JIA Bulletin 2020年冬号/覗いてみました他人の流儀
吉里よしざと 裕也ひろや氏に聞く
都市とローカル、
人を動かす手段を考える
吉里 裕也

今回お話をうかがったのは、不動産サイト「R不動産」を運営するSPEACスピークの吉里裕也さん。独自の視点で物件を紹介する「R不動産」は広く知られていますが、不動産仲介以外にも、新築やリノベーションの企画・設計、イベント運営、メディア発信など、建築・街・都市を軸にさまざまプロジェクトを展開しています。今回は、地域に対する取り組みやご自身の考えをお話しいただきました。

―R不動産を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

 大学で建築を学び、卒業後4年半ほどデベロッパーで働きました。分譲や賃貸建物の企画・設計や土地の仕組み、現場管理などを学びましたが、いちばん大きかったのが、今でいうサービスアパートメントを立ち上げる新規プロジェクトにゼロから携わったこと。内装や家具のデザインだけでなく、家電や食器など小物類も自分たち選んで、それと並行して家賃設定やオペレーションの仕組み、予約システムづくりなどを経験しました。そして30歳くらいの時にその仕事が一区切りついたので独立しました。
 独立後しばらくは1人で動いていましたが、当時一緒に動く機会の多かった馬場正尊さんとR不動産のアイデアが出て、一緒に「東京R不動産」という不動産物件を紹介するサイトを立ち上げました。

―「東京R不動産」で扱う物件はどのような基準で選んでいるのですか。

 新築・中古問わず、僕らが面白いと思う物件を紹介しています。それはスタート時からずっと変わっていません。デザインされたものよりも自分で何かしたくなるシンプルなハコ。もしくは、「天井が高い」「ルーフバルコニーがある」「桜が見える」など、特徴的な物件を集めています。創業当時はまだSNSなどはありませんでしたが、口コミで広まっていき、かなり反響がありました。

―今ではR不動産が全国各地に広がっています。

 「金沢R不動産」から始まって、今は福岡、鎌倉、房総など全国10ヵ所で展開しています。加えて「real local」というローカルメディアも運営していて、ローカルで暮らしている人たちがいろいろな情報を発信しています。また、地方行政と仕事をすることの多い「公共R不動産」というチームもあります。

―ローカルと関わるようになったきっかけを教えてください。

 東京での生活に疲れてしまったので、東京から1時間半圏内で気持ちのいい物件を集めようというところからスタートして、2006年くらいに「リアル東京エスケープ」(通称「リラックス不動産」)というサイトを作りました。その時に力を入れていたのが千葉の一宮町やいすみ市などの房総エリアで、それが後に「房総R不動産」を立ち上げるきっかけになっています。
 なぜこの場所だったかというと、僕がサーフィンを始めたから(笑)。このあたりに気軽に使える家が欲しいというのがきっかけでした。実際にこのエリアでいくつかプロジェクトが動き出し、会社で家を買って僕も週末はそこで過ごすようになりました。

―二拠点居住を経験してみていかがでしたか。

 二拠点居住まではいかないけれど、もう一つの居場所という感覚で利用していました。でもだんだん行かなくなり、たまに行くと2日間草刈りで終わってしまう。で、ますます行かなくなる……。だから二拠点居住で毎週行き来するには、ルーティン化していて、行く理由がある程度強い方がいいのだろうと感じています。あとは週末行くのが心地いいペースの人もいれば、僕のように向いていない人もいる。それに気づくことができました。
 他の人の生活が羨ましかったり、なんで僕は東京に住んでいるんだろうと悶々とした時期はあって、移住を考えたこともあります。でも僕の場合、例えば東京でマイナス要素になる朝のラッシュ時に移動することなんて週に1回くらいしかないし、家の前には木が茂っているから自然がないとも感じない。もっと言ってしまうと、サーフィンや登山をする時に、大阪と比べると東京の方が圧倒的に海や山が近いんです。そう考えると、僕の場合、移住したい理由は家の広さだけ。値段と広さでいうと東京は異常に高いですから、そこに対するもやもやは、正直まだあります。

―東京から離れることに抵抗はありませんか。

 ありません。ただ、東京の良さを考えた時に、例えばライブを見に行けるとか、夜出かけたくなったら何かしらやっていたりする。そういう都市のライブ感みたいなものこそが自分が住むうえで大切だということに気づいたのです。でもそれは現状の話だから、飽きたらその時に考えればいいと思っています。
 逆にいうと、そういう必要があまりない人はローカルのほうが合っているのかもしれません。ローカルといっても、例えば神戸なら大都市だけど自然が豊かで、家は東京の倍くらいの広さのところに住めるし、空港や新幹線へのアクセスもいい。とてもバランスが取れています。実際神戸に移住したり二拠点居住している人は、僕らのまわりに多いです。


企画・運営を手掛けるプレオープンしたキャンプ施設「Forest Living」(いすみ市)
Photo by Shinichi Arakawa

―空き家をサポートする取り組みもされていますね。

 空き家の活用の相談が多いので、移住や多拠点居住を考えている人に、とりあえず1週間とか2週間空き家で過ごしてもらったらどうかと提案して実施したのが「トライアルステイ」というプロジェクトです。2010年からやっています。千葉県いすみ市でこれを始めたら、いろいろなところからオファーが来て、福岡や神奈川県の三浦、箱根で行い、今年は大阪の豊能町で実施しています。
 地域と関わるようになると、とにかく移住者を増やしたいと言われますが、隣の町から人を動かすだけでは問題は解決しません。「トライアルステイ」は現地の人と繋がったり、そこに友だちを呼んだりという関係づくりが重要で、そこに力を入れていますし、自治体にもそういう説明をしています。

―人口が増えても解決しないということですね。

 移住しただけでは移住先は潤うけど移住元は衰退する。それよりも、都市にいる人が週に1回、いや月に1回でも地方に動けば、そこで多少なりともお金の循環が生まれますよね。だから本質は移動させる手段をどう設計していくかということだと思います。そのひとつが「トライアルステイ」だし、ローカル情報を発信している「real local」も人を動かす新しいメディアにしていきたいです。

―お話をうかがうと、吉里さんが考えていることがそのまま仕事に結びついている印象です。

 決して自分1人の考えではありませんが、やりたいことや気になることに取り組んでいると、それが結果として仕事になっています。ひとつ大事なのは、最終的にクライアントの利益になっているかどうかということ。
 正直僕らの世代が独立した時、これは普通に仕事をしていたのでは絶対に食べていけないという感覚がありました。じゃあ食べるために、そして自分のもともとの興味を満たすためにはどうすればいいのか。その時必要だったのは、クライアントが望んでいることを叶えるという当たり前のことでした。街に多くある飲食店や量販店では当たり前にできていることが、建築の人はなかなかできていないように思います。
 今クライアントが何を求めていて、僕らに何を期待しているのか。普通の設計事務所ではなくて、我々にお願いするということは何か付加価値が欲しいわけです。ですからそこはかなりこだわって意識しています。

―最後に、建築家と社会のあり方について、今感じていることを教えてください。

 僕の友人の建築家でも、結婚して子供が生まれたら生活するのが大変だから、力があるのに独立できずにいるのをたくさん見ています。そうせざるをえないのは設計料が安いからで、それは日本の社会が建築家の仕事をニーズよりもコストや経費として見ているからです。その意識を変えて、建築家の役割や価値をもっと上げていきたいですね。
 僕の会社では、インターンでもただ働きは絶対にさせないと決めています。社員の給料もちゃんと払いたい。当社の設計チームのメンバーが結婚して子供が生まれて、家を買ってもまだ社員でいてくれているのはすごく嬉しいです。仕事は面白いですからね。今の仕事と生活を両立できるように、これからも努めていきたいです。

―貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 

インタビュー: 2019年11月21日 SPEAC
聞き手:長澤徹・会田友朗・望月厚司(『Bulletin』編集WG)

■吉里 裕也(よしざと ひろや)プロフィール

株式会社スピーク代表取締役・R不動産株式会社代表取締役

京都生まれ、横浜と金沢で育ち東京へ。デベロッパー勤務を経て、2003年「東京R不動産」2004年にSPEACを立ち上げるとともに、CIA Inc./The Brand Architect Groupにて都市施設やリテールショップのブランディングを行う。建築・不動産の開発・再生のプロデュースや建築デザイン、「東京R不動産」「reallocal」「toolbox」「公共R不動産」、全国のR不動産等グループサイトのディレクション、地域再生のプランニング等を行っている。共編著書に『東京R不動産』『全国のR不動産』『だから、僕らはこの働き方を選んだ』『toolbox』『2025年建築「七つの予言」』等。

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