JIA Bulletin 2024年冬号/海外レポート

メキシコの現在とバラガン建築

皆川 拓

私とメキシコ

 メキシコと日本を行き来し、早8年になる。学生時代はスペインに留学していたのだが、同じスペイン語圏であったこと、兼ねてからの憧れであったバラガンの建築も見たいという思いもあり、2015年に初めて訪れた。同じラテン諸国でもスペインは成熟したイメージだが、メキシコはより躍動感があるイメージ。国土も日本の5倍と広く、首都のメキシコシティのみならず、各地に魅力的な都市が点在している。まだ発展途上の国ともいえるが、国民の平均年齢は29歳と若く、国はエネルギーに満ちている。

 社会人経験の後、2018年にメキシコに留学。メキシコ人の伴侶を得たこともあり今では第二の祖国のような存在だ。昨今では日本でもメキシコに関する美術展が開催されたり、雑誌での特集、本場のメキシコレストランが数多くオープンしたりと、日々の生活においてもメキシコの文化に触れることが多くなった。今回のレポートでは、そんなメキシコの魅力やバラガン建築の魅力、メキシコの今をお伝えできればと思う。

首都メキシコシティの魅力

 国の中央に位置するメキシコシティ(以下シティ)。標高は2,240mと階段を上るだけで息切れをするような高地に位置する街。メキシコに留学した際、この街で私は1年間生活をしていた。シティの人口圏は2000万人(メキシコの総人口は1.29億人)とも言われ、朝夕は渋滞が日常茶飯事、2、3時間メトロで通勤する人もいる。

 シティの魅力の1つ、それは芸術が身近にあふれていること。至るところに美術館が点在し、その数、美術館と博物館合計で130以上もあり、世界有数のアートシティなのだ。驚くべきはその展示内容の密度と作品数の多さ、そのほとんどが無料で入れるという気軽さにある。メキシコでは1920年代から1930年代にかけてメキシコ革命下で壁画運動が起こった歴史があるのだが、建築のファサード全面を壁画で装飾した建物も数多く見られる。

 超高層のビルが立ち並ぶシティ、少し歩けばタコスの屋台が何台も並ぶストリートに出会えるヒューマンスケールな街並み。実は日本食と同じように、メキシコ料理はユネスコの無形文化遺産に登録されているほど食が豊かな国である。唐辛子(チリ)、トマト、アボカド、バニラなどメキシコ発祥の食べ物は多くあり、地域ごとのローカル風土を楽しめるのもメキシコの醍醐味といえる。

シティの中心地

シティの中心地

シティの美術館

シティの美術館

地方都市の魅力

 メキシコの最大の魅力は地方都市にあると言えるだろう。“宝石箱をひっくり返した”と表現されるカラフルな街並みが有名なグアナファト、日本からは新婚旅行で訪れる人も多いカンクン等、訪れるべき地方都市を挙げると切りがない。中でも一番のおススメはオアハカである。シティからも近い食と文化の街で、世界の観光都市ランキングでもトップに輝いたこともあるこの街は、一度行くだけで魅了されてしまう、メキシコの魔法にかけられるような場所だ

グアナファトの街

グアナファトの街

ルイス・バラガンの魅力 ~バラガンが持つ暗さ~

 色鮮やかな色彩が特徴的なバラガン建築。日本でもバラガン好きな方は多いと思う。自分もそんな1人で、メキシコ留学中、世界遺産であるルイス・バラガンの自邸と仕事場(バラガン財団)で働ける機会を得た。バラガン自邸は世界中から観光客が訪れる場所であり、そこでバラガン自邸を巡るガイドを担当したのだ。数ヵ月の間バラガン自邸に通う中で、常に新鮮な驚きをもって発見があるのがバラガン建築の魅力だ。彼が死去するまで約40年にわたり住み続けた場所であるが、世界遺産となったバラガン自邸の魅力をいくつか記載したいと思う。

❶時間による変遷

 ここで言う時間には2つの意味がある。短期的な変化と長期的な変化だ。バラガンの空間に身を置いてみると、時間、天候、季節によって大きく空間の見え方が変化することが分かる。同じリビングでも陽の入り方によって大きく印象は異なるし、夕暮れになるといっそう変化が現れる。また、バラガンは自邸の建設から死去するまで約40年間この場所で生活をしているが、常に空間の増改築を繰り返していた。色彩の壁も当初は色がついていない部分もあり、いかにバラガンが試行錯誤を繰り返し、また当時の生活の要望に合わせて空間を変化させていったかが分かる。

❷圧倒的な暗さ(静寂さ)

 実際に感じるバラガンの空間は実に暗い。もちろん、我々が一般的に想像するようなメキシコの強い日差しの中で際立つバラガンのピンクも存在する。しかし、一歩空間に身を置いてみると、そこで感じるのは陰影の中の光と影の揺らぎのような穏やかな静寂さなのだ。

❸住宅と庭の融合

 「住宅は庭のように、庭は住宅のように」。バラガンの残した言葉だが、彼は常に内部空間と庭の融合のあり方を模索していた。バラガン自邸の内部空間に身を置くと、時間によって庭は大きく表情を変え、それが内部空間に強く影響していることを感じることができる。

❹アートとの融合

 内部空間は常に絵画、工芸品などのアートの要素が深く関連している。色彩や光の反射、計算されたレイアウトなど、1つのアート作品が空間に影響を与え、光の移ろいも相まって見事な一体感を生み出している。

❺師と協働者の存在

 バラガンには色彩の先生と呼べる存在がいた。メキシコの色彩や伝統技法に精通していたチューチョ・レジェスである。バラガンは現場で常に彼にアドバイスを求め、それぞれの色彩を決めていたという。家具設計はキューバ人女性デザイナーのクララ・ポルセットと協働していたし、他の芸術家との関わりも含め、バラガンの空間はさまざまなコラボレーションによって生まれている。

 バラガンについては話すと切りがないが、私がバラガン自邸で行っていた空間解説を記録した動画がWebで見られるので、興味のある方は弊社HPの「Works>ルイス・バラガン研究」から見ていただければ幸いである。

オアハカの街

オアハカの街

バラガンの書斎(午後の光)

バラガンの書斎(午後の光)

バラガンの書斎(午後の光)

メキシコでの活動

 現在事務所では日本国内でリノベーションを中心とした設計活動を進めつつ、メキシコでも複数の計画を進めている。スタッフは全員メキシコ人、常にリモートで仕事をしてくれている。コロナがもたらした最大の恩恵は国境を越えても仕事が進められることであり、年代も国籍も違う中で、建築という言語で豊かな空間づくりのために協働できるのはとても楽しい試みである。メキシコは日本と違ってプロジェクトの進度は極端に遅いが、小さなホテルも開業予定であり、日本とメキシコを拠点にしながら今後も進めていく予定である。

皆川 拓(みながわ たく) プロフィール

AQT一級建築士事務所、株式会社HaS代表
2007年 千葉大学工学部デザイン工学科(建築)卒業、2010年 千葉大学大学院工学研究科修了、2011年 RCR arquitectes (Spain)にて研修、2011-18年 AE5 Partners勤務、2018-19年 メキシコ政府奨学生として渡墨、2019年 AQT一級建築士事務所設立、2022年 株式会社HaS設立。