JIA Bulletin 2021年春号/特集:拡がる建築家の職能・職域

2020年度特集テーマ関連企画 特別シンポジウム
建築を超えて

 今年度は「拡がる建築家の職能・職域」をテーマに、従来の領域や分野を超えた多様な活動をされている方々にフォーカスを当てて特集してきました。最終回の今回は「建築を超えて」と題し、まさに「拡がる建築家の職能・職域」をご自身の活動を通して体現されている皆さまをお招きし、オンラインでシンポジウムを開催いたしました。
 ご登壇者は、秋吉浩気さん、寺田尚樹さん、馬場正尊さんの3名、そして司会進行を寺田真理子さんにお願いしました。前半は、お一人ずつ、どのような「建築を超えた」活動をされているのか、後半は4名にクロストークを通して、建築家の在り方や表現方法などをお話ししていただきました。

(『Bulletin』編集長 会田友朗)

上段左から 寺田真理子さん、寺田尚樹さん
下段左から 秋吉浩気さん、馬場正尊さん

シンポジウム
開催日 2020年12月18日(金) 18:30 ~ 21:00 オンライン配信(Zoomウェビナー形式)
登壇者 秋吉浩気(アーキテクト/メタアーキテクト VUILD代表取締役)
寺田尚樹(建築家/デザイナー インターオフィス代表取締役社長、ノルジャパン取締役上級副社長、テラダデザイン一級建築士事務所主幹、テラダモケイ)
馬場正尊(建築家 Open A代表取締役、東京R不動産ディレクター、東北芸術工科大学教授、JIA正会員)
司会・進行 ​寺田真理子(キュレーター 横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA准教授、Y-GSAスタジオ・マネージャー)
主 催 ​​公益社団法人 日本建築家協会 関東甲信越支部 広報委員会

(このシンポジウムはNPO法人建築家教育推進機構の助成を受けて開催しました)

プレゼンテーション

司会・進行 寺田(真)

寺田真理子と申します。今回、「拡がる建築家の職能・職域」というテーマでシンポジウムのお話をいただき、私自身横浜国立大学で建築教育に携わっておりますが、学生をはじめとする今の日本の若い人たちがこれから社会に出て行く時に、希望や勇気をもって建築の世界に飛び込み、新しい領域にチャレンジしてほしい、そのきっかけになればと思い、今回進行役として参加させていただくことになりました。
本日のご登壇者のお三方は、建築という分野に新しい価値観で、大変クリエイティブなお仕事をされておられます。私もお話をうかがえるのを楽しみにしておりました。
それでは、お一人ずつレクチャーをしていただきます。まずは馬場さんからお願いします。

建築とメディアとムーブメント
馬場正尊 (Open A/東北芸術工科大学)

  • 1階が駐車場、2階が食品倉庫として使われていた東日本橋の古いビルをリノベーションした初期のOpen A事務所
    (撮影:阿野太一)

  • 泊まれる公園として再生した「INN THE PARK」
    (撮影:阪野貴也)

空間ができるプロセスの逆転

 僕の設計事務所Open Aは、Open Architectureのことで、建築の領域を開いていこうという意味と、コンピューター業界用語で行動を全部オープンにするという意味を兼ねています。iPhoneはOSが公開されているからこそ、世の中の人が新しいアプリを開発できるように、方法論を公開することをOpen Architectureといい、まさにこれを実践しようとしています。
 建築とメディアを掛け合わせることで、少し言い過ぎかもしれませんがムーブメントを起こすようなことを標榜してやってきたのではないかなと今思っています。
 大学院時代から、『A』という同人誌をつくっていました。大学院卒業後は広告会社に就職しましたが、その間もつくり続け、20代後半の時に会社を休職し、同人誌だった『A』を雑誌として4年間発行しました。これは建築と都市とサブカルチャーをつなぐような雑誌で、例えば宮崎駿さんに「あなたの都市論を聞きたい」という熱いラブレターを送り、この無名の雑誌のインタビューに答えてもらったりもしました。僕はその時、メディアは会いたい人に会い、やりたいことを考えるための魔法の絨毯だなと思ったのです。
 その後、都心部で六本木ヒルズや丸ビルなどの超高層再開発が進む一方で、古い建物がどんどん余っていることに気がつきました。ちょうどその頃、アメリカに行き、捨て去られた中華街をギャラリー街に変えている若者や、廃墟となったデパートをギャラリーにリノベーションする人を取材してきました。そこで自分も古い建物のリノベーションに挑戦してみようと思い、最初は小さな空間を白く塗るところから始めました。リノベーションできそうな物件を探している時に見つけた面白い空き物件をブログで発表したら、「それ借りられないの?」という声が殺到して、これを機に仲間たちと「東京R不動産」を立ち上げます。今まで不動産屋が嫌っていたような物件を、違う価値観から紹介することで人気を得ることができました。リノベーションというムーブメントをドライブするひとつの役割を担ってくれたかなと思っています。
 その後も、事務所がある神田・東日本橋の裏通りの空き物件をギャラリー化するようなアートイベントを10年間続け、気がつけばリノベーション物件も増え、まちの風景と歩く人が変わっていきました。これはもしかして新しいタイプの都市計画なのではないかと思い、「エリアリノベーション」と名付けました。今はそれが一人歩きして一般名詞のように使われていますが、まさに点が面になってエリアを変えていく、新しい都市計画の方法論のひとつとして意識するようになりました。
 その次に変えたいと思ったのが公共空間です。禁止事項だらけの日本の公園を変えたい、プライベートとバプリックの中間領域である新しいコモンスペースをつくること自体が建築の役割なのではないかと考え、『RePUBLIC:公共空間のリノベーション』(学芸出版社、2013)という本を書きました。こうしたメディアや、実際に公園にポップアップのカフェを仮設でつくるプロジェクトなどを通じて、公共空間リノベーションのムーブメントをつくろうとしたんです。
 静岡県沼津市では、行政から廃墟のようになっている少年自然の家を民間に貸したいという相談を受け、少年自然の家をリノベーションするだけでなく、その周りの公園も含めて宿泊施設であると見立てることで、泊まれる公園「INN THE PARK」として再生しました。重要だったのは公園の新しい活用方法を提案することだったので、森の中に球体テントを吊るして、そこに宿泊できるようにしました。これをきっかけに、この公園で映画祭をしたり、キャンプをしたり、いろいろなことが展開されるようになりました。ここはOpen Aが企画・設計だけではなく、ホテルの運営までしています。僕は自分がつくったものがきっかけになり、その空間を他者がどんどん拡張して使うようになることが嬉しいのです。OpenArchitecture、まさにオープンリソースとして空間が使われているような感覚を覚えます。
 また、自分の空間を自分でつくれるようなプラットフォームをつくりたいと思い、「toolbox」という建材の販売サイトも10年前から運営しています。
 近代は建築家が「計画」し、「つくって」から「使う」という順で物事は進んでいました。しかし今は、まず「使う」側の構想力があり、それを「つくり」、そしてそれを「計画」に還元するというように、物事の成り立ちが逆転しているのではないかという気がするのです。建築家は、近代では物事のスタートに立ち会うことができましたが、ポスト近代ではいちばん最後になってしまうかもしれません。ですから、僕は積極的に運営に関わったり、「toolbox」のようにつくるところから建築を設計する、逆のルートを意識的にして新しい時代についていこうとしています。
 さらに、今は建築家や大工さんや工務店と、それを使うユーザーなどの境界線がすごく曖昧になっていて、職能が溶け合いはじめているのではないかと思うようになりました。Open Architectureを標榜している身として、「つくる」ことと「使う」ことを横断しながら、いかにして都市や空間の当事者になり、それらに対してリアルなコミットメントができるかを考え、好奇心の赴くままに仕事をしているところです。

自分で企画してビジネスを展開する
寺田尚樹(インターオフィス、ノルジャパン、テラダデザイン一級建築士事務所、テラダモケイ)

  • 最初に設計した住宅「T・HOUSE」

  • 15.0%のアイスクリームスプーン

  • 1/100 建築模型用添景セット

 僕は大学卒業後、ロンドンのAAスクールに行きました。日本だと建築家はやはり家をつくる人で、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナーというように職能がかなり分かれていますが、ヨーロッパでは建築家が車やプロダクトのデザインをしたり、映画を撮ったり、クリエイティブな仕事はなんでもできるようなイメージがあったからです。
 テラダデザインは僕が日本に帰ってきて立ち上げた建築設計事務所です。最初に設計した住宅が『新建築 住宅特集』に掲載され、表紙にもなりました。これでどんどん仕事がくると思ったのですが、ぜんぜん来ない。今思えばちょっとやりすぎたのかもしれません。その時に、自分の想いをぶつけるだけでは物事は実現できないと実感しました。そのあと設計した7階建てのテナントビルでは、看板の代わりにビルのファサードに大きなQRコードを付けました。テナントが変わるたびに看板を付け替えるよりも、QRコードの向こうのバーチャルな看板の情報を書き換える方がハンディで安いし、そのアプリの開発もしたりしました。
 設計事務所では住宅やビル、オフィスのインテリア、サインデザインなどをしていたのですが、やはり日本で設計事務所というかたちでやると、建築の設計以外の分野になかなか出られない。そこで立ち上げたのがテラダモケイです。模型に添える人などの添景をプロダクト化し、商品化しました。ハガキサイズの紙にレーザーカットで人などがかたどられていて、組み上げると1/100の小さな模型ができます。これを始めたことで、建築という請負仕事ではなく、自分で企画してブランドを立ち上げてデザインして売るという、建築の設計料とは違うかたちの収入ができ、ビジネスという実感が湧く仕事になりました。さらに、企業やメーカーのプロモーションのツールとして使いたいという話もくるようになり、新たなビジネスに変わってきました。
 15.0%というブランドも展開しています。テラダモケイと同じように、企画を立てて、メーカーとコラボレーションし、デザインだけではなくて全体のブランドディレクションもしています。これは、富山県の高岡の鋳物工場から、鋳物の技術を使って何かつくれないかという相談を受けたのがきっかけです。アルミは鏡面に磨いた仕上げが難しいのですが、その技術でアイスクリームスプーンをつくることにしました。アルミは熱伝導率が高いので、手の熱がスプーンにすぐに伝わり、カチカチのアイスでも簡単に掬えます。
 ここからの2つはこれまでと大きく変わるのですが、今、インターオフィスという、主にヨーロッパの高級ファニチャーを輸入販売する会社を任されています。それから、ノル(Knoll)というアメリカのブランドの日本法人の運営もしており、青山にあるショールームでは、ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェアや、エーロ・サーリネンのテーブルや椅子などを展示・販売しています。これらの家具は以前はリプロダクション品ばかりでしたが、本物を日本で紹介したいと思い、ノルに直接行って交渉してきました。僕以外にも日本のいろいろなところから交渉に来ていて、コンペティションになったのですが、僕はお金の話は一切せずに、家具のバックグランドや建築家のことを語ることができたので、お前に任せるよと言ってもらえました。その時に、建築学科を出たことが役に立ったように思いました。僕は今、このように海外のメーカーに行って輸入交渉をすることも仕事のひとつになっています。家具の開発の企画なども現在進めているところです。

生き生きとした暮らしを自分自身でつくる
秋吉浩気 (VUILD)

  • ShopBotで家具をつくる中学生

  • クラウドサービス「EMARF」の操作画面

「まれびとの家」(2019)
(撮影:Takumi Ota)

 私はVUILDという会社をやっていまして、建築家と名乗りながら、メタアーキテクトとも名乗っています。
 学生時代は意匠系の研究室にいましたが、どんなコンペでも最優秀賞を取ってしまうような同期や先輩がいて、建築を考えることが少しゲーム化していて、コンペを取ることが次につながるという風潮を割と引いた目で見ていました。ちょうどその頃に東日本大震災があり、建築学を学んできた自分たちに何ができるのか考える時期がありました。どういう力があれば自分自身で社会に対して何かを訴求できるのかを考え、建築意匠であまり扱われていなかった、「情報技術」と、「社会に対してどのようにコミュニケーションしていくか」ということ、そして「ビジネス」、「ものづくり」という4つに整理しました。
 ここの4つにアプローチするために、デジタルファブリケーションを学ぼうと、3Dプリンティングを研究している慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也研究室に入り、2年間でデジタルデザインとメタデザインを習得しました。メタデザインとは、個人がデザインし、ものづくりする行為を支援する環境をつくることを指します。またこの2年間で、企業から協働研究費を獲得する経験をしたり、アイデアを実現するためのものづくりスキルを身につけ、そのまま独立しました。
 2017年にVUILDを設立し、建築意匠を中心に据えながら、株式というかたちで事業会社・投資家から資金をいただき、そのリターンとして5年から10年かけて社会変革を起こす。このビジョンを理解してくださった株主と協働関係を結び、出資してもらって一緒に事業を行っています。
 VUILDの事業は大きく分けて3つあります。1つ目に、デジタルデータでものづくりができる基盤を整えるために、ShopBotというデジタル加工機を3年間かけて全国63ヵ所(2021年2月現在)の製材所や工務店に導入してきました。2つ目に、一級建築士事務所としてデザインと施工をしています。3つ目として、デザインやものづくりをサポートするようなソフトウエアの開発をしています。この3つの事業の連動によって会社をまわし、建築に関わることができる人を増やす、ひと言で言うと建築の民主化を掲げ、どこでも誰でも自分たちの地域の資源を使って、自分たちの力で理想の暮らしをつくっていけるような社会を構築することをビジョンに掲げています。
 ShopBotの導入先の多くは中山間地域なのですが、熊本県の南小国町では製材所にShopBotが入っていて、中学生がデータづくりを覚え、自分で材料を選んで家具をつくるという部活動を始めています。
 一方で、一からデザインを教えて、制作までのいろいろなソフトを覚えてもらうのはかなり大変なので、先ほど3つ目の事業として話しましたが、専門的な加工の知識やデータづくりの知識がなくても、デザインデータをWebにアップすれば加工コード・見積が自動生成される仕組みも開発しました。このプラットフォームは「EMARFエマーフ」といい、今1,000人超のユーザーがいます。
 今は、「EMARF」のデータが、ShopBotからもう少し大型の機械まで、すべてのデジタル加工機に接続できるように開発を進めています。また、CADがなくても素人がデザインしたものがつくれるインターフェースも開発していて、建築や家具をつくりたい時に、誰でも工房をもてるような仕組みをつくろうとしています。
 また、より複雑な加工ができる大型の多軸加工機を2台導入し、これを使って今300㎡くらいの建築物を設計しています。一方で、住宅も設計していて、傾斜地を3Dスキャンで評価して、その形にふさわしい木部品を工場生産してユニット化し、建設しようとしています。こういう事例を通して、構築されたシステムをまた「EMARF」のシステムに戻していき、それをまたオープンにしていくというように、自分でつくりながらそれをどうやって民主化するかということを日々考えています。
 2019 年に竣工した「まれびとの家」という住宅では、自分たちで土地を探すところからやったのですが、地方に行くと遊休資源がたくさんあり、森林資源も使ってくれという状況にあるので、そういう場所で住宅供給者、開発者としてどのようなことができるかという新規事業も新たな領域として取り組んでいるところです。

クロストーク

どのように職能・職域を拡張するか

司会・進行 寺田(真)

ここからは皆さんに質問させていただきます。社会が変革し、時代が変わろうとしていますが、建築家はどのように個としての自分を拡げながらものづくりをしていけばいいのでしょうか。コロナ禍の今、学生もなかなか人と話せないような状況が多く、いろいろな体験をしたくても外国にも行けないなかで、建築に対してどのように夢をもてばいいか悩んでいると思います。

馬場

今まさに社会と個人の関係性が変わってきている時期なのではないかという気がします。秋吉さんのレクチャーを聞いていても、いかに建築の専門性がない個人が空間をつくることにコミットできるかを模索しているように思います。それは僕もスタンスが近くて、「東京R不動産」は一般の人が面白い空間にアクセスする方法だし、「toolbox」も空間を自分で編集するための道具箱のようなものとしてつくりました。もしかしたらそこに大きなフィールドが拡がっているのではないでしょうか。
 既存の建築教育では、建築家たる職能として、いかに建築をつくるかということを教えてきたし、とくに僕らの世代は個の表現をいかに建築として実現するのかということを学んできました。ただ現代はどうも違っていて、僕たちはいろいろな人びとが空間をつくることに関わるフォーマットやシステムをつくること自体を建築と呼ぼうとしているような気がします。みんながハッピーになるいい空間をつくるというゴールは一緒なのだと思いますが、そこに到達する道筋は複数用意されているのではないかと今日の話を聞いて改めて感じました。
 だからといって、既存の建築教育やそこからの学びが古くなっているのかといえば決してそんなことはなくて、建築や空間をつくる基本的な知識や方法論を知っているからこそ、僕らはそこを基軸に拡張することができるのだと思います。今は建築をつくることに対してとても自由な時期になっているのではないかとポジティブに感じています。

寺田

僕が建築家になりたい、ものをつくる仕事をしたいと思ったのは、自分が他の人とちょっと違う感覚や美意識を持っているのではないかと思ったからなんです。しかし、実際仕事を始めてみると、みんなと違う感覚を持っていると仕事にならないことがわかりました。とくに住宅はそうです。ある程度みんなが共有できる感覚がないと難しい。プロダクトも同じで、プロダクトはある程度の数をつくって売っていきますから、マジョリティーというか、みんなに受け入れられるものをつくらないと仕事にならないのです。
 ただ、テラダモケイの紙の模型やアイスクリームスプーンはどう考えてもマジョリティー側ではないですよね。昔は生まれることさえできなかったようなものでも、インターネットなど今の環境の中で、本当に共感できる少数の人とちゃんとつながれば、ものがつくれることがわかりました。そこからだんだん拡がっていくのです。だから馬場さんもおっしゃるように、だんだん自由になってきたのかなと感じます。インターオフィスやノルの家具は万人向けではありません。ですから、それも本当につながりたい人とつながるビジネスをしていかなくてはいけないと思っています。

司会・進行 寺田(真)

秋吉さんは我々より若い世代ですが、今の時代をどのように捉えていますか。

秋吉

最近学生の動きが面白くて、以前「まれびとの家」を手伝ってくれた横浜国立大学大学院Y-GSAの学生は、今埼玉県の小川町に移住して空き家を改修していますし、「EMARF」の利用者の半分は学生で、ちゃんとクライアントを見つけて、費用をもらって、「EMARF」で部品を出力して組み立てて納品しています。それから、最近僕らのところに新卒で入って来た人は、コロナ禍の今がチャンスということで、「移住してもいいですか」と言うので、「どこでも仕事はできるし、どこにでもShopBotはあるから好きにしな」と伝えました。建築のバックグランドと機械とPCさえあれば世の中動かせちゃう、そういう面白い時代になってきています。本社機能を持たず、出社義務もない我々のメンバーたちも、そういう状況だと思います。
 一級建築士は30数万人いても、そのうち約20万人はほぼ首都圏にいるという状況ですが、仕事のニーズや余白は首都圏よりもう少し広いところにある気がしていて、埼玉に移住した学生に話を聞くと、そこには仕事が溢れていて、これつくってよと頼まれることもあるそうです。デザインができて、まちづくりもできて、ものづくりもできる。しかもコミュニケーション力と提案力もあって、絵にもできる。そんな人材はなかなかいません。地方都市はそういう人たちのフィールドとニーズに溢れているので、彼らは水を得た魚のように泳ぐのではないかなと、今後の動きが楽しみです。

馬場

その感じ、よくわかります。東北芸工大は山形にあるのですが、馬場研究室でも大学院生の時に起業して、新しい仕事をつくり出していくことそのものを論文にした人がいます。彼はコーヒー屋を起業しつつ街づくりの仕事をし、道路空間でのマルシェを社会実験として受注したりして、街の風景を変えるようなことを次から次へとやっていくんです。
 地方都市は挑戦を求めているから、際立った活動をしやすくて、かつそれを寛容に受け止める度量があるのだと思います。秋吉さんの話にあった、Y-GSAの学生が小川町に行ったら即戦力になるという社会は面白い。講義が全部リモートになり、大学に行かなくてもよくなった瞬間に、日本各地で面白い実践をしながら大学教育も受けられるという現象が起こるはずで、パンドラの箱はすでに開いているのではないでしょうか。

司会・進行 寺田(真)

オンラインで学生もやる気をなくして悩んでいるのではないかと思っていたところ、今の話を聞いて安心しました。

これからの建築家の在り方

司会・進行 寺田(真)

社会が変革して、人口も生産者も減り、一方で空き家が増え続けている中で、建築家、また建築教育は、これまでの既存の枠組みにとらわれない新しい価値感をどのように社会の中に見出していくかが非常に重要ではないかと思っています。
 秋吉さんは建築論壇で建築教育について、“垂直的な統合的な建築家”と“水平分散型建築家”ということを書かれています。これからの建築家の在り方をどのように考えていますか。

秋吉

学生は影響を受けやすくて、「起業すればいいんだ」と、手法に注目しがちなところがあります。学生の卒業設計などの講評会を聞いていても、何か目先の社会問題を解決するためのデザインのようになってしまっていると感じました。僕もプレゼンテーションではあたかも課題解決のためにやりましたと話すことがありますが、最初はこういうことをやってみたら面白いんじゃないかと考え、その積み重ねの中で自分なりのビジョンが生まれ、その先に社会にこういうベネフィットがあるんだと言えることがあると思うのです。そこを勘違いして、2、3年の短期的な課題解決型のデザインが多くなってきてしまっているのは問題だと感じています。
 やはり、どれだけ自分のやりたいことができたのか、深掘りできるか。それを、その先共有したり、世の中に拡げるための手法として、事業や会社、お金があるのです。建築の領域を拡げた先に何があるのかということが大事だと思います。自分は誰もが表現者だと思っているし、自分自身もその中で楽しんで表現できる表現者でありたいです。
 垂直型のスターアーキテクトも、もともとは単体の建築を通して世の中を良くして未来につなげたいという思いはあるのでしょう。その思いを遠くに飛ばすために、建築の外に水平展開させていく、オープンにしていく。そうすることにより、一般の人の個のレベルが上がり、公共性やデザイン、またプロの仕事に対する理解度が上がるのです。そこではじめて、プロフェッショナルなデザイナーやアーキテクトの勝負になってくるのではないでしょうか。ですから、建築家はただ領域を拡げていろいろな事業をやればいいという話ではありません。そこをはき違えている人に会うことが多いので、間違えないでほしいです。

馬場

大きな社会の問題は個人の中にこそある、という気がします。僕自身、大きな社会問題を解決しようというよりも、「R不動産」も「toolbox」も自分の好奇心や問題意識を追求するという、極めて個人的なところから始まっています。ただ、自分が切実にほしいものや、解決したいと思っているものは、案外たくさんの人が同じように思っていたりするんですよね。個人の中にこそ実はマスが存在している気がするので、いきなり社会の課題を解決しようとするのではなく、まず自分の中の問題意識に対して素直になるということでいいのではないでしょうか。社会的課題を解決するぞ!と大上段に構えると、何かを見失ってしまいそうです。自分の中の問題意識に積極的に向き合って、それをきちんと表明していくことから丁寧にやっていくと、それが社会の課題の解決につながっていくのではないかと思います。

司会・進行 寺田(真)

馬場さんは大学で学生にどのような設計課題を出したりしていますか。

馬場

建築を設計するという基本的なスキルや思考を体得するにはオーソドックスな課題も絶対に必要だと思うので、図書館の設計なども当然やります。同時に、コロナ禍で授業が全部リモートになった時は、自分の家とそこを中心にした半径200mのエリアをリサーチして、エリアリノベーションしようという課題を出しました。自分の家もその地域に貢献し、還元できるような何かにリノベーションし、そのリサーチとエリアリノベーションをCGと5分の映像でプレゼンするというものでした。
 この課題を出した理由は、まず自分が主体となって、自分の周りの空間を考えたり動かしたりすることを学んでほしかったというのが1つ目の理由で、それを映像という新しい手段でプレゼンテーションしてほしいというのが2つ目の理由です。新しい気づきを誘発するような課題を出すように工夫しています。

司会・進行 寺田(真)

学生の好奇心や関心を引き出しながら、建築を考えるということも課題に込めなくてはならない。教える側の建築を考える目線も問われていますよね。
寺田さんは家具のレクチャーでのメッセージはどのようなものでしたか。

寺田

僕は主にモダンファニチャーの歴史をレクチャーしていましたが、そこで話すことは僕の勝手な解釈なんです。作品から自分なりに解釈していくと、建築家やデザイナーの生き様や家具の成り立ちが見えてきます。先ほど個人の興味という話もありましたが、名作と言われる家具にはどう考えても合理的でないものがたくさんありますし、やはり個人の興味が爆発しているからこそ個性的なものができたのだと思います。社会問題を解決することだけを意識していたら、ああいった家具は生まれていないでしょう。
 僕が建築教育を受けた時は、社会問題を解決するとか、それを見つけることが卒業設計のほぼすべてのような感じでした。でも、自分の興味のあるものや、そこに強引にもっていくくらいのエネルギーがないと面白くないですよね。今の学生さんは自分の内面を出すのが恥ずかしがる人が多いような気がします。

馬場

個人の興味に忠実に深く掘っていくことでも社会にちゃんと到達しますよね。それが得意な人は、掘った先で社会にぶつかればいいのではないでしょうか。

寺田

やはり掘り進んでいくとどこかに到達しますよね。僕は垂直に深く掘っていくタイプですが、掘り進んでいくと次のきっかけが生まれ、その連鎖反応が面白いのです。何かプロジェクトをしていても、ひとつやると新しい展開や新しい人との出会いがあり、その繰り返しで僕はここまで来たような気がします。

表現する上で大事にしていること

司会・進行 寺田(真)

皆さん時代を読みながら、これまでの既存の枠組みへの問いを形にして表現するのが巧みで、それが共感を得るのかなと思いました。表現する上で大事にしていることはありますか。

秋吉

最初に完成形をつくらないことですね。粗い状態でも、すごく下手くそな仕上がりでも、素早く世の中に出して失敗を恐れないことです。失敗した数ほどフィードバックをもらえるし、フィードバックをもらった人ほど成長すると思います。1年かけて1個の作品をつくるより、1年中毎日作品を出してそれをアップデートしたほうが、より多くの経験になります。臨機応変にフィードバックして変えていくアジャイルな姿勢を、ものづくりにおいても生き方においてもかなり重要視しています。
 デジタルの弊害は完成したものをつくり込まないといけないことで、例えばデジタルファブリケーションもそうです。でもそういう弊害を意識すると、完成していないラフな状態でいかに世の中に出して伝えられるかが、このデジタルの解像度が高い時代において、とても重要なことだと思うのです。

寺田

秋吉さんは人を巻き込むのが上手ですね。あるきっかけをつくり、それを失敗も含めていろいろな人がやることで、自分がやらずとも全体の経験値を上げている。そこがすごく面白いです。

馬場

僕も秋吉さんと同じです。情報は発信するところに集まると思っていて、社会に問いかけるような感覚で建築をつくってみたり、メディアをつくってみたりしています。自分で本などメディアをつくって問いかけて、いろいろなリアクションをもらう中で、「そんなことを言うなら、この公園をリノベーションしてみてよ」などと相談がきて、そのフィードバックとして建築をつくって社会に提示するというような。回答を出すことが、再び次の問いかけになっていくようなことを永遠繰り返している気がします。そういう意味では、アジャイルな発想を少し長期スパンでダイナミックに仕掛けている感じでしょうか。僕の中では建築をつくることもメディアをつくることも、「これどう?」と社会に問いかけ続けているような感覚です。

寺田

僕は自分への問いかけが、結果的に社会に問いかけていることになるくらいが気楽でいいです。

馬場

そうかもしれません。どうしてもレクチャーで話すと、うまくいった話ばかりになりますよね。でもその裏には、やってみてダメだったことがみんなゴロゴロしているはずなんです(笑)。

秋吉

問いかけには、無責任な問いかけとそうでない問いかけがあって、最近の大御所建築家は無責任な問いかけだけして何もしない人が多い気がします。馬場さんは、問いかけをして自分でもやっているので、ムーブメントにつながるのだと思います。

学生に向けて

学生ともオンラインでつなぎ、質問に答えていただいた

司会・進行 寺田(真)

ここでJIA学生会員の長谷川さんにつなぎます。

長谷川(学生)

JIA学生会員の長谷川理奈です。今、10人くらいの仲間と一緒に暮らしながら空き家を改修しています。今日は私たち学生からも質問させていただきます。

杉山(学生)

芝浦工業大学4年の杉山真道です。本日は貴重なお話をありがとうございます。先ほど失敗を恐れないことというお話がありましたが、皆さんのうまくいかなかった話を聞かせていただけますか。

寺田

僕の最初の建築作品は雑誌の表紙にはなりましたが、設計事務所の経営的には大失敗ですよ。でもやりきったことは自信になるし、失敗も必ず糧になります。

馬場

僕は学生時代に子どもができて結婚をしたので、貧乏のどん底で、設備事務所でフルタイムで働いていましたが、その時お世話になった人が今ではOpen Aの設備設計を支えてくれています。とにかく必死にやっていると、失敗もプラスになっていることが多いです。

秋吉

私もたくさん失敗していて言えないことの方が多いのですが、例えば1作目の「まれびとの家」は雨漏りしていて時々直しています。これは自分たちも出資して共同所有している建物なのですが、建築家が最初に自邸を設計するのはそういうことかと思ったりしました。
 「失敗しちゃった」と言えるのが20代だと思いますし、とくに学生は社会からサポート受けやすい立場ですから、好きなことをやればいいと思います。

司会・進行 寺田(真)

最後に今回のテーマ「拡張する建築家の職能・職域」に対してひと言いただけますでしょうか。

馬場

建築という言葉や領域や表現は素晴らしいし、大好きです。でも建築という呪縛にしばられすぎても面白くないので、やはり自分のやりたいこと、もしくはやるべきこと、やれることを発見してとりあえずどんどんやってみる。躊躇しているだけもったいないですから。建築単体をつくるときも実は同じだと思います。うまくいかないこともありますが、それを繰り返すことを前提にチャレンジする。どれだけ繰り返せたかが力になっていくのではないでしょうか。それを楽しんでやってみてください。

秋吉

馬場さんの言われた通りで、それをやれる勇気がある人が、結果的にすごい建築家になっているのだと思います。
 教育の面で言うと、建築的思考には戦略思考的側面があると思うのですが、戦略が練れてビジョンはつくれても、実行するスキルや行動力は教えられていないのが問題だと思っています。ビジネスや企業やお金はただの手段だし、使えるものは使ったらいい。そういうアクセスと手段をきちんと大人が教えないといけませんが、それがあまりにも教育の現場にないような気がします。

司会・進行 寺田(真)

教育って本当に重要で、社会が変わる中で教える側も意識を変えていかなくてはいけないと秋吉さんの言葉を聞いて再認識しました。

馬場

全く同感です。

寺田

建築家はやはり表現者であるということだと思うので、自分を出すことを恥ずかしがっているようだったらやめてしまったほうがいいと僕は思います。自分を表現する手段として建築があるわけなので、建築ではなくて他の手段で表現した方がいい場合は他の表現を使えばいいだけです。建築をやるのが目的ではなくて、自分の考えや思いをいかに伝えるかを目的にすればいいのでないでしょうか。

司会・進行 寺田(真)

ありがとうございます。表現者としてどう歩んでいるか、そして自分の問題こそが社会の問題につながるというのは、まさにそうだと思いました。それから、最後に秋吉さんもおっしゃっていたように、これからの建築教育そのものもやはり問われている時代なので、そこはみんなで考えていければなと思います。
 本日はどうもありがとうございました。

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