らずに、すべてワンショットなんです。以前、写真評論家の方が私のポジフィルムを見て、「君は1枚ずつしか撮っていない。瞬間を切り取っているね」とおっしゃいました。今もそれを大事にしています。
高校の写真部で京都に撮影会に行った時に、偶然いた柴犬が凜々しい横顔を見せてくれたんです。どこでも出会えそうな犬がこんな表情をする瞬間があるなんて、それをきっかけに写真を面白いと思いました。それまでは学校のカメラを借りていましたが、これをきっかけに中古でキヤノンの一眼レフを買いました。実は父も大学時代に写真部で、自宅にカメラが置いてあったので、もともと自分の中でカメラが身近なものだったこともあったと思います。幼い頃にカメラを覗いてジャーナリストごっこのようなことをしていた記憶もあります。
パリに行ってからは、初めて買った中古のカメラを売ってしまい、もう一台持っていたミノルタのカメラで撮るようになりました。最近現場の写真を撮るようになってからは、目の前の大きな構造物を収めるために広角レンズを使うようになりました。それから、人を撮る時は人の質感や空気感をそのまま収めたいので、ポートレート用のレンズを探すようになりました。今はペンタックスとソニーとキヤノンを使っていて、撮りたいものによって使い分けています。最近はレンズから入って、ボディを買うことが多いですね。
ペンタックスのポートレート用のレンズは77mmなので目の前の人を撮るには近すぎるのですが、でもこのレンズでどうしても撮りたくて。あまりパキッと撮れるのは好きではないんです。いちばん大事にしているのはきれいに撮ることではなくて、その空間の熱量をとらえること。それがないと人に伝わらないような気がしています。

フォトエッセイ集『土木 ―100年後の日本を支える「人の力」』より。渋谷線路切替工事(気迫に溢れる軌道工たち)
街に美しい建物があるとすごく高揚するし、心に彩りを与え、人の身なりさえも変えてくれるのが街づくりや建物だと思います。私が土木のボルト愛に目覚めたように、建築界のこだわりにもぜひ触れてみたいです。建物はもちろん、設計の風景にも興味があって、“ここが原点でものがつくられて街になる”という場面を切り取ってみたいです。それを今後テーマにしたいと思っています。設計者のこだわりが、現場の人にどう受け継がれてものがつくられるのか、そのバトンの部分を見てみたいです。建築の竣工写真のようなかっちりした写真は撮れませんが、それとは違う偏愛的な写真を撮り続けていきたいです。
インタビュー:2025年10月28日 建築家クラブにて
聞き手:渡辺 猛・小倉直幸・田口知子・伊藤綾香(『Bulletin』編集WG)
山崎エリナ(やまさき えりな)プロフィール
写真家。パリを拠点に3年間活動後、50カ国以上を撮影。国内外で写真展を多数開催。ポーランドの美術館・日本美術技術博物館Mangghaにて作品収蔵。音楽家 坂本龍一氏、アカデミー賞名誉賞を受賞の映画監督アンジェイ・ワイダ氏からも作品を高く評価された。NHKスペシャルの深海撮影に挑むなど幅広く活躍。2019年にインフラメンテナンス大賞優秀賞(国土交通省)、2023年インフラメンテナンス特別賞(土木学会)を受賞。写真集に『サウダージ』『インフラメンテナンス』『トンネル誕生』『アクアライン』『東京下水道 設備創造』『土木 ―100年後の日本を支える「人の力」』など多数出版。
