JIA Bulletin 2017年冬号/海外レポート
32年後の同じ日に地震・メキシコ市
―1985~2017―
棈木 あべき 紀男

 1985年秋に日本建築学会「1985年メキシコ地震災害調査団」の一員として参加し、2年後、メキシコ・アメリカ・日本の合同ワークショップに日本からの4人の参加者の1人として、調査結果の概要を紹介した。さらに1988年度に1年間、国立メキシコ自治大学(UNAMと略称)工学研究所の客員研究員として滞在し、その後も1999年テウアカン地震後の調査など、交流が続いている。

1. 地震国・メキシコ

 メキシコは、日本同様に地震多発国である。2017年9月19日、メキシコ市では、1985年の地震によるおよそ1万人の犠牲者を悼み、防災訓練などをしていたところに、地震発生警報が鳴り響き、人々が建物から飛び出したようである。その直後、いくつもの建物が一瞬に崩壊する様子の動画がインターネット上にたくさんアップされた。
 地震後、友人たちの安否確認をし、インターネット等でメキシコの被害情報を集めた。

〈1985年9月19日のメキシコ地震(M8.1)〉
 1千万人都市を襲った地震による被害の報道は、衝撃的であった。高層建物の倒壊、多くの中層建物の“パンケーキ状”の崩壊は想像を絶するものであった。加えて、マグニチュード8.1の巨大地震とはいえ、震源は、特に大きな被害を受けたメキシコ市から350㎞も離れた、太平洋側のミチョアカン州沖の遠距離地震だったのである。
 1985年の地震によるメキシコシティーの震災は、多くの解明すべき課題を突き付けた。地震直後、UNAMは、市内5地点ほどの地震観測記録を公開し、研究の推進に大きく貢献した。メキシコ市内は、3タイプの地盤からなる。火山岩地域、旧湖の軟弱地盤地域、それらに挟まれた中間地域であるが、その3地域に地震波が記録されていたことは貴重であった。
 調査団のメンバーとして、私のグループはメキシコ市内11か所で、1か所20人以上に面接でアンケート調査をした。推定した震度分布を図1に示した1)。東側の地域が旧湖地域で、気象庁震度階・震度5~6−、西側は火山岩地域で震度4、その中間地域が震度4+と推定された。
 被害は旧湖地域に集中し、多くは中高層建物で、2階建て程度の建物の被害は見られなかった。

 

図1 1985年メキシコ地震時震度(JMA)分布1)
 

図2 2017年9月19日地震による建物被害2)

〈2017年9月19日のメキシコ地震(M7.1)〉
 今回の地震は、マグニチュード7.1で、メキシコ市から北東120㎞のモレロス州に震源が位置する内陸地震である。インターネット上には、振動台で実大建物を崩壊させる実験を思わせるような動画が多くアップされた(ただ、衝撃的ではあるが、1995年阪神淡路地震時に崩壊した建物や高速道路が動画記録されていたら、同じ衝撃を受けたであろう)。
 1985年の地震被害がシティーの中心部の旧湖地域に集中し、高層の建物被害であったのに比べ、入手範囲での2017年9月19日の被害は次の特徴がある。
1)図2から倒壊や大破の建物が中間地盤地域に沿うように南北の帯状に広がっており、旧湖地域には軽い被害がいくつか散在する程度であるように思われること。
2)インターネットに投稿されている被害写真から中層の建物被害が多いように思われること。
 1)、2)については、地震動の記録波形や被害場所、建物の特性などのデータが必要となるが、1985年と2017年の被害比較は耐震工学的には興味深いテーマである。
 メキシコのSMIGの資料3)に地震波の特性が示されており、1985年と2017年の地震波には周期特性にかなりの違いがみられ1)、2)の傾向を説明できそうである。

2.被災建物の補修・補強

 1985年の地震での被害建物の被災度判定、補修可能な建物の補強については、日本政府が派遣した技術者集団が協力している。
 補修・補強された2つの例を挙げておきたい。

〈トラテロルコ団地の高層共同住宅の補修補強〉
 約7万人ほどが居住する4層、5層、8層、14層と21層の住宅棟が102棟混在する団地である。4層、5層の中層建物の被害はほとんどなく、14層と21層の被害が多く、14層の1棟は崩壊した1)。その後、多くの塔状と長方形の高層住宅が写真1のように壁の耐震壁化、またはメガフレームの増設で補強された。
 旧湖の超軟弱地盤上で、巨大な耐震壁やフレームを増設した建物の基礎には、外部に空洞の地下室を設けていた。すなわち、水面に浮かぶいかだのように、幅を広げて揺れによる転倒を防ぐという方法である。
 入手した、2017年9月21日の地震の被害分布図にはこの団地での被害は見られない。

 

写真1 1985年の被害。高層共同住宅トラテロルコ団地。
耐震壁とメガフレームによる補修補強(1987年撮影)
 

〈壁画を含む補修補強―通信運輸省(SCT)庁舎〉
 メキシコには、壁画の文化がある。“壁画”は革命初期の1910年代に芽生えた文化運動で、その伝統は今も色濃く生きている。壮大なスケールの壁画の典型は、オゴルマンによる、4面が壁画のUNAMの図書館である。
 さらに規模の大きな建物の壁画が通信運輸省(SCT)の庁舎で、1985年の地震で大きな被害を受けた。補強・修復に相当の歳月をかけている。
 筆者は、その修復段階を継続して現地確認してきた。補修・補強が構造体ばかりでなく、壁画も修復していることに感銘を受け、何度も訪れた。
 最後に2012年に訪れ、長い時間、敷地のまわりを歩き回ったあと、バスに乗った。車内で、先住民族らしい母親が6歳くらいの男の子をゆすりながら、壁画を指さして「ほらほら、ご覧、きれいだよ!」と言っているように思えたが、2人で食い入るように見ていた。
 「芸術は民衆のもの」が、壁画運動の理念だったと思うが、まさにこの母子の姿こそ、メキシコの画家たちの理想だったであろうと思った。

   

写真2 
補強工事中の通信運輸省
(1988年撮影)
 

写真3 
通信運輸省(2012年撮影)
 

写真4 
通信運輸省(2012年撮影)
 

終わりに

 M8.1の遠距離巨大地震(1985年)とM7.1の内陸大地震(2017年)であり震源距離は違うものの、犠牲者数が約1万人と331名である。マグニチュードが1違うと地震解放エネルギーは30倍違うという関係とのあまりの整合に驚かされる。ネット上でSCTの庁舎が昨年の地震に起因して取り壊しが話題になっているが、壁画保存、建物の寿命との関係など気になるところである。

出典:
1)日本建築学会「1985年メキシコ地震災害調査報告書」
2) REPORTE PRELINMINAR iingen.unam
http://www.iingen.unam.mx/es-mx/Investigacion/Proyectos/Paginas/Sismo19sept2017.aspx
3) SMIG: Efectos de Sitio en la Cd. de México durante el Sismo del 19 de septiembre de 2017

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