都市デザインの話
老建築と都市の未来、そして建築家の役割


(株)三菱地所設計  鯵坂 徹


都市には沢山の建築がひしめいているが、体育の授業に例えると「おしくらまんじゅう」や「ラグビー」の状態であるかに見える.「整理体操」のときのように、縦横均等に建物が並んだ都市というのも息が詰まるのかもしれぬが、高所から見た東京はこれがきれいかと言われると、何とも言い返せないものである.街を歩けば、時にはヨーロッパに負けない家並みを発見することもできるが、くやしいかな、多くは、ゆっくり散歩を楽しみたくなるような美観を呈していない.
個々の建築が、よろしくないし、あまりにばらばらである.都市に住む日本人に、あなたの住んでいる街は綺麗かとお聞きし、素直に自信に満ちて綺麗ですと答えられる方にはめったにお会いできない.元来、「美しい街」はそれほど日本では必要とされていないのだろうか.
一方、われわれ日本人の多くはきれい好きで新しいもの好きであるかに見える.ちょっと自宅が古くなると建て替えるか、引っ越すかを考える吾人が多い.私の父は引っ越し名人で、昔、猫を2階から放り投げた天罰か、私が生まれてからすでに10回の引っ越しを経験している.これは、これまでの住宅が狭くて粗悪な建築が多かったことにもよろうが、どうも新しい畳の香りが好きな民族的潜在性の結果なのかもしれない.今は新しい住宅は畳の香りでなく、化学物質の蔓延である可能性が高いはずであるが、果敢にも、新築が好まれる.実は、住宅だけでなく、オフィスも同じで、業績向上とともに社屋は新しくする風潮にあるようだ.
古いオフィスビルの人気は、地に落ちていて、さっぱりである.使ってくれる人がいなければ、建築は壊れて行く.都心のビルの建て替えが進み、時に、その前の街角で立ちつくす老人に遭遇する.30年以上も勤めた会社もビルも、忽然と姿を消し、ツルピカの横文字企業の新築オフィスに変わってしまっているのである.街美しくなくてもとにかく住まいと働くところは綺麗が一番のようである.ところがそうでない国もあるやに聞く.イギリスでは古い不動産や中古品の価値が意外に高く、ありがたく使われている.欧州の企業によっては、オフィスビルを選ぶときも、機能やセキュリティだけでなく、その建築の文化性や歴史性を評価するという.ニューヨークでも、歴史的保存地区に指定された方が、再開発の制約となっても、結果として環境が改善され不動産価値が上昇する.日本で経済的にマイナス要因がプラス方向に評価されているのである.しかし、このところ日本でも、古い建築に興味が持たれ、「東京人」「カーサ・ブルータス」で、歴史的な建築が掲載されたり、2005年3月からDOCOMOMO100選展なる展覧会が開催され、建築展にしては珍しく15000人を越える来場者を記録した.この日本でも老建築である歴史的建築が徐々に話題となりつつあるのかもしれない.
さて、歴史的な建築は今の東京でどのように見られているのであろうか.ただ単に老朽化し、汚らしく街角の掃き溜めとなっている建築もあろうが、庭木が大木となり住宅地のオアシスとなっている老住宅も多い.都心の老オフィスもよく見ると、ツルピカの新築ビルより控えめで、そこはかとなく気品が漂っていたりする.これには主観もあるため、やはり新しい建築が清潔でよいと言う人も多かろう.しかし、ここでよく考えていただきたい.なんと東京の住宅は20?30年で建て替えられているし、もう30年も建てば、鉄筋コンクリートのオフィスビルもいつ壊そうかといといった目でみられている.人間にすれば、まだまだ若造で、これからやっと社会に貢献したり人間としても深みが醸し出されようとする以前に、早々と都市から姿を消しているのである.日本では、建築の寿命が人間の平均寿命より遙かに短いと信じられているのである.これは、幾度の震災等による耐震基準の見直しによるところ多いが、だいたい40歳を過ぎていればちょっと具合の悪い建築は即刻死刑宣告され、耐震補強といった治療が可能でも、ほとんどブルドーザーの餌食となっていく.小生48歳、人ごとではない.この結果、日本人のほとんどが生まれた家と卒業した小学校の校舎がこの世にないのである.都市では、街並みは常に入れ替わり、落ち着くことがない.歴史的な建築=老建築は大事にされず、住んでいる吾人も、街と同様にうつり気で落ち着きがないので
はと考えてしまう.
登録文化財の制度ができ、ようやく街中の建築を評価しようという動きも活発になってきている.すでに、全国で4600の登録有形文化財が登録されている.これからの歴史的な建築は老建築といっても、展示して飾っておくのでなく、人々が利用し続けていくことが肝要である.建築基準法・消防法・景観法等の制度が、老建築を末永く使い続けられるために、もう少し考え直してもらいたいものである.ちょっとした工夫で、歴史的な建築を生かして、都市が多様性を持ち、深みのある美しい景観に醸成していくことは不可能ではあるまい.地球温暖化防止が追い風となって、社会の考えが建て替えから再生に変わっていくことが、ひとりひとりの幸せに還元されるのではないだろうか.短絡的に考えると、困るのは、我々、新築の設計が減ってゆく建築家や施行会社だけなのかもしれない.しかし、街の景観に寄与し、寿命100年以上の良質な建築をつくっていくこと=簡単に壊されない良質なデザインを都市の中に積み上げていくことが、我々建築家に与えられた使命である。できればその良質なデザインを提案できる建築家の職能と報酬の確立がなされていくことを期待したい

 

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