JIA Bulletin 2024年春号/海外レポート

中東の時代変化と新しい建築

日本製鉄

知見 徹摩

 私は建築家ではありませんが、チタンという新しい建築素材を抱え世界を飛び回っている立場として、未来に向かって激動している中東の建築について個人的な見解をレポートさせていただきます。

建築用チタン素材

 チタンが建築に初めて使われたのは、1973年大分県の早吸姫はやすひめ神社の屋根でした。わずか50年前のことです。歴史は浅いものの、意匠性と高耐久性を兼ね備えた建築材料として、海浜地区等の厳しい腐食環境から恒久建築物(博物館、美術館、神社仏閣等)へと普及してきました。国内各地の博物館や美術館、日本の伝統建築である寺や神社の屋根などに採用されています。また、土木分野では、港や空港滑走路の桟橋などに使われています。

 建築用チタン素材は海外でも多くの実績を持ち、フランク・ゲーリーなどの著名な建築家に採用されています。パリ郊外の再開発地区では、エドワード・フランソワが既存の規定にとらわれない新しいパリを表現する建築として、外壁に日本の苔をオマージュしたクリスタル仕上げの建築用チタン素材を使い、レジデンシャルタワーM6B2 Tower of Biodiversityを設計しています。

 錆びずに、軽くて、丈夫なチタンは未来に向かって変化している地域にフィットすると考え、現在は新しい時代を切り開いている中東への貢献機会を探るため、私も年に2回ほど中東を訪問し、現地の設計会社や建築部材加工業者、施工会社、および、時には市政府などを回り未来の街づくりについて協議しています。

ホテル・マルケス・デ・リスカル(設計:フランク・ゲーリー、スペイン、2004) ©THE HOTEL MARQUES DE RISCAL

ホテル・マルケス・デ・リスカル(設計:フランク・ゲーリー、スペイン、2004) ©THE HOTEL MARQUES DE RISCAL

ドバイという街

 豪華絢爛を地で行くドバイを有する中東外交の中心国の1つであるアラブ首長国連邦は、人口996万人(2022年推計、出所:IMF)で、首都はアブダビ、アラビア語が母国語ですが普通に英語が使えます。宗教はイスラム教が重んじられ、至る所に礼拝所が設けられています。

 初めてドバイの地に降り立った時、民族衣装をまとったエミラティ(UAEの人々)を見て「全然違う世界に来たな~」と思った記憶があります。ラマダン(日中の飲食を絶つイスラム五行の1つ)の時期でも、我々日本人が昼食を取れる場所が多く、普通に生活できます。過去に同じイスラム圏であるマレーシアで苦労した経験があり、それなりの覚悟で臨みましたが嬉しい肩透かしにあいました。また、イスラム国家では基本的にお酒は禁止されていますが、観光都市ドバイではドバイ政府が定めたルールを厳守することを条件として飲酒が可能になっています。厳しい交渉が続く出張での晩酌は活力を保つための重要な儀式。ただしグラスビールやグラスワインは1杯2,000円!!全体的に物価が高いので、アルコール飲料があるだけでも有難いです。

ブルジュハリファ122階(高さ442m)のレストランから見た開発区

ブルジュハリファ122階(高さ442m)のレストランから見た開発区

 現地に馴染める方は、ローカルフードに挑戦するのも良いでしょう。私のお気に入りのレストランでは、つい立てで囲われたスペースの床に座ると店員がビニールシートを真ん中に敷き、お通しの生野菜を置いていきます。ヨーグルトを飲みながら待っていると、大皿一面に敷き詰められた米の上にドーンと大きな肉が横たわっているマンディの登場です。エミラティに「手で食べるのが常識」と言われ見様見真似で食べましたが、店を出る時に見た他の席では皆スプーンを使っていました……。

 1人当たりの名目GDPは世界16位(2022年、51,306USD、参考:日本 33,822USD 世界30位)と豊かな国です。首都アブダビおよび周辺諸国は石油産業に依存してきましたが、ドバイは政治的安定性、地理的優位性のほか、石油資源の枯渇を見越し、経済の多角化を進めてきた政府の先駆的な産業政策が奏功し、投資・観光で経済成長を続けています。

 ドバイの人口は2008年から2018年までの10年間で約165万人から約320万人と倍に近い増加率を記録しており、建設ラッシュが始まりました。2021年にはCOVID19の影響で1年遅れてドバイ万博が開幕。駅や新しい施設の建設需要が起きました。足元も開発中のプロジェクトは複数動いていて、主要プロジェクトだけでもドバイ・アイランド、ザ・ワールド・アイランド、ドバイ・クリーク・ハーバー、ドバイ・マリタイム・シティ、ドバイサウス・パーム・ジェベル・アリなどがあります。ドバイ・クリーク・ハーバーには、高さ1,345mのクリークタワーが建設される計画が進んでおり、高さ828mのブルジュハリファを抜き世界一になる予定です。

ドバイフレーム

ドバイフレーム

未来博物館、建設中の様子未来博物館、建設中の様子

生まれ変わる中東の主要都市

 建設ラッシュと時を同じくして観光地化が進むドバイにて、象徴的な建築物が数多く建設されています。代表的な建築物としては、7つ星ホテルと呼ばれるブルジュ・アル・アラブ(Tom Wright 1999年)、ギネス記録にも認定された世界最大の水槽があるドバイ水族館を有するドバイモール(DP Architects Pte Ltd. 2008年)、現在世界一の高さを誇るブルジュハリファ(Adrian D. Smith 2010年)、世界最大の額縁と称されるドバイフレーム(Fernando Donis 2018年)、世界でもっとも美しいと呼ばれる未来博物館(Killa Design 2022年)などです。ドバイフレームと未来博物館は、沿岸部に立地する建築物として外装材には耐食性が高いチタンも候補に上がったプロジェクトでした。

 この流れは、石油を主要産業とするアブダビにも影響を与えていて、従来は歴史的建造物が多い印象だったところに、ジャン・ヌーヴェル設計によるルーブル美術館(2017年)が開館しています。周辺諸国でも、クウェートでは214,000㎡の巨大商業施設シェイク・ジャベール・アルアフマド・カルチャーセンター(SSH 2016年)がクウェート湾沿いに開業。これは世界最大のチタン外装を持つ建築物で、使用されたチタン素材は250トン以上にもなります。世界のチタン総生産量が16万トンレベルでしたので、航空機向け需要を含む全世界の約0.2%ものチタンがこの一大プロジェクトに費やされたことになります。

ドバイ市中心部

ドバイ市中心部

ホテルの窓から見た主要道路とドバイ メトロ(地下は走りません)ホテルの窓から見た主要道路とドバイメトロ(地下は走りません)

 サウジアラビアでも巨大プロジェクト「NEOMネオム」が着工しています。ネオムは、サウジアラビアの温暖な西北部に位置し、沿岸リゾート、沿岸部産業都市、長さ170kmの人工都市、山岳リゾートの開発が始まっています。人工都市は、高さ500m、幅200m、長さ170kmの直線高層都市で、高さ500m×幅200m×長さ800mを1つのモジュールとして建設していくプロジェクトです。2030年までの建設を計画、人口は90万人を想定し、高速鉄道により端から端まで20分で到達できます。幅200mの空間に人間が暮らす環境を整えます。工事には20万人のワーカーを動員する予定とのこと。まさに未来を彷彿させるこの絵姿は、時を超えて価値を提供できるチタン素材が活躍できる場であると思っています。

直線高層都市THE LINEの建築現場

直線高層都市THE LINEの建築現場

未来へ繋げる

 ネオムプロジェクトを始め、中東のプロジェクトは未来に繋がっていく可能性を秘めています。日本での日常生活から見ると、この常識外れの計画はまるで別の星での出来事に感じます。しかし、実際に現地に足を運び現場を見ると、言葉にするのが難しい感覚が湧き出てきます。現場・現実に向き合い、本質を見抜く訓練を積み重ねてきた経験が、プロジェクトに関わる人々の心を動かします。この地球上において未来を創る仕事に関わることができる喜びは、中東ならではのものと感じています。不可能を可能にするプロジェクトに、チタン素材を携えて挑戦していきます。