JIA Bulletin 200512月号/海外リポート

この「まちのかたち」を決めているものは何か
イスタンブールの黄昏
與謝野 久

 夕陽を受けて黄金色に輝くボスフォラス海峡の海面をすべるように進む船上から、目の前に展開するイスタンブールの丘陵景観の連なりを眺めながら、私はある感慨にとらわれていました。2000年近くの間、西欧・アジア・アフリカなどからの数多の民族同士の宗教・習俗・文化の衝突と交流、融合・離反劇を繰り返し、しかも20世紀の近代化・工業化の時代の荒波も受けつつ、この街のスカイラインとタウンスケープは良くコントロールされています。無論、見苦しい看板一つなく無表情なコンクリートビルもさして見られず、緑豊かで、かつての歴史のドラマを語るアヤソフィア、ブルーモスク、ガラタ塔などのシルエットが紺碧の大空を背にシッカリと見とめられます。このまちのかたちを決めているものは一体何なのだろうか、法制度だけではこうはいくまい?という感慨でした。それは、ビザンティン、ローマン、ターキッシュなどの物的な空間様式や、斜面街区特有の階段と広場のリズムから生まれるものというのでもなく、むしろ形而上の精神・文化構造の源によるものの方が大きいという察しはつくものの、実感を伴いません。イスタンブールの黄昏は、船上でのこの問いかけの切っ掛けをもたらし、推敲を深めてこの地のアイデンティティを理解して欲しいとする憂愁の「地の色」を湛えていました。
 本年の7月上旬の約一週間、トルコのイスタンブールでのUIA総会の視察と2011年UIA総会東京誘致へ向けての支援ミッションとを旗印に掲げて、JIA関東甲信越支部から向かったのは、松原グループと伊平グループとの2団体総勢約40名の人たちでした。私は後者の「イスタンブール市内および近郊のみを巡るグループ」の一員として行動を共に致しました。時にはグループ行動で、ある時は単独行動でこの二本の足で歩き回り、UIA総会にも出席し、冒頭の黄昏の問いかけをこの短い滞在期間の中で私自身に投げ続け、そこで全身で感じ取ったこのまちのかたちについての思惟と、これを今後のJIA・UIA活動へと膨らませた私の浅見とをここにご紹介し、海外の都市建築訪問レポートとさせて頂きたいと思います。

 重層する「こころ」の文化の構造と…… Roman's-Rules

 少し大袈裟な表題ですが、このまちの構造を決定づけている一つには、明らかにブルーモスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿他の数々の巡礼礼拝施設であることは論を待たないことでしょう。しかし、我々東洋の人間の理解を超えるのは、度々の異民族間の衝突と蹂躙を繰り返し聖地の主が入れ代わっても、灰燼に帰するほどに破壊されることなく、過去のイコンの上に新たなものを積み重ね、あるいは塗り重ねて何の疑問も抱かない、その「こころ」の文化の構造です。そこには「のこす」「なおす」「かさねる」という思考回路が感じられます。ここにはかつての古代ローマの現地固有の宗教と文化との同化原則という統治の「きまり(Roman's-Rules)」が通底しているのでしょうか。この「かさねる」例は枚挙の暇がないほど多く見られますが、この特性はまちの景観に時間的な厚みを備えることとなり、それはそれで息苦しいほどの民族間の葛藤の重なりとして胸に迫ってきます。何はともあれ、こうしたきまりのDNAがこのまちのかたちを決めている「こころ」の文化を成していることは言えそうです。

黄金色の海面の向うに旧市街とガラダ塔そしてアヤソフィアのドームのシルエットが浮かぶ。 ブルーモスク――群青色の海、紺碧の空に浮かぶ姿は誠に美しい。

 裏通りの無名の小さなモスクにも見られる…… 「多様性の共存」

 金角湾の対岸の旧市街の建築群においてもこの「かさねる」「つなぐ」特性は見られ、100年〜200年もの間店構えを張ってきた建物もあれば、アールデコ風のギャラリー、ガラス張りのペンシルオフィスビル、5〜6階建ての木造ビル、前世紀の遺物の様式建築の数々などがあり混沌としているものの大きな街並み景観の額縁は維持され、まちは一定のタウンマネジメントがなされていて清潔に保たれています。こうした中で裏通りに入って遭遇した無名の小さなモスク、近くのシナゴーグの佇まいは、表通りの壮麗なモザイクで包まれた主流建築とは対極をなすもので、ズシリとした存在感が迫ってきました。現地の土(濃い小豆色)と花崗石を塗り込み式に積み上げた外壁で出来ており、その表面に刻まれた時間の軌跡は、壁土を積み上げている職人の手の温もりを時空を超えて感じさせました。これらには先の「のこす」「なおす」のさらに底流にある様々な民族の営みと血とを「つなぐ」執念が宿っていますが、その語りかけるような落ち着きには、しばし足を止めさせる迫力があります。こうしたヴァナキュラーな建築群にこそ「まちのかたち」を成している飾り気のない真実の姿があると私はこれまでも感じていました。生活レベルは質素そのもので、トルコの全労働人口の約60%の労働者がこのまちで生計を立てている集中度合いと混交度合いがこのまちの産業経済構造を特色づけています。結局、宗教的な生活規範と生活観、質素な生活経済構造、さらには多民族間の確執を経ての人々の付き合いの距離のとり方の智慧、数多の神が祭られている「多様性の共存」に象徴されるローカリティ溢れる価値観等々が、このまちの文化構造を多元的に価値連鎖させる論理を長年にわたり育んでいるようです。

 一方の基層となっている食文化と音環境からの規範

 山岳部が国土の80%近くを占めるために、農業生産にも困難が伴うように見られますが、この地の主たる食材であるトマト・小麦(パン)・チーズ・野菜・ヨーグルト・各種海の幸そしてワインなどで盛り付けられるトルコ料理は、概して堅実で質素で庶民の味でありバイタリティそのものです。味付けも薄味で我が国の国民にとっても抵抗のないもので、格好をつけ奇を衒ったキッチュな料理は眼にしませんでした。従って、街中のレストランも比較的日常レベルのメニューを取り扱う域にとどまり、今一度、この地を再訪してあの料理を街全体の雰囲気と共に食したいと思わせる、ノーマルなテイストがあります。要するに自然の幸(神の恵み)に感謝して生活する厳しい回教戒律の実践の一面が看て取れます。また、少し視点を換えて今ひとつまち全体を覆う規範に「音環境」があります。街には車が疾走し船の汽笛が響きますが概して静かな環境でした。その中で定時に一斉に流されるコーランの斉唱は、庶民の聴覚をある一定レベルに研ぎ澄ますこととなり、「まちの全体感」の共有に聴覚が敏感に働くことになります。こうした日常生活の規範は、先の「こころの拠り所」と「連鎖の論理」とを聴覚を含む五感で融和させているようにも見受けました。

ビザンチン時代のキリストの宗教画が漆喰で塗りつぶされ、その上に
新たな宗教画が描かれている。ここでは、再びその漆喰が剥がされ、
キリスト画が陽の目を見ている。イスラム、キリスト他、多様な神々
がこの地で息づいている。
裏通りの無名の小さなモスクの佇まい
――独特の落ち着きと親しみとは、
ヴァナキュラーの建築特有のもの。

 まちのスカイラインへ向ける視線の真剣さ

 古来から中国をはじめ我が国でも、大空と山の稜線との触れ合う輪郭部の空間に霊が息づいているという山岳信仰の習俗がありました。ここイスタンブールでは、多くの宗教のモスク、シナゴーグ、教会のドーム、尖塔(ミナレット)、鐘楼などが大空に競い合うように突き立っています。その鮮やかな輪郭線を大切にする「いのり」に近い真剣な感性が、その背景となるまち全体の丘陵の稜線に見えざる力を吹き込んでいるようです。稜線沿いには高圧鉄塔はなく、無論大きな看板も見られません。まちのスカイラインを大切にする思いは、単なる景観上の美観的判断を超えて、「いのり」「はぐくむ」という真剣な動機に根ざしているようです。これが旧市街から海峡沿いの丘陵地一体に至るまで及んでいて、その「見えざる力」のただならぬ強さを感じさせるのです。この感慨は、偶々、市街を巡っていてこの丘陵斜面に構えている、ある建築設計事務所を訪問した時に確かな実感を伴うことになりました。その事務所の最上階にはプレゼンルームがあり、そこから望むボスフォラス海峡への眺望は、対岸のアジアサイドの丘陵景観を含めて誠に絶景でありました。そして最上階周囲を見渡してみると、この丘陵の斜面内の全ての建物から海峡を望む視線を多彩色の糸と例えて、それらが織り上げた一つの大きな織布がそのまま丘陵のシルエットを形づくっている、そのような印象を受けました。この「まちのかたち」を決めている見えざる力の実体にかなり迫ることが出来た思いでした。結局、歴史的、宗教的、風土・地勢構造的な叡智の積み重ねを確固たるローカリティの基盤として、信者・庶民・有識者・専門家の叡智と努力を動員させて、このまちのかたちが自己組織化して緑豊かな景観とともに息づいているように、ある種の敬意と納得感を覚えたものでした。

 景観豊かなこの地でのUIA総会……テーマは「建築のグラン・バザール」

 このような物心ともに魅力的な地で、UIAイスタンブール総会は開催され、この大会テーマはこの地を象徴するように「建築のグラン・バザール」と銘打たれました。総会の前半は国際建築家大会として日本からは、安藤忠雄氏、隈研吾氏他からのプレゼンがなされ、各国から総勢27名の建築家による基調プレゼンと展示とが盛大になされたと聞きます。私達のグループが会場に入ったのは後半の総会でした。会議での討論の内容は、思いの他、率直かつストレートな意見(倫理綱領の改定、会員資格の不公平感クレーム他)の応酬で、会長のレーネル氏は、ひたすら我慢強く真摯に耳を傾けられ粛々と議事を進められていました。その会議の最中、議員席側では会場が少し薄暗いことも功を奏して、活発に懇談が並行して続けられており、フェスティバルとコミッションの同時進行が親密な雰囲気の中で繰り広げられていました。まさにグラン・バザールという印象深い多様性の交流の場ではありました。

建築設計事務所最上階のプレゼンルームから海峡を望む――歩外へ踏み出すとウッドデッキのルーフガーデンが広がる。 丘陵地の稜線に沿って、緑と住宅群が、海峡への視線を遮ることなく配置されている。各建物の海峡側には、ルーフデッキが必ず設けられており、巧みに視線をコントロールしている。

 次なる交流の場誘致へ向けて……「YES, TOKYO!」成る!

  総会最終日の前夜、JIA主催の東京誘致祈念を込めた盛大なパーティが開催され、私達関東甲信越支部の面々は、ホスト役に全身汗まみれになりながらサービスとアッピールに努めました。招待客300名のところを約450名の世界の建築家が一堂に会し、歓談の輪あり、歌あり、エールスピーチありで誠に盛会でありました。我が支部の面々は会場の出口で、一人当たり200名〜250名の招待客の皆さんと握手を繰り返して「YES, TOKYO !」をアッピールしたものです。握手した時の手の痛みが未だ残っています。
  明けて翌日の午前10時から、いよいよ競争相手のダーバンと東京との誘致プレゼン合戦が、静かな中にも熱っぽく繰り広げられ、国広・岩村両理事による導入部の英語掛け合いトークから始まり、「縁−円−和」をテーマにしたプレゼンがビジュアルに流暢なフランス語を伴って進められ20分キッカリにまとめられました。その後の投票の結果は、「135対117」という18票の僅差で見事、誘致権を勝ち取り、小倉会長は各国の建築家から祝福の握手攻めにあいました。まさに「YES, TOKYO !」は成ったのです。

 西のこころと東のこころの交流……イスタンブールからトリノそして東京へ

 かつてシルクロードは、西欧とアジアの要であるこのイスタンブールとトルコ・モンゴル・中国・朝鮮を経て、日の出ずる国日本にまで通じていました。当時は奈良が都であったわけですが、今は東京。この地イスタンブールで2011年の開催地として東京に決まったのは、時空を超えての壮大な「縁」であったとの感慨を覚えます。イスタンブールの歴史には、1453年の「コンスタンチノープルの陥落」で当時の西欧のキリスト教圏諸国を震撼とさせた独自の歴史があります。今日に至るまで回教国であるトルコは、その後「個」の集合としての「全」つまり「多様性の共存」を旨として独特のローカリティを育んでいます。その独自性に根ざしつつもグローバルな対話と交流を進める成熟化の道を歩み、ここイスタンブールはその象徴的都市であるわけです。こうした西欧寄りながらも独自色守る独特の「西のこころ」を標榜する拠点に対して、もう一方のシルクロードの先の拠点国である日本も、非キリスト教国で経済大国になった独特の国です。こちらの「東のこころ」は、物事をWholis-ticに捉えて「個」と「全」を包括的に把握する特有の世界観に根ざしています。この点は世界で注目されています。ただ、西との対比で考えた場合、東、特に我が国にこれまで欠けていたのが「社会財の長寿命性」です。近代化推進の御旗のもと築き挙げたビル・住宅・高速道路などは、まるで耐久消費財のごとく寿命が来ています。「我々は一体何をつくってきたのか」、その視点での環境の立て直しの示唆を現地で改めて感じました。

アヤソフィアを望む――左右のミナレット(尖塔)と中央のドームの輪郭線が青空に鮮やかに突き立っている。アヤソフィアはハギヤソフィアとも言い「聖なる叡智」を意味する。ここでは東と西の「こころと叡智」の交流をも標榜しているようでもある。 UIA総会での一コマ。
2011年東京大会誘致が決まって握手攻めにあう小倉会長(中央)

 さて、私達が、6年後のUIA総会東京へ向けて、取り組まねばならない課題の一つには、イスタンブールからトリノと続くこの度の「縁」を念頭において、西と東の「こころと叡智」の交流を一層進め、かつての日本の文明形成上の特質を発掘して、世界に誇れる「まちのかたち」の再生プロトタイプを指し示して行くことがあります。幸いなことに、「長寿命性、持続性」を旨とした好事例が各地で、その地域の「部分」的存在ながら徐々に現れてきています。こうした好例の再発掘と顕彰とこれらの連鎖化が今大切なのです。この度の訪問で感じたことの一つは、すでに各地で芽生えている好ましいかたちを「つなぐ」ことと、さらに地域独自の価値を「のこす」「つなぐ」「いかす」「積み上げ」つつ好ましい「まちのかたち」の全体を「はぐくむ」という規範の、時空を超えた意義の重さでした。
 以上、雑駁な書き下ろしの印象記となりましたが、今後の活動に資して頂ければ幸いです。


 

〈(株)日建設計 都市・建築研究所長〉

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