JIA Bulletin 2007年12月号/海外レポート
ミラノでの日々
長瀬 尚

長瀬 尚 氏

東京の設計事務所で忙しく7年間勤めた後、多少疲れたということもあったが、しばらく日本を離れて違う文化の中で生活し建築設計をやりたいと考えていました。そんな思いで2004年に当てもなく半分観光気分でミラノへ向かい、私を受け入れてくれる事務所を探しに出かけました。幸いにも間もなく仕事は見つかり、しばらくの間ミラノでの生活が始まりました。

事務所風景
事務所風景

ミラノで私を受け入れてくれたのはイタリア人建築家Piero Lissoniが主宰するLissoni Associati。ミラノの中心地で昔の街並を残すBrera地区に事務所がある。最近では国内外で活躍する勢いのある事務所といえるでしょう。事務所の構成は建築家、デザイナー、グラフィックデザイナーなどから成る総勢60名程で、建築から工業デザイン、そしてグラフィックデザインまで総合的に仕事ができる体制です。従って、例えばあるブランドの家具をデザインすると、そのカタログからショールームまでを一貫してデザインすることができるという利点があるのです。イタリアではArchitetto(建築家)は建築だけではなくあらゆるものをデザインする職業ということなので、同じスタイルをとっている事務所が一般的のようでした。それゆえ、若い建築家にとっては小さなデザインの仕事からチャンスをつかんでステップアップして行く道が与えられているのです。
 Lissoni Associatiのスタッフは世界10ヵ国以上から集まっており、半分がイタリア人、半分が外国人という具合に非常に国際的で、それぞれお国柄を発揮して楽しくにぎやかな事務所でした。このように国際的であるからこそ出てくるアイディアもあったかもしれません。またイタリア国外の仕事をするにも弊害はなかったように思います。

国が違っても食べるものが違っても建築の設計に関しては基本的には同じです。プレゼンテーションがあって、基本設計があって確認申請して実施設計、そして現場監理があって竣工するのは変わりありません。しかし、同じ段階を踏んで同じ建築を作るのにもお国柄が出るものです。
 まず、プロジェクトが始まるとチームが編成されます。場合によっては建築家だけではなくデザイナー、グラフィックデザイナーが加わることもあります。そして、決まって延々と続くミーティングがありました。基本的には上下関係は希薄で、皆自分の意見をしっかりと主張して自分のプロジェクトにしようとします。その積極性には感心させられますが、皆がそうするので中々まとまらず、いい加減にしてほしいと思うこともしばしばありました。
 イタリア人は話し上手と言うか調子が良いのでクライアントへのプレゼンテーションは見事でした。どんなに自分のデザインがすばらしいかを多少の問題点には目をつぶりながら力説し、クライアントをその気にさせてしまうのです。ちなみにイタリアでは建築家とクライアントの立場は同等のようで比較的気軽に話し合えた気がします。また、Architetto(建築家)という職業が社会的に認知されているので、クライアントは建築家の仕事を理解していて建築家を信頼しているようです。
 日々色々なことが起こりますが、ある時図面を描いていて驚かされたことがありました。皆が私の描く矩計図を見て寸法が違うか、スケールを間違えていると言うのです。よく確かめるとそうではなく、彼らは最小単位を「センチメートル」で設計するので、私が描く「ミリメートル」単位の図面は一ケタ多いことになるわけです。彼らにとって1センチメートル未満は誤差という認識なので仕方がない。それ以来、日本人は「troppo preciso(細かすぎる)!」と言われたものです。確かに細かいが1センチメートル未満が誤差というのもいかがなものか?
 図面のみならず、模型を作ったときも出来上がった模型を見て信じられないぐらいきれいな模型だと驚いていた。日本人の器用さや繊細さは突出しているということなのか、イタリア人のいい加減さがすごいのか。しかし、彼らを見ていると細かいことなどどうでも良く思えてきます。最終的に出来上がるものは多少の大雑把さがあっても美しいし、細かいことを言わなければ問題ないのですから。
  
午後6時25分、皆がそわそわする時間です。終業時間5分前だからである。イタリアでも建築家は残業が多く忙しい職業として有名ではあるが、午後8時になれば事務所から人の気配がなくなる。友人や家族と仕事後の時間を楽しむのです。8時頃まで残業をすると「なぜこんな目に遭うんだ!こんな仕事辞めてやる!」と皆さん愚痴を言っていたものです。仕事は時間内に終わったところで完成ということ。私も友人とワインを飲みに行ったり食事をしたりパーティーに呼ばれたり、ずいぶんと色々なことを楽しみました。

在籍中には住宅、ホテル、商業施設、そしてボートの内装まで様々な仕事に関わりました。
 毎年恒例のミラノ・サローネ会場のデザインはテンポラリーな建築であることと、そのインパクトが期間中の客足とブランドのイメージに影響するので、斬新なデザインを試みることのできる良い機会でした。また、設計から完成までの期間が短くて結果がすぐに見れるので楽しい仕事のひとつでした。
 また、欧州では古い既存建築物の改修プロジェクトが多いので、彼らはそういった古いものを残し、新しいものと融合させた住宅や商業施設のプロジェクトが非常に上手でした。街並を保護するとともに古いものを上手に新しいデザインに取り込むという点で学ぶところが多く特に興味深い仕事でした。

プライベート・ボート
プライベート・ボート

 そして私が最も長く関って印象に残っている仕事は、全長50メートル4層のプライベート・ボートの内装を担当したことです。日本では建築家が船の内装を手がける機会は少ないと思うのですが、イタリアではこれも建築家の仕事です。
 船の内装は建築物と多少異なり曲線や傾斜した壁が三次元的に関わってくることと、仕上げ材や家具が船体のねじれや動きを考慮しなければならないのです。また、設備も限られたスペースに収めなければならないので、すべてに渡って詳細に検討しなければなりませんでした。数多くの詳細図と模型によって検討を重ね幾度にも渡って現場で検証しました。時には事務所の倉庫に客室の1/1スケールのモックアップを作成し検討したほどです。壁の仕上げパネルや作り付けの家具を作る時には職人は一度ベニヤ板で型を取り、これを工場に持ち帰り加工して行くという具合に、骨の折れる作業を繰り返していました。しかし、彼らの技術は高く、きっちりと収めていたのには感心しました。中々経験できない贅沢な仕事でした。オーナーはこれに乗って世界を旅しながら仕事をこなすというのだから夢のような話です。

3年間の生活を通してイタリアの建築文化を垣間みれたことは大変良かったと思っています。そして、日本にいたときは意識していなかったことに気づかされ、そして改めて日本文化の素晴らしいことも再認識しました。デザインの発想やコンセプトを考える時点では、彼らはよく日本の建築を参考にしていました。日本建築の内部と外部の空間の関係、借景、障子や木格子、デティール。日本建築は彼らにも多大な影響を与えています。
 また、世界各国から同じ目的で来ている事務所の仲間達にも影響を受けたり、週末やバカンスの時期に欧州各国を旅して建築を見て回われたのも大きな糧になりました。

(長瀬 尚設計事務所)

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