JIA Bulletin 2021年冬号/覗いてみました他人の流儀
高野登氏に聞く
想像することが
新たなコミュニティーを生む
高野登

今回は、ザ・リッツ・カールトン・ホテル元日本支社長、現在「人とホスピタリティ研究所」代表の高野登さんにお話をうかがいました。ザ・リッツ・カールトン・ホテルの日本支社長として、97年にザ・リッツ・カールトン大阪、2007年に東京の開業にご尽力されました。現在はホテルマン時代の経験を活かし、ホスピタリティーや人材育成などをテーマに講演や研修活動をされています。

―日本でホテルを開業した時のことを教えてください。

 ホテルは開業する前の舞台づくりが重要です。ザ・リッツ・カールトン・ホテル大阪の開業はバブルがはじけた後で大変でしたが、海外のホテルの成功事例を見学したり、2年間かけて人材を育成しました。時間とお金を掛けて開業するホテルを日本一にしないわけにはいかないというプレッシャーがありましたが、どうすれば5年後日本一になれるのか、国内外のホテルを見てそれぞれのホテルがそれぞれの分野で優れている理由を明確にしていくことで、プレッシャーを乗り越えるための設計図を描くことができました。

―舞台づくりには空間づくりも重要だと思います。

 人材は流動的なのに対して、建物は一度建ったら変更できませんから、その分掛けるエネルギーは大きいです。
 なぜ大阪のリッツ・カールトンはロビーが狭くてチェックインカウンターが小さいのか。エスカレーターやエレベーターはわかりにくい場所にあるのか。これにはすべて理由があります。設計者は最初、大きなチェックインカウンターがあり、その真後ろにエレベーターがある設計図を出してきましたが、4、5回却下しました。彼らはホテルをつくろうとしていましたが、我々がつくりたかったのはコミュニティーと新しいカテゴリーです。すでに宿泊効率がよいホテルや、宴会が得意なホテルがある中で、それと同じことをしてもブランドになりません。つまり新しいカテゴリーをつくらなくては確立されたブランドはできないのです。
 リッツ・カールトンが描いたコミュニティーは、感性を磨き合うステージでした。海外での実績があるのでそのノウハウはありましたし、設計段階から2年くらいかけてかたちにしていきました。

―実は今日ここ(ザ・リッツ・カールトン東京)に集まった時、みんなで動線がわかりにくかったという話をしました。それも意図的なのでしょうか。

 はい。コミュニティーには必ず対話が必要です。チェックインカウンターやトイレやエレベーターの場所がわからなければホテルマンに聞くしかありません。そうするとコミュニケーションが生まれます。あらゆるところにコミュニケーションの種をまいているのです。また、コミュニティーの最小単位として家族を想定した時に、家の中にエレベーターやエスカレーターは普通ありませんからそれらはなるべく見えないところに配置しています。

―対話が生まれるように考えられていたのですね。

 今コロナの影響で対話の場をなくす流れにありますが、人間同士の対話は決してなくなることはありません。
 少し話が変わりますが、今日本では年間2万人が自殺していて、そのうちの2、3割が子どもです。さらに、24~35歳までの自殺率は日本が世界一なんです。我々はこの問題についてもっと考えなくてはなりません。
 SNSではよく「つながっている」と表現しますが、つながっているけれど、そこは心の安全・安心・安定を得られる場所ではないことに、みんな気が付きはじめています。重要なのはコミュニティーの一員としての自分の居場所があるかどうかなのです。
 政府が出している『自殺対策白書』という本には、自殺の大きな理由は、戦後はお金がない貧困だったのが、今はつながりがない貧困だと書かれています。人が生きていく上で必要なものは、食事は別として、愛情と人に関心を持たれることです。つまり愛情を感じない、自分は関心を持たれていないと思った時に、人は生きる力を失います。それを子どもたちが感じているから自殺者が増えています。それがこの本の結論なんですが、ではどうすればよいかは書かれていません。あとは家庭に任せるということなのだと思いますが、その家庭が崩壊してしまっていたらどうしたらいいのでしょうか。

―建築家もよくコミュニティーという言葉を使いますが、空間で何かできることがあると思います。

 日本は豊かになった時代に、テレビで見るアメリカの家庭に憧れ、裕福な家は子ども部屋をつくりました。しかし僕からするとこれがつながりが崩壊した要因だと思っています。アメリカの家庭にはたしかに子どものための小さな部屋がありますが、そこにはベッドしかありません。ご飯を食べる時は一緒ですし、勉強する時は大人はテレビを消して同じ空間の中で勉強させます。そうすると自然と対話が生まれます。日本は勉強も個室で、そこに小さなテレビまであったり、携帯も持っている。食事すら忙しいからと一緒にとらないケースもある。これでコミュニティーが崩壊しないわけがありません。
 住宅は、設計した空間がその家族のあり方を決めてしまうこともあります。建築家はものすごく責任が伴う仕事だと感じます。ですから単に相手の要望を受けるのではなく、コミュニティーを考えた提案をきちんとしていただきたいと思います。

―人材はどのようにして見つけ出すのでしょうか。

 僕が入社した時は面接で55の質問に答え、日本の責任者になる時は300近くの質問に答えました。質問数が多いと思われるかもしれませんが、自分の会社をどうしたいのか、どうありたいのか、社会に対してどんな価値を生み出したいのか、そこで働く人たちにはその理念にどのように共感してほしいのかということがわかっていれば、いくらでも質問が出てくるはずです。
 いろいろな企業に研修でお邪魔しますが、例えばエネルギーの会社が我々は地球に優しい、地域社会に役立つ会社を目指しますと言います。でもそれは企業理念ではなくて業務責任ですよね。企業理念と業務責任がごちゃ混ぜになっているから、働いている人にストレートに届かないのです。建築家にとって快適な住まいを提供するのは業務責任。では理念はなにかということです。
 採用するまでにたとえ2ヵ月かけても、そのあと5年、10年一緒に働くわけですから、その2ヵ月なんてちょっとした時間の投資です。それを惜しむか惜しまないかが、社員同士のコミュニティーにも関わってきます。そして、あの会社は自分たちの理念に合った人しか採用しないらしいと評判になれば、これは自分たちのブランドを強くしていくひとつの手法になります。

―空間も人材も重要だということがよくわかりました。

 空間と人材とコミュニティーのあり方を考えていくと、建築はまさにアートだと言えます。「建築はアートである」というのは、よく一緒に仕事をした吉村順三先生の言葉です。設計をする時に一番大事にされていることを聞いたら、「想像すること、イマジネーションの力が一番大事だ」とおっしゃいました。ホテルの場合は建物を建てたあとも勝負が続くわけですが、家は自分が設計した家がそのあとどんな空間になっていくのか、どんなコミュニティーを育んでいってくれるのかわかりません。であるならば、5年先、10年先を想像して設計しなくてはならないのだと思います。
 ホテルも一緒です。ホテルマンに一番大事な資質は想像力です。大阪を開業する時にも想像力がキーワードになっていて、設計者にも想像力を働かせるためにも枠組を外しませんかと話をしました。


現在はセミナーや講演、研修などを精力的に行っている

―最後に、今後の活動について教えてください。

 これからの日本を救うのは若者だと思っています。ただ我々世代は若者にきちんとしたメッセージを届けなければ、責任を果たしたことにならないでしょう。これまでに20冊本を書きましたが、あと3冊くらいは自分のメッセージ性を込めたものを言語化したいと思っています。
 もうひとつは、面白い人脈を増やしたいです。ですから、今まで出会ったことがなかったり、お付き合いがなかったような人のところに出掛けて行きたいと思っています。自分自身を変えるには、会う人、時間の使い方、自分の居場所の3つを変えなくてはなりません。安全で安心な中にいるのは楽ですが、自分の時間の使い方がこの3年間あまり変わっていない人は、成長が止まってしまうと思います。成長とは、僕の定義では、諦めようとする自分自身と戦い続けるプロセスです。これは年齢は関係ありません。常に遠いところに人がいて、出掛けて行く感覚を持ち続けたいです。

―大変貴重なお話をいただきありがとうございました。

 

インタビュー: 2020年9月30日 ザ・リッツ・カールトン東京
聞き手:望月厚司・会田友朗・関本竜太(『Bulletin』編集WG)

■高野 登(たかの のぼる)プロフィール

1953年長野県生まれ。ホテルスクールを卒業後、渡米。NYプラザホテル等での勤務を経て、1990年ザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わる。1994年日本支社長として大阪と東京の開業をサポート。2009年にザ・リッツ・カールトン・ホテルを退社し「人とホスピタリティ研究所」を設立。セミナーや講演、研修を行っている。

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