JIA Bulletin 2020年冬号/海外レポート
パリの街中工事事情
—ノートルダムの再建工事をきっかけに
 改めて考える「再生され続ける街」—
SFA Japan
荻野 雄仁

 2019年4月15日午後6時過ぎ、パリのノートルダム大聖堂で大規模な火災が発生し、翌日には鎮火が発表されたものの、尖塔とその周辺の屋根が崩落しました。マクロン大統領が2024年のパリ五輪に間に合うよう5年以内の再建を表明しましたが、火災の翌月末のパリへの出張の合間に、再建中の様子を確認してきましたので、その他パリの街中の工事の事情も併せてレポートさせていただきます。

■ノートルダム大聖堂の火災の翌月の様子

 シテ島の東側に位置するノートルダム大聖堂の周辺道路は通行止めとなり封鎖されており、近づくことはできませんでした。火災前からもともと修復作業が行われており、火元は工事現場だったと言われています(他に電気ショート説など諸説あり)。


工事関係者以外は
立ち入りできないようになっていた

建物の周囲にはフェンスで仕切られている
(写真は東側から見た現場)

クレーンによって資材だけでなく人も運搬されている。
緻密な足場は火災前からあったとのこと

■パリの街中工事事情

 ノートルダム大聖堂も火災で再建が必要になる前から修復作業中だったことからも分かる通り、パリの街中では至る所で工事が行われています。特徴的なのは、建物が描かれた建築現場シートがよく見られることで、修復中の工事現場と言えども、景観に配慮されています。ただし企業の広告スペースに使われていることもよくあります。


工事中の建物の外装を描いて景観に配慮

建物が描かれた建築現場

企業広告。朝だからか中が見えている

内部がほぼスケルトン状態の改修現場

道路の補修工事の作業中

作業を終えた箇所とこれからの箇所

住民のためか完全な通行止めではない

たまに見かけるエレベーター式の足場

道路の工事箇所は柵で囲われている

■パリで生きる人々(と猫)

 建物は古いのに、いつも新鮮な印象を与えてくれるパリ。なんと言っても、そこに住む人の活気が伝わってきます。そして気づくのです。人(や猫)も、パリという街の一部だと。


今回の滞在で目立ったキックスクーター。運用がすぐに破綻するという説もあるが果たして……。写真奥のカップルで2人乗りする姿(言うなればタイタニック乗り?!)も多く見られた

車も普通に通る道路も子どもたちの遊び場。“The great big city’s a wondrous toy”という一節がつい頭に流れる(Rogers & Hartの歌曲Manhattanより)

人だけでなく、猫も街の住人。
威厳があり、やはり景観を壊すどころか、もはや街の一部

■再生され続ける街パリ:
ノートルダム大聖堂についての現地の声

 パリでは至る所で補修が行われ、なるべく景観や生活に支障がないように配慮されている空気感が伝わったと思います。新築ではなく圧倒的に補修が多く、常に再生されているパリの意識がよく分かる一例として、ノートルダム大聖堂の火災について、現地在住で、私の会社SFA(Société Française d’Assainissement)のDeputy Managing DirectorであるStéphane Harelの声を紹介します。
 「悲しいことではあったが、死者が出なかったことは奇跡的だ。5年で再建ができるかはともかく、いずれにせよまた作っていくのだ」。
 これは、歴史的な建造物だらけと言っても過言ではないパリならではの、文化的遺産と共に生活する感覚と、またそれを守り修復し再建する自分たちの歴史も含めて遺産であるという意識が表れています。
 死者はなく、負傷者は火災現場で活動していた警察官2人と消防士1人の計3人。


中央がStéphane。左はCOOのArnaud Corbier、右は筆者

 実際に、パリの街の風景の一部ともなっているカフェの中には、300年以上も前から幾度も改修を重ねながら営業しているところもあります。
 通りにはみ出したテーブルも含め、いつも驚くほど満席に近いお客さんで賑わうパリのカフェですが、なるべく多くのお客さんを収容できるよう、地上(日本で言うところの1階)部分は客席とし、トイレは地下にあるところが多いです。これを簡単に可能にするために生まれたのが排水圧送ポンプで、小型のポンプユニットから排水を細い管で重力に逆らって圧送することで、排水ピットなどの大がかりな工事をせずに新たに水まわりを設けることができます。
 また、19世紀半ばに建てられたものが多い集合住居アパルトマンでは、建造当時はエレベーターがなく不便なため使用人のスペースとされていた最上階に、改装で水まわりを増設する際にも排水圧送ポンプが多く採用されており、「人が居住する上で必要となる水まわりを極力建物に影響を与えずに実現する」ことに役立っています。
 日本でも、すでに平等院鳳凰堂や日光東照宮などの歴史的な建造物に採用されているほか、住宅のトイレ増設や、駅や空港、スーパーやコンビニ、病院や保育園、老人ホームなどで、床かさ上げなどの大がかりな工事をせず建物へのダメージも最小限でトイレやシンクを設置するのに役立っています。

 いつもパリを訪れるたびに、その歴史的な遺産の多さと身近さに圧倒されると同時に、決して「化石」というような死んでいるイメージではなく、逆に「街が生きている」印象を得るのですが、その一因は、常に再生され続けているからだという考えに今回改めて至りました。願わくば、日本の街も「生きた街」になりますように。

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