JIA Bulletin 2023年冬号/覗いてみました他人の流儀

有賀 薫 氏に聞く
これからの食卓のあり方を
生活者の目線から提案する有賀 薫

今回はスープ作家として活動されている有賀薫さんにお話をうかがいました。2011年から毎朝欠かさずスープをつくり、その写真をSNSに投稿。Webメディアでの執筆やレシピ本の出版など、枠にはまらない自由な発想で、レシピ以外にも、食卓や暮らしのあり方について発信されています。2019年にはご自宅に新しい形のキッチン「ミングル」を制作。プロトタイプとしてつくられたというこのキッチンについてもうかがいました。

まずスープ作家になられた経緯から教えてください。

 最初は朝が弱い受験生の息子のために毎朝スープをつくり始め、それをスマホで撮って毎日SNSに投稿していました。冷蔵庫の中にあるものでつくるだけですし、子どもの頃からいったん入り込むとそればかりやり続けてしまうところがあって…。もう10年以上毎日続けていますが、大変だと思ったことはありません。
 スープづくりを1年ほど続けた頃にスープ写真の展覧会を開いたら、それを見た方が「面白いから本にしなよ」と言ってくれました。自分がライターをしていたこともあり、本の出版は身近でしたし、なにより料理本が好きでたくさん読んでいたので、正直スープ作家になりたいというより料理本をつくりたいという気持ちが先でした。でも本が売れなくなる時代に、無名の主婦が簡単に本を出せるわけがありません。そこで、「もう少しスープ作家らしくならなくては」と、スープ・ラボというスープの勉強会を毎月開いて、そのレポートをnoteという配信サイトにアップしていきました。そうすることでWeb上にレポートが重なっていき、徐々に皆さんに「この人おもしろいことをやってる」「この人はスープ作家なんだ」と思っていただけるようになりました。

今では料理本を何冊も出版されています。有賀さんの料理はシンプルなので自分好みにアレンジしやすいです。

 私は家の食事はシンプルで、身体にも家計にもつくる人にも無理がない、毎日食べ続けられるものがいいと思っています。
 旧来の家庭料理は専業主婦の存在を前提に成り立っていて、手間もかかるし持続するのも難しい。それから、今は頻繁に外食する家庭も多く、その味を家でも求められたりしますが、毎日外食を再現した料理をつくり続けられるでしょうか。スープ作家として仕事を始めてから、生活者の側から「家のご飯は外食とは違ってもっと大らかでいいのでは?」と強く感じ、新定番的なもの、料理の骨組みのようなものを伝えたいと思っています。

建築でいうスケルトンですね。

 スケルトン!まさにそうですね。それぞれのご家庭でどんどんアレンジしてもらいたいです。我が家は主人がにんじんが苦手なので、きんぴらはごぼうだけでつくります。そのように家庭によってそれぞれの食べ方が絶対にありますから、それを優先してほしいです。
 私はスープ作家としてはまだ6年ですが、その前に30年近く家族のために食事をつくってきたので、仕事の後に買い物をする大変さや、鍋をひとつ洗うことがどれだけ気持ちの負担になるのかがわかります。だからレシピの工程はなるべく少なくするような工夫もしています。
 それから、料理の仕事をするなかで、レシピだけではなく、これからのみんなの食事に対してどういうことを発信しなければいけないのか自然と考えるようになりました。今はSNSで個人の声をダイレクトに届けやすい時代です。どうやったら便利になるかではなく、これから先の話をしたいなといつも思っています。

現代の食卓のあり方をどのように見ておられますか。

 私の場合、息子が食べるものにとても関心があり、少し変わったものをつくっても面白がって食べてくれたことはすごく救いでした。でも、つくるものに注文をつけられたり、つくったものをなかなか受け入れてもらえないご家庭もたくさんあるのです。家は店と違って完全なる固定客。食卓で起こるコミュニケーションによっては、料理をする人を苦しめてしまうことがあります。そのような食卓のあり方が現在の大きな問題だと感じています。
 今、世の中には情報が溢れていますが、その情報は意外と平均的なものですから、みんながそれに合わせることはありません。食卓はこうあるべきという決まりもないのです。自分の生活や好み、家族、健康などいろいろな事情に合わせてもっと自由に生活できたらいいのですが、そういうふうに暮らすためのツールがなさ過ぎます。
 たとえば家もそうです。普通のサラリーマンで手が届くのはせいぜい3LDKの分譲マンションで、間取りも決まっていれば、キッチンも既定されてしまう。でもみんなが収納力があって便利なキッチンがほしいかというとそうではないはずです。いろいろな暮らし方がある時代なのに、その暮らし自体がないがしろにされていると思うのです。ですから、生活者の側から「私はこういう暮らしがしたい」ということを発信しています。

ご自宅内につくられたキッチン「ミングル」についても教えてください。

 「ミングル」はまさに新しいライフスタイルを提案するためにつくりました。95×95cmの正方形のテーブルに、上下水道とIHコンロ、食洗機が組み込まれた提案型のキッチンです。ミングルは“入り混じる”といった意味の和製英語だそうで、設計士さんが教えてくれた言葉です。みんなで共有できるキッチンにしたかったのでそれを愛称にしました。
 1人暮らしのアパートのキッチンは、1口コンロがあるだけでスペースも狭く、調理設備としてあまりにもひどすぎて選択肢もまったくありません。もちろん家で料理をしない人もいるのでそうなっているのですが、その逆もあって、料理をしたくてもキッチンがないから興味をなくしてしまう人もいると思います。ある程度キッチンがしっかりしていたり、快適であれば、料理を始める人も増えて、将来的に健康な生活や自立的な生活を送るきっかけになるのではないでしょうか。
 ミングルは、そうした1人暮らしのアパートや、2人暮らしの賃貸住宅などのキッチンを想定してつくりました。夫婦共働きで、夜もお弁当を買ってきて食べる場合、ミングルなら真ん中にコンロがあるので「味噌汁くらいならつくろう」となるかもしれません。IHコンロを組み込んだテーブルがあるだけで、生活は変わるのではないでしょうか。
 それからミングルのいいところは、コンロから鍋を下ろせば仕事机になるところです。切る場所、火を使う場所、食べる場所、仕事する場所など、時間によってさまざまな使い方ができ、狭いけれどある程度豊かな場所が確保できます。結果的には、私たちのように子どもが家を出て2人暮らしになった夫婦にもちょうどいいことに気が付きました。

キッチン「ミングル」。水道とIHコンロ、食洗機が組み込まれ、ここで調理から食事、片付けまでが完結する

キッチン「ミングル」。水道とIHコンロ、食洗機が組み込まれ、ここで調理から食事、片付けまでが完結する

ミングルのかたちは1から考えたのでしょうか。

 最初はかたちも何も決まっていない状態からスタートして、建築士さんにいろいろな案を考えてもらいました。最初は机の大きさなど建築士さんの考える“こうでなきゃいけない”があったようですが、実際に来ていただいて食事をして見てもらいながら実現したい食卓のあり方やスタイルを伝えていきました。

机の脚の部分に食洗機が入る

机の脚の部分に食洗機が入る

 いちばんこだわったのは、家族の誰もが料理や片づけに参加できることです。例えばカウンターキッチンは、お母さんの居場所はキッチンの中というように、つくる人の場所を決めつけてしまっていますよね。でもミングルならテーブルを囲む人みんなが調理に参加することができます。
 ミングルをつくったことで多くの取材を受け、私がまるで特殊なことをしたように思われていますが、皆さん生活の中で困りごとや疑問に思うことはありますよね。それを自分から発信しただけなんです。ミングルによって料理をする時のコミュニケーションや、これまでと違う家族の対話が生まれています。

生活の中での不満や疑問を、ものをつくって提案していくところにクリエイティビティーを感じます。

 家族のかたちが多様になってきているのですから、食卓もかたちを変えていいと思いますし、その方が現実的な気がします。発想の骨組みとして「こういうキッチンもありですよね?」という私からの投げかけです。
 建築家の皆さんもそうですが、メーカーの方やあらゆる方に、みんなの“生活”をもっと見てほしいと強く思っています。将来的には、ミングルが入ったアパートをつくり、理想的なキッチンのスタイルが実現できたらいいですね。

貴重なお話をいただきありがとうございました。

インタビュー:2022年9月2日 有賀さんご自宅にて
聞き手:中澤克秀・関本竜太・佐久間達也(『Bulletin』編集WG)

有賀 薫(ありが かおる)プロフィール

スープ作家
約10年間、毎朝つくり続けたスープを土台にシンプルでつくりやすいレシピや、暮らしに根づく料理の考え方を各種メディアで発信。
最新刊『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』(プレジデント社)のほか、第7回料理レシピ本大賞入賞『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)など著書多数。