JIA Bulletin 2019年春号/覗いてみました他人の流儀
行川さをりなめかわさをり氏に聞く
「空間をつくるように
 自分の音楽を表現したい」
行川さをり氏

今回お話をうかがったのは、ジャズやブラジル音楽のボーカリストとして都内を中心に活動されている行川さをりさん。ブラジル音楽の声や音に魅せられ、ただ歌詞を歌うのではなく、声を楽器のように表現して音楽をつくり出しています。建築学科のご出身ということもあり、音と空間のあり方など、ご自身が目指す音楽についてお話しいただきました。

―どのような音楽活動をされているのでしょうか。

 ジャズやブラジル音楽を歌うボーカリストとして、ライブハウスや食事をする場などで生演奏しています。ブラジル音楽の中でもボサノバやブラジルのポピュラーミュージックを歌っています。また、ジャズにはその場で集まった人たちが曲の中で即興的に表現する“セッション”というスタイルがあります。私はその中で歌うセッションボーカリストとして活動しています。
 この他にCMやテレビ番組の音楽の仕事もしています。
 ボーカリストとしては2通りの歌い方をしており、ひとつは歌詞を歌うもの、もうひとつは歌詞ではなく声を使って楽器と同じように奏でるもので、ヴォーカリーズというものです。この時の声を私はインストゥルメンタルボイスと呼んでいます。私がとても尊敬しているDianne Reeves(ダイアン リーヴス)というジャズボーカリストがいて、彼女が自分の声をインストゥルメンタルボイスと言っています。楽器(インストゥルメンタル)的な声ということですね。私自身も声を音として扱っている感覚でしたので、同じようにインストゥルメンタルボイスという言葉を使っています。

―セッションボーカリストとはどのようなものですか。

 私のライブでは譜面のまま演奏することはほとんどありません。毎回1度切りのものです。私の音楽のベースはジャズですが、ジャズには、1コーラス目はメロディーを、2コーラス目以降はそのコード進行上でメロディーから離れて即興で演奏し、またラストコーラスでメロディーを演奏する形式があります。ブラジル音楽をやる時も同様に、即興的な要素を入れて演奏しています。集まった人たちのバックグラウンドで音楽が変わっていく、それがジャズであり、セッションの醍醐味です。私はそのような演奏の場で歌っています。

―大学では建築を学ばれていますね。歌手になったきっかけを教えてください。

 音楽を始めたのは大学に入ってからで、ジャズに興味があったのでジャズサークルに入りました。もともと歌を歌うことは好きでしたし、外国語の発音をするのが好きだったのでボーカリストになりました。
 日本はジャズライブハウスが多い国なんです。とくに東京は毎晩どこかでジャスの演奏をしていますし、ライブハウスは今も増えています。他の音楽ジャンルだと、どこかで演奏したい場合はチケットをたくさん売らなくてはならないなどハードルがあると思いますが、セッションというスタイルだと、バンドをもっていなくても譜面を1枚持って飛び込みで共演させていただき、お店やミュージシャンからOKが出ればレギュラーで演奏することができるようになります。そのようにして学生時代からライブハウスで歌わせてもらっていました。
 学部を卒業したあと、大学院では音響を学び、空間の響きをどのように捉えて記述するかといった研究をしていました。だんだん建築より響いているもの自体に興味がいってしまって……。卒業後は広告会社に就職し、しばらく音楽活動はしていませんでした。

―音楽活動を再開したきっかけは何だったのでしょう。

 20代前半に、ジャズを通してボサノバを知り、ブラジル音楽に出会ったことが大きかったです。それから、ちょうどその頃、声や音の響きに興味があって、声を使って音をどのようにつくり出せるかを考えたいと思っていました。次第にその思いが強くなり、20代後半に音楽活動を再開しました。その頃からライブ活動を増やし始め、CMの仕事も少しずついただくようになりました。

―ブラジル音楽のどのような部分に惹かれたのですか。

 ブラジル音楽の歌詞はポルトガル語ですが、ポルトガル語は母音の数が30以上あるといわれており、音の響きがとても多彩です。私の発声や声色の美学は、ポルトガル語から学びました。私はいろんな声を出すのが好きで、さまざまな音源を聞いて真似をしながら自分の声をどう活かせるか研究しました。ですから、今の自分の声はブラジル音楽からもらったもので、それを音楽にしていく力は、ジャズがベースになっていると思います。
 また、ブラジル音楽に限らず、世界中にはさまざまな民族音楽があって、その土地固有の音楽の成り立ちがあるので、とても圧倒されますし興味深いです。

―行川さんが目指す声・音とはどのようなものですか。

 私はこれまで、声色や響きの表現について考えて演奏してきました。声ひとつでその場の空気を変えることに興味があって、表現や音色そのものがどういう美学を持っているかが大切だと思うのです。そういう声の面白さに取り憑かれて今までやってきました。
 それから、音楽はつくりこんで複雑にしていく方向もありますが、音楽家は音楽をやる以前にひとりの人間ですから、その人自身を感じさせるシンプルな表現の中に豊かさを感じます。表現しようとする表現は美しくない。素で出てくる音楽的な美しさを、私自身も追究していきたいです。

―音楽を通して空間をどのように捉えていますか。

 自分にとって建築・空間というものが近しいものではなかったという結論ではありません。ただ、空間を設計するより、その場の空気や雰囲気に興味があったのです。空間に音を響かせて表現することで、自分が空間そのものになっていく。その感覚をずっと持っています。音楽の中で空間感覚を持ちながら音を出す。それは、建築を学んだことで得られた感覚であり、自分らしい表現であると感じています。

―現在組まれているユニットついて教えてください。

 私はボーカリストとして活動していますが、いろいろな方とユニットを組んで演奏しています。「phacoscape(ファコスケイプ)」はピアノとクラリネットとボーカルというトリオ構成で、即興的にその場でストーリーを作り作曲していくユニットです。それから、「spor(スポール)」というギターとボーカルのユニットでも活動しています。表現に焦点をあてて活動していましたが、ここ数年で、もう一度自分のベースになる音楽を勉強したいと思い、このデュオではブラジル音楽をメインに演奏しています。
 その他にも、笙(しょう)とお箏(こと)とのトリオや、2人のドラムとのトリオといった面白い組み合わせでも演奏しています。


spor(ギター:露木達也)

笙箏声演奏@近江楽堂
(笙:大塚惇平、箏:今西紅雪)

―10年前とは目指す音楽が変化していますね。これからの活動について教えてください。

 これまで、自分の表現を広げるためにブラジル音楽を演奏してきました。その中でポルトガル語の響きを学び、自分の声の表現を構築してきました。これからは、少し声から離れて、自分の音楽のベースを作っていこうと思っています。さまざまな楽曲ならではのリズムや美しさをどのように伝えられるか挑戦していきたいと思っています。

―貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 

インタビュー: 2019年2月13日
聞き手:小山将史(『Bulletin』編集WG)

リリース作品


「[-scapes,]」
(phacoscape、2015)

「Fading Time」
(行川さをり、2013)

「Se pudesse entrar na sua vida
―もし、あなたの人生に入ることができるなら―」
(行川さをり、2010)

■行川 さをり(なめかわ さをり)プロフィール

ボーカリスト

JazzとBrazil音楽を歌うセッションボーカリストとして都内を中心に活動。本来の歌唱法にとらわれず、絵を描くような、自由で即興的な声の表現が特徴。Dianneへのリスペクトを持ちながら、独自の「インストゥルメンタルヴォイス」によるオリジナルな空間表現を目指している。2015年12月にはリーダートリオphacoscape(ファコスケイプ:ピアノ伊藤志宏・クラリネット土井徳浩とのトリオ)名義で「[-scapes,]」をリリース。このほか、TVCMでの歌唱やコンピレーションアルバムへの参加など、幅広く活動している。www.namekawasawori.com

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