JIA Bulletin 2022年春号/海外レポート

気候変動による建築の崩壊
―アルヴァ・アアルトの建築「スリークロス教会」が救いを求めています―

彦根 アンドレア

 まず、フィンランドの建築中心の文化誌である『ark』に掲載された文章を紹介します。

■スリークロス教会の状態
 フィンランド東部イマトラ市のヴオクセンニスカにあるアルヴァ・アアルトの「スリークロス教会」は、フィンランドを代表する現代建築のひとつです。1958年に完成したこの建物は、湿気を原因とするダメージを継続的に受けており、2019年の秋にはついに閉鎖に追い込まれ、緊急かつ大規模な修理が必要とされています。
 教会の周囲を歩くと、白い漆喰仕上げのレンガのファサードと緑青の銅板の屋根が、自由で柔らかなアーチ状の形と直線を交互に織り成しています。
 しかし、そのモダンなフォルムの背後には、塔、聖堂、聖具室があるように伝統的な教会の要素が見て取れますし、旧来の教会ならポーチがある場所は玄関ロビーが配されています。アアルトの直感的で革新的な教会建築は、社会的な側面も持っているのです。
 アアルトは、この町の工場コミュニティのための多目的教会を設計する際に、個人の幸福と地域コミュニティの幸福のどちらをも追求しています。
 教会と牧師館の建築は、1969年にはイマトラ市の都市計画により、また2003年には教会法によって公的な保護対象に指定されました。1993年には、近代建築の保護と記録を専門とする(国際)団体「ドコモモ」が、フィンランドの重要建築文化財のひとつに選定し、2021年には「スリークロス教会」は13のアアルト作品群のひとつとして、ユネスコ世界遺産登録ノミネートのリストに入りました。


礼拝堂とパイプオルガン
(出典:アルヴァ・アアルト財団)

スリークロス教会完成直後の写真
(出典:アルヴァ・アアルト財団)

■運命に翻弄される稀有な教会
 スリークロス教会の第一次改修工事は2007年に完了しましたが、建物を悩ませていた湿気の問題は、表面構造の更新だけでは改善されませんでした。問題が続いたため、西側の地下室は閉鎖を余儀なくされ、建物の管理者であるイマトラ教区はムストネン・アーキテクツに対策を相談しました。状況は精査され、すでに10年近く前から全体的な改修工事の実施が待たれている状態です。2013年には改修のプロジェクト計画が完成し、2014年に建物物件歴史報告書ができています。
 2016年に完了した最初の追加修理工事では、西側地下室の深刻な湿気問題に対処しました。教会の西側と南側の階段と入口レベルの修理と防水、庭の排水の改善が行われたほか、庭の地形(コンター)をより当初計画に近い状況に復元しています。また、基礎台座の横の土を透水性の良いものに変更しました。同時に身廊(礼拝堂の中央部分)上部の屋根の換気を暫定的に改善させ、また屋根や庇の補修、庭の照明の修復方法を選定するための試験補修も実施しました。修理された地下構造物は、今のところ適度な湿度の状態を保っています。しかしながら2017年以降、補修作業は資金不足により中断されています。
 2020年秋に身廊で行われた室内空気環境測定では、新たに身廊の祭壇側の端で構造物の湿気による損傷が指摘され、さらに(カビなどによる)健康被害発生リスクが指摘されたため、ついに教会は当面の間閉鎖されることになってしまいました。現在教会の礼拝は行うことができず、身廊で行われていた高齢者のための健康維持教室などの団体活動も別の場所に移されました。


アアルトの描いたスケッチ
(出典:アルヴァ・アアルト財団)

■国外からの資金調達を模索
 教会堂の運命は、その地域社会と結びついているようです。大見出しで何度も繰り返し助けを求める告知が出ても、老朽化した「スリークロス教会」の修理を支援するような目立った市民運動が地元で起こることはありませんでした。ヴオクセンニスカ地区自体が市内でも住民流出が起きている地域で、その人口は10年間で10%減少しています。
 フィンランド政府は2016年以降、福音ルーテル教会に対し、文化的・歴史的に価値のある建造物の維持管理を目的とした資金を提供しています。法律によれば、この教会補助金は保護対象になっている教会の改修プロジェクトに資金を提供することに主眼が置かれているはずです。しかし残念ながら、2021年の合計約700万ユーロの補助金は58もの個別のプロジェクトに分配されてしまいました。
 2016年、スリークロス教会には、改修の第一段階の実施のために20万ユーロの改修補助金が交付されました。しかし、それ以降毎年、教会委員会は同教会への助成を却下しています。その理由は、スリークロス教会が所属するイマトラ教区の経済状況が良すぎるとみなされていることに由来します。補助金の支給額は、教区ごと、教会税率、税収、教会・礼拝堂の総数によって決定されています。このように教会委員会の補助金決定は、法律の趣旨に反して、文化史的な根拠よりも経済的な根拠に基づいて行われてきました。また、教会委員会が、文化史的価値を考慮して助成決定するのに必要な専門性を有する組織であるのかという疑問もあります。
 教会建築の状態が憂慮すべきものであるにもかかわらず、教区は修理に必要な150万ユーロの資金を持ち合わせていないのですから、この状況は問題と言えます。フィンランド政府、EU、アメリカのゲッティ財団への資金援助申請も、今のところ失敗に終わってしまいました。このプロジェクトには遠く日本からのものも含めパートナーやクラウドファンディングが募集されていますが、今のところ着地点は見つかっておらず、衰退しつつある教区にとっても維持・修繕の負担を自分たちの肩だけに担わせるのは、不公平だと見られているのです。 (建築家Niina Svartström)


外壁の損傷がはっきりわかる
(撮影:Niina Svartström)

2017年フィンランドの旅で撮影した教会
(撮影:彦根アンドレア)

 上記文章の執筆者はムストネン・アーキテクツ所属で教会の修繕担当の建築家Niina Svartströmさん、翻訳はフィンランド在住、デザイナー兼翻訳者の遠藤悦郎さんです。
 2017年フィンランドの旅で、スリークロス教会を訪れたことをきっかけに彼らに出会い、上記の問題の原因を知りました。気候変動により本来のフィンランドの乾燥した氷点下の続く冬から、雨が多く多湿になり、0度を超える日が増えたことで氷の溶解が繰り返され、壁が建設時想定していた以上に湿気の影響を受けたことが原因です。この現状を知り「なんとかならないか」と、多くの方、アアルト財団や、若者を中心とした団体のUNDER 30と共に、THREE CROSS HELPという活動を始めました。この活動内容は「スリークロスヘルプ」と検索していただくと、さらに詳しくご覧いただけます。
 上記の文章に補助金がなかなか下りない現状が述べられていますが、昨年末にフィンランドの福音ルーテル教会から、補助金をいただくことができました。しかし、修繕金はまだまだ足りておらず、本格的な修繕は始めることができません。
 最近、これからの環境建築、カーボンニュートラルやSDGsについてよく話題に上がりますが、この教会の現状を見て、気候変動はすでにそこに存在している大切な建築にも大きな影響を与えていることを実感しています。私たち建築家のいろいろな仕事の中には、守らなければいけない建築を守ることも使命であると思います。

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