都市デザインの話
企業と社会の新しい関係
    ヴォルスブルグのアウトシュタット


日建設計 プロジェクトマネジメント室  田中 亙


 最近「企業メセナ」という言葉をとんと耳にしなくなりました。どの企業も目前のバランスシートに気持ちを奪われ,圧迫要因である文化事業などは真っ先に経費削減の対象となるのが実態のようです。
 一方で,企業PRや広告活動の持つ威力は,この情報力支配社会にあって更にその重要度を増しており,資本の再編成,統合が進んでいるこの世界経済状況において,一部のパワーカンパニーが広告宣伝+社会文化活動という新しいパターンで,企業イメージの売り込みを図り始めているようです。
 この夏,あるクライアントからドイツ中北部のヴォルフスブルグという街に,そういったプロジェクトがあると聞いて行ってきました。業績好調のフォルクスワーゲン・グループが,ハノーバー万博の関連プロジェクトとして6月にオープンさせた「オートシティ(アウトシュタット)」です。
 ハノーバー万博では,環境というまじめなテーマ設定に大衆レベルがなかなかついていけず,私が行った時も噂通り悲惨な人出だったのに対し,ハノーバーからICEで約30分,工場敷地の一部約25haを使ったこの企業テーマパークは,家族向けの施設から,プロの顧客向けの施設までが,公園のようなランドスケープの中にとけ込んだ非常にユニークなもので,平日にもかかわらず結構なにぎわいを見せていました。
 施設としては,モビリティをテーマとした展示・映像施設とレストラン・ショップなどが入っているゲートハウス,VW車の歴史博物館,ランボルギーニ・セアト・アウディなどVWグループ・ブランドの新車,ブランドイメージをプロモーションするパビリオン群,車の商談と販売・受け取りを行なうカスタマーセンター,ビジネス仕様のリッツカールトンホテルなどがあります。これらが近くの運河から引き込んだ水や,うねりを持った緑の丘と一体になってデザインされており,車会社の経営に欠かせない「環境」というキーワードを演出していたのも見事でした。
 でも何よりも感心したのは,ハードの中身よりも,比較的安い料金でこの「私有地内公園スペース」を開放し,家族連れも楽しめて,かつ企業の宣伝もちゃっかりやるというその運営方法です。冒頭に触れたとおり,単なる文化事業では社内が通らないこの厳しいご時世において,広告という名目で市民にも楽しんでもらおうというスタイルは,企業戦略に乗せられているとも言えますが,企業が社会に貢献する一つのかたちを表しているとも言えるのではないでしょうか。
 国内ではソニー,トヨタなどのグローバル企業がうまい戦略を見せていますが,「公園」という切り口で見せているところがさすがドイツという感じです。PFI事業のヒントにもなるような気がします。
 感心した点をもう一つ。「人」です。かなりの人数のスタッフが施設のそこここに配置されていて,どこでもすぐに客の質問に答えられるようなっているのです。人件費を考えるとぞっとしますが,いくら優良企業でもなかなかここまではできないと思います。しかも赤だ黄色だというコンパニオン服でなく,黒っぽいカジュアルないでたちで,普通の客のように立ち居振る舞っているところがまたカッコ良く,是非日本企業にも,このセンスを持ってほしいと思ったりするのです。


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