都市デザインの話
建築家が市長になると


(株)南條設計室主宰  南條洋雄


 最近,様々なメディアでブラジルのクリティーバ(Curitiba)という町が紹介され,先進国も顔負けの都市計画の優等生として脚光を浴びている。発展途上国ブラジルということで,ある種の偏見をもって1976 年に始めて現地を訪れた時の強烈な印象は忘れられない。当時は,先進国日本で銀座に歩行者天国が実現し,ヒューマニズムの視点から様々な都市問題の解決への模索が始まった頃である。        
   
 1960年代に始まるクリティーバ市の新都市計画は,一人の有能な市長によって着実に実行され,40年を経た今日,優れた成果をもたらすに至った。その市長の名は現パラナ州知事ジャイメ・レーネル(Jaime Lerner),1937年生まれのポーランド系二世で,ブラジルでは著名な建築家である。92年UIAシカゴ大会での基調講演を聞かれた方も多いと思う。
 クリティーバ大学で土木と建築を学んだ彼は,都市に関する縦割りの行政機構を一本化した同市の都市計画局(IPPUC)設立に加わり,1968〜69年局長を努めた。そして1971年市長に初当選,以来再選を禁ずる選挙法のため,4年おきに市長を計3回努める。こうして3度目の市長を93年に辞した彼は,圧倒的な実績により95年パラナ州知事に就任し,現在二期目,次期大統領候補とまでいわれている。

 人口約150万人のクリティーバ市は,サンパウロ州に隣接するパラナ州の州都であり,ヨーロッパ系移民が多いことでも知られるブラジル南部の最重要都市であるが,ではこの都市のどこが優秀なのか?。一般的には独特の公共バス交通システムが特出して有名である。急激な人口集中を予測した60年代の新都市計画は,高価な地下鉄建設を見送り,非常に安価な独特のバス交通システムを実現した。土地利用計画と一体的な5本の放射状の交通軸を定め,その軸の中心に高速バスレーンをとりいれ,輸送力とそのスピードを確保した。バス車両の開発にも力を注ぎ現在最大3両連結定員270人のバスが,専用バスレーンをスムースに運行する。乗降時間を短縮するため,バス停には鉄道駅のようにプラットホームを設け,乗客は予め乗車券を購入しバスを待つ。バスが到着するといくつものドアが開き,電車と同じように一瞬にして乗降完了,あっというまに発車していく状況は圧巻である。各バス停はガラスのチューブのような形状であることから,現地ではTUBOと呼ばれており,車椅子の為の昇降装置も完備している。
    
 こうした独創性が都市行政全般にみられるが,最小限投資による都市整備を進め,市民の公共意識の向上により更に都市状況を改善していくという考え方が基本にあり,その多くは建築家ジャイメの発案と指導力によるという。バス交通システムはバスの利便性と快適性を高めることでマイカー利用を押さえ環境にも配慮したものであり,また家庭ゴミを子供に学校に持ち込ませ,ゴミと学習ノートや給食券等とを交換するという収集システムも,過大な設備投資を嫌い,併せて次世代への資源や環境への認識を高めるという啓蒙教育の実践でもある。

 出来る限り自然に近い公園を整備しようというビオトープの発想も早くから取り入れられ,最近では参加型まちづくりを進めるなど,世界的水準にある建築家が市長職につくことで,先進国で研究される都市計画の理想が次々と実現していることは注目に値する。我が国においても地方都市の再生が真剣に語られる今日,クリティーバの快挙は地球の裏側の特殊例で見過ごすことなく,多いに参考とすべきである。

 ブラジルではリオデジャネイロ市長も建築家ルイスパウロ・コンジが努めており,解決不能とされていたスラムクリアランス事業に建築家ならではの発想で成果を上げつつあるが,紙面の関係で報告は次の機会に譲らねばならない。我が国の政治家達の文化音痴に絶望するとき,昨年の逗子市長選での建築家長島孝一氏の奮闘にJIAが有効に支援し得なかったことを改めて残念に思う。

 

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