JIA Bulletin 2012年5月号/海外レポート

ニーマイヤーの曲線に魅せられて
―世界一周の旅―

桜本 将樹
桜本 将樹

 

 私は多くの諸先輩方と同じように、美しい建築を求めて世界中を旅して廻りました。2002年から2003年にかけてのことです。
 現在ではネット検索をすると、旅の状況をタイムリーにブログにアップしながら世界一周をする人を数多く見かけます。
 しかし私が旅をした当時は、デジタルカメラが出だしたころで、まだインターネットで「世界一周」と検索しても、情報は殆どなく、旅先でインターネットを接続することもスムーズにはいかないという状況でした。ほんのこの10年程度の時代が変化するスピードを感じずにはいられません。2000年以前とは比較にならないほど、旅の方法は劇的に変化していると言えます。
 さて私の世界一周の旅は365日間、訪問国数46カ国、写真に収めた建築数1000以上、撮りためた写真枚数は10万枚にも及びます。旅は北米からスタートし、中南米、北欧、ロシア中東欧、西欧、インド・バングラデシュと、主要なモダニズム建築を見て廻りました。
率直な感想は、世界中にこれほどまでに美しい建築が存在していたことへの驚愕の思いです。コルビュジェ、ライト、ミースの3大巨匠をはじめとする、20世紀に生み出された多くの優れた近代建築の作品群は、旅の方法が変化している中で、現在でもその輝きを失わず、現地の人に愛され続けていました。
 今回はそうした旅のなかでも特に大きな衝撃を受けた、オスカー・ニーマイヤーの作品を紹介します。
 水平垂直のモダニズムのシンプルな美しさを求めて旅を始めたものの、アメリカでのエーロ・サーリネンのTWAターミナルの彫塑的な曲線、メキシコでのフェリックス・キャンデラの双曲放物線、スペインのサンチアゴ・カラトラバの大胆な構造曲線など、曲線に魅了されることが多くありました。その極めつけがニーマイヤーの魅惑的な自由曲線なのです。
 オスカー・ニーマイヤーと言えば、1907年リオ・デ・ジャネイロ生まれ、現在105歳の建築家、ブラジルの首都ブラジリアの建設に携わったブラジル建築界の巨匠ですが、1936年コルビュジェと出会い、NYの国連本部ビル(1952)の設計において、コルビュジェと共同設計をしたという実績を持ちます。つまり、巨匠コルビュジェと同じ土俵で活躍した建築家であり、そのニーマイヤーが現在でも現役で、斬新な作品を次々と発表していることは驚愕に値します。
 そうしたニーマイヤーの作品を巡るため、ブラジルでは主にベロオリゾンテ、ブラジリア、サンパウロ、リオ・デジャネイロ(ニテロイ)の4都市を訪れました。

 

【ベロオリゾンテにある初期作品群】
 はじめに紹介するのは、パンプーリャ湖畔にある初期作品群。1940年、当時ベロオリゾンテの県知事ジュセリーノ・クビチェックと出会うことで、この地に多くの作品を実現することになります。ここではコンクリートの可能性を追求した造形を試みており、近代
建築の直線美とニーマイヤー独特の自由曲線の作品を同時に見ることができます。また近年では、ベロオリゾンテ市のミナスジェライス州政府庁舎(2010)が完成されています。
 カジノ(現 美術館)、ヨットクラブ、教会、スイミングプールなど多くのニーマイヤー初期の作品に出会えますが、なかでもお勧めは、ダンスホール(1940)です。
 現代の過激な造形のニーマイヤー作品と比較すると、控えめな造形ながら、女性の曲線を参考にしているというニーマイヤーの独特な曲線美に触れることができます。ダンスホールの建物自体は小さな円形ホールですが、夕日に照らされた湖面に浮かぶキャノピーは曲線の美しさを際立たせています。

 

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ダンスホール(1940)

 

【首都ブラジリアの作品群】
 次にブラジリアと言えば、上空から見ると飛行機の形をしたブラジルの首都です。当時の大統領ジュセリーノ・クビチェックの発案からわずか4年で完成し遷都された近代都市で、マスタープランはニーマイヤーの師でもあるルシオ・コスタ。チーフアーキテクトとして、その多くの建物の設計を担当したのがニーマイヤーです。そのためニーマイヤー作品のオープンエアギャラリーのようです。国会議事堂(1958)は、飛行機の形状を模したブラジリアの都市のコックピット部分に位置し、まさにブラジリアを象徴する建物になりますが、緩やかな曲面が魅力的な巨大屋根で覆われた国防省(1968)の屋外ステージや、ガラスで覆われた巨大なカテドラル(1970)の上昇感のある曲線も見ごたえがあります。ただ、自動車を中心とした街ですので、見通しはいいものの全てのニーマイヤー作品を徒歩で見ようとすると疲れます。またブラジリアでの作品で見逃せないのが人造湖に浮かぶ、コスタ・エ・シルバ・ブリッジ(1969)。ニーマイヤーの設計したこの上なく美しいRC造の橋です。水面に写る限りなくゆるいカーブが魅力的です。

 

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首都ブラジリア(1958)

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国防省(1968)

 

【サンパウロの作品群】
 また、日本からブラジルへの玄関でもあり、日本人街のあるサンパウロでもイビラプエラ公園の作品群(1951)、ラテンアメリカ記念公園の作品群(1988)などのニーマイヤーの軽快で魅惑的な曲線の作品に触れることができます。

 

【海外でのニーマイヤー作品】
 1964年のブラジルにおける軍事クーデターによって、共産党員であったニーマイヤーは、10年以上に及ぶヨーロッパでの亡命生活を強いられますが、そのため当時のニーマイヤー作品をヨーロッパに見ることができます。ポルトガル(マデイラ島)のカールトン・パーク・ホテル(1974)、イタリアのモンダドリー出版社(1975)、フランスではボビーニュの職業紹介所(1980)、フランス共産党本部(1981)、ル・アーヴルの文化センター(1983)と3 つの作品があります。特にカールトン・パーク・ホテルのホテル棟からカジノ棟に移るデッキとスロープの曲線は大胆で見ごたえがあります。

 

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カールトン・パーク・ホテル(1974)

 

【リオ・デ・ジャネイロ近郊ニテロイのニーマイヤー作品】
 そしてどの作品よりも、強烈な衝撃を受けるのが、ニテロイ現代美術館(1996)です。美しい海岸沿いの岬に突然現れる光景は、重力を無視した円盤が、岬に着陸しているかのようです。世界中を旅する中でも、この驚愕の光景に匹敵するものはありません。アプローチは美しく長く曲がりくねったスロープに引き寄せられるように上空へ導かれ、空中にある入口へ到達し、まるで宇宙船に乗り込むかのようです。

 

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ニテロイ現代美術館(1966)

 

そして最後に紹介するのは、同じニテロイにある市民劇場(2007)です。2003年時点で飛行機から写真に収めたのがこの作品です。当時は情報もなく、これが建設途中のニーマイヤー作品とは知りませんでしたが、ニーマイヤーの曲線を感じ、新作の可能性に興奮したことを今でも覚えています。すでに3つの建物が姿を見せていますが、全体計画では、5つほどの建築が実現予定。10年後の現在でも工事は進行中とのことで、ニーマイヤー建築を生み出す困難さを感じます。

 

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市民劇場 上空写真(2007)

 

 それでも100歳を超えてからも、ニーマイヤーのプロジェクトはイギリス、スペイン、イタリアなどで次々と完成し、ヨーロッパ各地でみられるようになっています。今年105歳となった巨匠ニーマイヤーによる次作品による魅惑的な曲線が楽しみです。

 

参考文献『近代建築世界一周』ADP 出版 桜本将樹
『 GUIA DE URBANISUMO,ARQUITETURA E ARTE BRASILIA』
『オスカー・ニーマイヤー1937-1997』TOTO 出版

 

〈桜本建築設計事務所 Atelier-SAS 代表〉


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