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 JIA Bulletin 2013年7月号/海外レポート

2011年〜2012年 
ワークショップ・建築とエネルギー(全2回)
〜「低エネルギー、かつ快適な建物の設計」とは〜PartI

フランク・ラ・リヴィエレ
フランク・ラ・リヴィエレ

ヨーロッパと日本の違い
 1973年、世界をオイルショックが襲いました。オランダで生まれ育った私は当時のことをいまだ鮮明に覚えています。オイルショックは、政府によるガソリンの配給制と「日曜日の自動車使用制限」として、市民生活へも大きな影響を及ぼしました。道路は閑散とし、高速道路さえ自転車で悠々と通ることができるほどでした。私たち子どもにとっては楽しいできごとであったと同時に、奇妙な体験でもあったのです。
 人為災害でもあるオイルショックの長期化は、欧米諸国にある変化をもたらしました。人々はエネルギーの使い方を変え、石油への依存を減らす努力をするようになったからです。その結果、再生可能エネルギー源に対する関心も生まれました。
 私が建築を学び始めた1980年代、「エネルギー消費を減らす建物」とは、「断熱材が必須な建物」であると言い換えられました。大学生の頃、決して断熱材なしの詳細図は描かなかったものです。断熱サッシと複層ガラスも必須でした。単にそれ以外のことは教えられなかったせいもありますが、この訓練によって、「熱と音を遮断すれば、高い快適性がもたらされる」と叩き込まれたともいえます。
 20年以上、私は日本に滞在していますが、建築家として学び、経験を積んだ今、快適性についての考えは、国によって異なると知っています。
 まず東京です。現在、住んでいる築20年の木造家屋は、1973年のオイルショックから20年後に建てられたにもかかわらず、断熱性能が足りません。当時の日本では、断熱によってエネルギーを調整しようという考え方は少なく、その結果、比較的穏やかな東京の気候であっても、夏の猛暑と冬の寒さ、結露を味わっています。
 一方、オランダでは多くの人災を経て、古い建物でさえ、高断熱・二重サッシです。つまり、1973年のオイルショック以降、日本が歩んできた道のりはヨーロッパとは全く違っている。――これは私にとって大きな驚きでした。

 

二つの大きな原発事故を経て
 1986年4月26日に起こったチェルノブイリ事故は、社会のいたるところで代替エネルギーへの関心を高めました。好例としては、ドイツ・ショナウ村の保護者の会で結成された、発電協同組合“Elektrizitätswerke Schönau” (EWS)が挙げられます。このような団体はそれまで類を見ませんでしたが、現在、EWSは、1,800以上のソーラー、水力、風力、バイオマス、コジェネレショーン施設による電力供給を行っており、ドイツを含むヨーロッパの115,000戸の家や会社などに供給しています。
 私の母国オランダでも、伝統的な風車はそのままに、新時代の風力発電用の装置が現れています。そんな風力発電を含め、グリーン・エネルギーや他の資源から作られた電気から、消費者は希望したタイプをいくつか選んで購入できるエネルギー供給システムになっているのです。
 また最近では、全ての建物がヨーロッパ基準のエコ証明を持つよう義務付けられています。家のエネルギー効率を上げるため、赤外線カメラを用いながら専門家のアドバイスや検査を無料で受けることもできます。
 さて、2011年3月11日、福島第一原子力発電所のメルトダウンによって、日本はエネルギー問題を社会的・政治的な最重要課題として取り組まねばならなくなりました。電力不足と停電は、多くの人々に冬の寒さと夏の暑さの不快さ、そして不便な生活をもたらしたからです。そこで、温室効果ガスの排出量が少なく、低コストであるからと原子力に長く頼ってきた国家エネルギー政策を再度、考え直さなくてはなりませんでした。
 それまで発電は市場の要求に応じていましたが、突然、供給不足になった際は省エネ対策が必要だったのです。でも、日本は準備不足でした。
 電力供給システムを一つの大会社が支配するということは、有事の場合、冷暖房システムなどが一気に停止する事を意味します。存在する建物のストックの3割程度*しか断熱性がなく(それらのほとんどが寒冷地)、多くの人が冬の寒さを春が来るまで耐え、そして、夏になれば今度は建物内は猛暑という有様だったのです。

 

カリフォルニアの変貌
 一方、太平洋を隔てた日本の対岸にあるカリフォルニアはどうでしょう。カリフォルニアでは、1970年代以降、スモッグの問題がありました。またエネルギーの供給区域が計画なしに自由化され、市場操作された結果、1999〜2000年にかけては大規模な停電などを経験しました。
 そこで、前述したオイルショック後の多くのヨーロッパ諸国のように、カリフォルニアでも冷蔵庫を始めとした全ての機器のエネルギー効率について考えるようになったのです。1978年には、新しい建物のための省エネルギー基準法も成立しています。
 さらに2度目のオイルショック後である1979年、カリフォルニアは、「デカップリング」(詳細は次回にて)というエネルギー供給サイドの革新的なシステムを作り上げました。こうして、安定し、かつエネルギー消費を減少させるというエネルギー政策を作り上げ、カリフォルニアは変貌を遂げたのです。

 

「建築とエネルギー」のワークショップ
 以上のような背景の中、日本での豊富な経験を持つカリフォルニア大学バークレー校建築学科のデイナ・バントロック教授と、建築環境工学と建物における省エネ先進技術の専門家であるスーザン・ウベローデ教授は、建築とエネルギー使用の関係に着目。太平洋をまたいだ日本との交流を開始しました。
 2人は3.11が起きた直後、東京での集中的なワークショップによって専門家同士が対話することの必要性を強く感じたといいます。そこで3カ月という短期間のうちに、バークレー大学日本学研究所や卒業生、Loisos + Ubbelohde建築事務所(ウベローデ教授・主宰)のスタッフなどから資金援助を受け、第一回目のワークショップを立ち上げました(2011年6月23〜26日・東京代々木、国立オリンピック記念青少年総合センターにて)。2回目(2012年8月5〜10日・カリフォルニア大学バークレー校にて)は、日本文化研究センター、カリフォルニア大学バークレー校、国際交流基金日米センター協賛の元、開催されたのです。
 デイナ・バントロック教授はこの交流に関し、「カリフォルニアが日本より省エネルギーにおいて優れているかどうかを議論する場ではありません。また、カリフォルニアに“答え”を求めに来てもらおうとも考えていません。日本の弱い部分を強いものにする“考え方”を提供する場なのです」とコメント。ワークショップは、アカデミックな交流と知的なサポートの精神によって運営されていたといえます。

 

省エネで高快適さを生み出す手法
 このワークショップにおいて最も有益だったのは、省エネルギー、かつ、高い快適性を実現するための建築のデザイン手法でした。それは建築家に対し、建築空間の新しい形の美的自由を与えると共に、専門的技術者と協力する上での自信を与えるものであったともいえます。
 中でも、スーザン・ウベローデと夫のジョージ・ロイソス、そのスタッフによるワークショップは印象的でした。建物の外面を、周辺環境と内部環境を行き来しているエネルギーの制御フィルターとして扱うというアイデアです。このフィルターが、居住者の快適性を向上させるエネルギーを取り込みつつ、不快にするエネルギーは内部に入れないという考え方なのです。外面がエネルギーを調節するというわけです。普段、一日を、あるいは季節を通じて、そのようなエネルギーの流れは変化しています。時には、取り込まれたエネルギーを蓄えることも必要です。 
 このような調整は、今までは化石燃料によって行われていました。しかし、外面を通じて入ってくる外部環境を補うのに、化石燃料に頼る必要はありません。取り巻くエネルギー自体を利用し、建物を周囲の環境に合うように調節できるようになれば、無料で手に入るエネルギーを最大限に活用しながら、内部環境を快適にできるでしょう。
 周囲を取り巻く利用可能なエネルギーは気候、季節、時間によって変化します。そこで建物自体を高性能なフィルターであると捉え、建物の外面を、気候や建物の使われ方とうまくチューニングできれば、省エネルギーな建物を実現するための第一ステップとなります。
 第ニのステップは、できるだけ効率よく周囲のエネルギーを利用(すなわち使用エネルギーを最小化)し、足りなければそのエネルギーを再利用可能なエネルギーで補給することです。そうすれば、石油に対する依存が大幅に縮小できます。
 ちなみにこれが重要な点ですが、建物のエネルギー効率を上げることは、再生可能エネルギーのためのイニシャルコストを下げることにつながります。例えば、いまだに高価な太陽光パネルなどの使用量を減らすこともできるのです。

 

5つのデザイン・フィルターとは


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スーザン・ウベローデ教授による「5つのフィルター」が効果的だった地域についての解説。


 5つの「デザイン・フィルター」についても紹介がありました。5つのフィルターとは、 1) 断熱(伝導)、2)換気(対流)、3)ガラスと遮蔽(放射、熱と光)、4)気化熱(潜熱)、5)熱容量です。理論的には、エネルギーの伝搬は全て関係しており、特に伝導、対流、放射、そして潜熱と熱容量は関連があります。
 ウベローデ教授が提案したデザイン手法は、これらのフィルターそれぞれのためのエネルギー対策にも繋がりました。「5つのフィルター」を統合することで快適性が実現されるのです。
 この手法を深く理解するために、毎日違う題材で説明があり、朝のセミナーでは、建物の物理的なパフォーマンス(光、熱、空気、エネルギー)の情報と関連づけて解説が行われました。
 午後には「5つのフィルター」による実際の経験を得るべく、デザインセグメントで個々のチームに課題が与えられました。課題は「異なる場所(ニューヨーク、フィンランド、台北、名古屋、ロサンゼルス)に、ボストン店をベースにしたアップルストアを建てる」。特定の気候地帯に置かれた現代の商業ビルのパフォーマンスを高めるにはどうしたらいいのか、クリエイティブに考える機会を与えてくれたと思います。
 そして参加者の提案に対し、エネルギー・モデラー等(L+Uとカリフォルニア大バークレー校)は、効果をシュミレーションし、迅速なフィードバックをしてくれました。

 

ゼロエネルギーの建物は造れるか
 参加者を驚かせたことの一つに、私の所属したニューヨークチームがゼロエネルギー建築を提案したことが挙げられます。寒冷地に建つ大きな窓のある建物でも、理論的にはエネルギーインフラに頼らない建物にできることが示せたのです。
チームメンバーは以下の通りです。

  • ・Mirei Uribe, Jun Aoki & Associates
  • ・Frank la Rivière, Frank la Rivière Architects Inc.
  • ・Keiko Yoshida, Kengo Kuma & Associates
  • ・Ryota Okada, Sou Fujimoto Architects
  • ・Masaaki Sato, Kajima Corporation
・Kyle Konnis, UC Berkeley

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ニューヨークチームのワークセッション
( vlr. George Loisos, Frank la Riviere, Ryota Okada, Mirei Uribe, Keiko Yoshida)


 ここで私たちが行ったことを簡単に紹介しましょう。まず、エネルギー消費に最も大きな影響を与える、「光」に関する検討から始めました。商業ビルで使われるエネルギーのおよそ30%が人工照明として使われます**。もし、建物中のいたる所に自然光を取り入れることができれば、大幅にエネルギー消費が減らせるというわけです。
 そこで、自然光をできる限り、機能させました。次に、自然換気、日射遮蔽、気化冷却を利用し、熱容量で内部環境を安定できるか調べました。また、床プレートを互い違いにし、建物の奥まで自然光を呼び込みました。吹き抜けも作り、地階でも自然光が受けられるようにしたのです。
 夏の過ごしやすさについても対策を考えました。内部の空気の流れをよくするために、固定換気設備や天井埋め込み換気扇も取り入れたのです。また、遮音天井は白く、熱吸収のために床は黒くしました。南向きの正面のファサード(3枚の層のPTFEテフロン耐熱フィルム)も、必要に応じてより多くの熱を遮断する目的で、光の強さに反応して調整できるようにしたのです。ちなみに、PTFEの光電池は電力を発生させることもできます。ビルの正面と裏は明るさを考慮してガラスにしようということから、両サイドに管理室を振り分け、設置し直しました。これらのサービスゾーンは蓄熱として機能するという構想です。
 この経験を通して、「5つのフィルター」のすばらしさが実感できました。最初は1つのフィルターに集中して検討し、それから徐々に統合させていけば、エネルギー対策のバランスが保てます。それは設計プロセスの複雑さを減らすことにもつながります。それぞれの対策案も分析でき、精査された正しいパラメーターでコンピュータのシュミレーションも可能です。すなわち、あるフィルターを取り出せば、フィルターの効果の広がりやエネルギーバランスにどのくらい影響するか、確認できるというわけです。また、気象データは、正確なシミュレーションのための重要な情報源ともなります。

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計測器のチェック


 今回の「建築とエネルギー」のワークショップの狙いは、アトリエ事務所で働く若手建築家を建物のエネルギーの話題に引き込むことでした。結局、57人もの人がワークショップに参加。多くのビジターも夕方の講義を受けにやってきました。これは、3.11の3ヵ月後に開かれたワークショップ(第一回目)でありながら、予想以上の成果となりました。

PartIIは2014年1月号に掲載予定

 

*)Taniguchi Ayako, Shimoda Yoshiyuki et al. “Effectiveness of Conservation Measures in Residential Sector of Japanese Cities,” Building Simulation 2007 proceedings.
**)Williams, Alison; Atkinson, Barbara et al, “Lighting Controls in Commercial Buildings” Leukos, vol 8, no3 (January 2012) pp 161-180

 

LINKS:
Loisos + Ubbelohde Associates, Inc. Architecture and Energy
http://www.coolshadow.com/
http://www.ews-schoenau.de/
Prof Dana Buntrock
http://blogs.berkeley.edu/author/dbuntrock/
Frank la Riviere Architects inc
http://www.frank-la-riviere.com

〈Frank-la-Riviere-Architects〉


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