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 JIA Bulletin 2014年3月号/海外レポート

2011年〜2012年 ワークショップ・建築とエネルギー(全2回)
〜 快適さや美観を損ねず、エネルギー資源をより賢く使うために 〜PartII

フランク・ラ・リヴィエレ
フランク・ラ・リヴィエレ

 前回(JIA Bulletin vol 244, 2013-7)のワークショップでは、「低エネルギーながら十分に快適な建物を実際に設計する」ことが目的でしたが、今回は、「日本とカリフォルニアのエネルギー政策の違い」と「シミュレーション・ソフトウェアの紹介」がメインテーマでした。

日本とカリフォルニアのエネルギー政策の決定的な差
 常識で考えると、エネルギー消費量が増えるほど、エネルギー供給会社は利益を得ます。ところがカリフォルニアでは、たとえエネルギー使用量が減っても(省エネしても)供給会社にメリットがあります。これが日本との大きな差です。
 前回、述べた1979年の2度目のオイルショック後、カリフォルニアでは「デカップリング」と呼ばれる革新的なシステムが考案され、推し進められました。
 「カップル」(couple)とは「対にする」「くっつける」という意味ですが、「デカップル」(decouple)とは、その反対で「切り離す」という意味です。「カップル」である「販売電力量」と「利益」を「デカップル」すれば、「販売電力量が増えると利益が増え、販売電力量が減れば利益も減る」という構図を変えることができます。すると当然ながら、「エネルギーをたくさん売らねばならない」というエネルギー供給会社のプレッシャーはなくなります。
 米国のデカップリング制度は、各州の規制当局(カリフォルニアの場合、カリフォルニア公益事業委員会)が「テスト年」の実績を元に額を定め、エネルギー供給会社は実際の販売量に関係なくその収入を得ることができ、さらに定期的に収入額が見直されるという仕組みです。
 さらに、2007年9月、エネルギー使用量が目標以下だったとき、エネルギー供給会社を保護するため、顧客と利益を折半してよいとしました(「デカップリング・プラス」)。

 「デカップリング」と「デカップリング・プラス」というこの2つのシステムは、エネルギー供給会社のモチベーションを変えました。デカップリングは、たとえ電力販売が少なくても問題ないし、デカップリング・プラスによって奨励金も得ることができるため、エネルギー供給会社は売上高を増やす必要はありません。少しでも売り上げを伸ばすことで、会社が利益を得るという仕組みが当たり前になっている私たちにとっては、とても新鮮な考え方ではないでしょうか。
 それと同時に、省エネ基準である「タイトル24」は3年ごとに調整し、更新されます。ちなみに現在、居住用の建物は2020年までに、新しい商業ビルは2030年までにゼロ・エネルギーにするよう、求められています。こうして、省エネ基準を常にアップデートすることで「デカップリング」の効果もより高まります。



日光チャンバーの有用性を説明するビル・バーク氏。
(パシフィックエネルギーセンターにて 後援・供給会社パシフィックガス+エレクトリック)


供給会社と消費者が、積極的に省エネに取り組めるシステム
 さて、今回のワークショップでは、後援である供給会社パシフィックガス+エレクトリック(PG+E)のパシフィックエネルギーセンターを見学しました。そこで、PG+E社のピーター・ターンブル氏は、「第一にエネルギーの節約、第二にはエネルギーを新たに作るのなら再生エネルギーである」とコメント。また、ビル・バーク氏も「電力は電力会社による効率の検証(たとえば、古くなった機械を交換するというアドバイスなど)によっても協力しあいながら縮小できる」と語りました。

 そもそもPG+E社は、35年以上、顧客向けのエネルギー効率向上プログラムを行ってきた経験があります。エネルギーに関する講座もあり、建築家だけでなく、建物の所有者、興味のある人なら誰でも参加できます。
 そして、毎年、それらのプログラムのためにおよそ4億米ドルが税金から支払われています。州が決定した目標を達成するため、エネルギー供給会社と消費者が一致団結して推し進めよう、省エネについて本気で取り組もうとしていることがうかがい知れます。
エネルギー供給会社は「たくさん売る」必要はないし、顧客の省エネやエネルギーの効率化を手伝うことで利益が増やせるというすばらしい仕組みをカリフォルニアは手にしているのです。
 実際、このようなデータもあります。1973〜2006年の間、アメリカの他地域の電力消費は上がっているにも関わらず、カリフォルニア州では一人当たりの電力消費はほとんど増加していません。今回のワークショップでは、下の「ローゼンフェルド・カーブ」(下のグラフ)が何度も例示されました。



「ローゼンフェルド・カーブ」
カリフォルニア・エネルギー委員会 
カリフォルニア(グラフ青)vs.米国(グラフ赤)1人当たりの電力消費の推移 1960〜2004年


 PG+E社では、前述のプログラムのほか、無料ソフトの提供(エネルギーに関するソフトウェアが無料でダウンロードできるサービス)に加え、おもしろい事業を行っています。ツールレンディングライブラリー(TLL)という施設の運営です。
 ここでは、計測器と機材がレンタルできます。家を赤外線カメラで撮影するとエネルギーのロス量がわかる機材などもあり、建築家や建物のオーナーなど、誰でも、建物自体の能力を確かめることができるという訳です。第1回目のワークショップで使用した器具の多くも、ここで借りました。

LEEDとCASBEE (JPN)〜評価システムの有効な活用法
 もう一つ、議論されたのが、評価システムです。大きくは、LEED(USA)とCASBEE (JPN)についてでした。
 LEED(USA)は、配置計画、水の管理、電力エネルギー、材料、屋内環境の質などの能力を考慮してカウントし、「グリーン建築」へと導くことができます。建物のエネルギー効率のみならず、周辺のさまざまなことも考慮するのがポイントです。たとえば、会社の方針を「通勤の交通機関はエネルギーなし(例・自転車や徒歩など)」にすれば、さらにポイントがもらえるという具合です。
 LEEDのよさは、長期的に見ても省エネできているかどうかが評価につながるという点にもあります。省エネの促進に一役買っているともいえるでしょう。
 クライアントにとっては、LEEDのような評価システムがあれば、エネルギー効率のターゲットが理解しやすくなります。一方、設計事務所、LEEDコンサルタント、エンジニアリング事務所、施主などは、チームとなってLEEDの評価をどのように実現するかを考える必要があります。「LEEDは理想的なシステムとはいえない部分もあるのではないか」という声も聞かれましたが、役に立つ「チェックリスト」ではあるのです。
 一方、CASBEE (JPN)は、より具体的にエネルギーを評価するというスタンスに立っており、「1)建築物のライフサイクルを通した評価ができること、(2)『建築物の環境品質(Q)』と『建築物の環境負荷(L)』の両側面から評価すること、(3)『環境効率』の考え方を用いて新たに開発された評価指標『BEE(建築物の環境性能効率、Built Environment Efficiency)』で評価すること、という3つの理念に基づいて開発されている」(CASBEE公式ウェブサイトよりhttp://www.ibec.or.jp/)システムです。
 なお、最も高いカテゴリーはS(Bee=3.0:素晴らしい)。次は順にA(BEE=1.5:大変、良い)、持続可能な建物はB+(Bee=1.0:良い)、能力の高い建物はB-(BEE=1.0:やや劣る)、そして、従来レベルの建物(BEE<0.5;劣る)が最も低い評価となります。

 CASBEEシステムはよくできていますが、建物のオーナーや所有者などにとっては、あまり人気がないというのが正直なところです。CASBEEを受けるクライアントはほんのわずかなのです。今回のワークショップに参加した物理学者のロブ・ナップ氏はCASBEEを「システムのコントロールパネルタイプである」と表現。他の参加者からも、「ターゲットはシンプルに見えるのに、実際に行うと複雑に感じる」という声がありました。だから、建築家のためというより、むしろエンジニアリング事務所のための道具にとどまっているのです。特に小規模のプロジェクトの場合、CASBEEはあまり実践的ではありません。
 ただ、どんな評価システムでも、建築物の品質と価値を高める誘因にはなります。ナップ氏は、評価システムの価値を3つの点で説明しました。
(1)チェックリスト
(2)目標
(3)広告(建物の評価づけ)や、教育的な目的
 ちなみに前述のCASBEEには、地域性の高い建築から先進の建築まで、どんな種類の建築でも、建築エネルギー性能と環境への影響を評価し、全てを分類することができるという非常におもしろいオプションがあります。

 ただ、問題なのは、建物の平均寿命がおよそ20年と短い日本で、「これらは機能するのか」ということです。それを改善するにはどんな方針があるのでしょう。
 一つ考えられるのは、建物をより長く使うことです。建築品質基準を高めて建物の寿命を伸ばすため、既存の建物のリノヴェーション、あるいはコンバージョンの計画を増やすのは有効な手段です。ただ、そのような改革を行うには、クライアントや建物の所有者側と、設計や施工側の理解が必要となってきます。
 いずれにせよ、その場の議論では、「設計段階だけでなく、建物を使用している間も建物と設備の基準が必要である」のは明白でした。エネルギー効率のターゲットをしっかりと設定すべきなのです。
 ワークショップでは、シミュレーション・ソフトウェアによって、地域の気候だけでなく、太陽の向き(月日ごと、季節ごとの太陽位置との関係)、建物の向き、窓とドアのタイプと設置位置、突出物の出の深さ、断熱タイプ、密閉性(防寒)、暖房効率、冷房、照明など、気候条件や建築デザインによってどのような影響があるかを定量化できます。つまり、建てる以前に、建物がどのような性能なのか予測できるため、シミュレーション・ソフトウェアがいかに有効であるかがわかりました。
 さらに、ランニングコストなども含んだ建築費の利益分析やライフサイクル評価も、建物を建てる前にチェックできます(なお、ライフサイクル評価は今回のワークショップの焦点ではありませんでしたが、シミュレーションにおいては不可欠な要素です)。
 L+U社のブランドン・リービット氏は、「建築性能のシミュレーションは、(1)経験(2)場所(3)文化(4)スペースと関連づける必要がある」と指摘しました。彼はルイス・カーンの「人間は、数字では計り知れない物を創るべきだ。数字だけでは簡単に計り知れてしまう(「The measurable is only the servant of the measurable, all that man makes should be immeasurable」)という名言を引きあいに出し、我々の究極の目的が、単なる建築物ではなく、『アーキテクチャー』であることを強調しました。

設備による省エネではなく建物自体で省エネする意識を
 省エネの分野で長年にわたって発展してきた内容によって、自分自身の情報をアップデートし、新たな可能性を感じさせる、すばらしいエネルギーワークショップでした。私が何年も前にデルフト工業大学(オランダ)で学んだ省エネに関する知識を大きく超えて幅広く理解でき、設計する際には、エネルギー効率というポイント抜きには語れないという、総合的なフレームワークを与えてくれました。
 日本では、エネルギーの効率アップを設備に求めがちですが、実際には建築レベルでも十分にエネルギーの効率を高めることができるのです。
 現在、懸念されるのは、日本では、建物自体に省エネ技術を用いることなく、「設備(エアコンや太陽光パネルなど)に依存して省エネを推進しよう」とする傾向があるという点です。
 日本は設備を作るのが上手です。クーリングとヒーティングが得意なのも事実です。しかし、実際には建物自体の技術次第でも相当の効率アップができます。今回のワークショップでは、今より効率よく省エネできる、信頼のおける技術が数多くあることがわかりました。
 高価な太陽光発電(たとえ、将来的に多少安くなっても)に費用を捻出するより、建物が長持ちするよう投資したほうが、長期的には大きなメリットがあります。賢い選択をするには、幅広く奥深い技術を使いこなすことこそが重要なのです。
 今回のワークショップは、そのような観点においても大いに役立ちました。

 実際にはより複雑な事象も絡み合っていますし、多くの問題が出るケースもあるでしょう。ただ、建築に関する考え方を見直すべき時期にきていることは疑う余地もありません。積極的に最新情報を取り込み、より省エネを推進できる術を幅広く取り入れていく前向きな意識が必要なのではないでしょうか。


リンク*
Loisos + Ubbelohde Associates, Inc. Architecture and Energy
http://www.coolshadow.com/
www.pge.com
http://www.ews-schoenau.de/
Institute for Building environment and Energy conservation (IBEC)
http://www.ibec.or.jp/



〈Frank-la-Riviere-Architects〉


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