JIA Bulletin 2017年1月号/覗いてみました他人の流儀

佐治 薫子(しげこ)氏に聞く
「よい音楽がよい環境をつくり、よい伝統となる」

佐治 薫子

佐治 薫子氏


 千葉県内の小中学校で40年間音楽教育に携わり、合奏コンクールで子どもたちを40回以上全国優勝に導いてこられた佐治薫子さん。教員退職後は、千葉県が全国に先駆けて設立したジュニアオーケストラ「千葉県少年少女オーケストラ」の音楽監督に就任し、20年間子どもたちを指導してこられている佐治さんに、お話をうかがいました。(聞き手:Bulletin編集委員)


―音楽の先生を志したきっかけを教えてください。
 父も母も学校の先生だったので、音楽に限らず先生になりたいとは思っていました。小さい時、東京で音楽学校に通っていた従姉妹にピアノを弾いてもらっていました。しかし、小学校時代は戦争で、音楽はもちろん学校で勉強をすることもできず、食べるだけで精一杯でした。
 裁縫が好きだったので、将来は洋裁で身を立てたいと考えていましたが、高校の時に音大出身の先生に音楽の楽しさを教えてもらい、千葉大の音楽科に入学しました。この先生との出会いがなかったら音楽の道には進んでいなかったと思います。

 

―学校ではどのような指導をされていたのですか。
 音楽の授業と管弦楽クラブの指導をしていました。小学校には4、5、6年生が対象のクラブ活動があり、管弦楽クラブはそのひとつです。
 よく子どもたちに伝えていたのは、「美しい音楽をみんなで作ろう」ということ。これは今もずっと変わりません。音楽には人の心を和らげる不思議な力があります。音楽を通して、みんなでひとつのことをやり遂げるとその後に大きな喜びがあることを体験してもらいたいのです。
 授業時間は限られていますが、朝の会や帰りの会など、音楽をする時間をつくることはできます。先生方にも朝の会でリコーダーを教えたりしながら、学校全体に音楽が広がるように努めてきました。


千葉県市川市立鬼高小学校管弦楽部
(1990年、東京・サントリーホール)

 

―音楽指導で大切にされていることは何ですか。
 基礎をきちんと教えることです。同じ音でも正しくてよい音というものがあります。リコーダーをよい音が出せる子から順にひとりずつ吹かせてみると、よい音を聞きながら次の子が吹きますから、全員が上手に吹けるようになります。全員が楽しめて、出遅れる子のないように基礎をとても大事にしていました。
 また、楽譜を模造紙に書いて音符を指しながら音を出していくと、誰でも音符が読めるようになります。音符が読めれば自分で演奏できるので、これも重要なことだと思っていました。  音楽に限らず基礎の指導がきちんとできていれば、どの分野でも落ちこぼれることはないでしょう。教える側がきちんと指導すれば、子どもはどんどん能力を発揮して、もっと考えて努力する子になると思います。

 


千葉県少年少女オーケストラ 第20回定期演奏会
(2016年、千葉県文化会館大ホール)

 

―子どもたちを音楽好きにさせる秘訣はありますか。。
 例えばリコーダーでみんながひとつの音を美しく出せるようになったら、その音に合う和音を私が出して聞かせます。すると子どもたちはその音を教えてと言ってきます。そのハーモニーがとても気持ちがよいからです。ハーモニーの美しさを体験すると、自分たちも音を出してみたくなる。最初に基礎をきちんと教えれば、あとは自分たちで楽しみながらできるようになるのです。  それから、授業で合唱をする時は、クラスの中の管弦楽クラブの子に楽器で伴奏をしてもらったりもしました。通常、伴奏というとピアノですが、ピアノの音とは違う低音楽器などが入った伴奏の方が、子どもたちは楽しいのです。オーケストラの伴奏で合唱を指導すると、いっそう素晴らしい演奏になります。それは子どもたちの方を向いて指揮をすることができるからです。

 

―みんな好奇心をもって取り組んでいるのですね。
 子どもは音楽が楽しくなってくると休み時間にも教えてもらいに集まってきます。ですから、私は音楽室を竜宮城のように考えて、いつでも子どもたちがタイやヒラメになってやって来れるようにしたいと思い、常に音楽室にいるようにしました。授業が終わるといろいろな教室から子どもたちが集まってきて、本当に竜宮城のようでした。

 


千葉県少年少女オーケストラ
韓国公演本番前に熱のこもった指導をする佐治さん(2005年)

 

―管弦楽クラブでは、出場したコンクールで何度も日本一を経験されていますね。
 6年連続日本一を取ったこともありますが、それは取ろうとして取っているのではありません。日本一を目指そうとか、どこと競争するなどということではなく、子どもたちとよりよい演奏をしたいと、常に考えていたからです。
 クラブ活動に限らず、学校の中に常によい音楽が流れていることが重要なのです。6年生が卒業しても美しい音は在校生に残されて、新たに入ってくる1年生はその音が普通だと思う。よい音がその学校の伝統になっているのです。高学年のお兄さんお姉さんの美しい歌声やリコーダーの音を聞くと、低学年の子どもたちは早くあの音が出せるようになりたいと胸を膨らませて憧れながら大きくなっていきます。そのようなことが学校においてはとても大切だと思うのです。
 クラブ活動では、6年生が卒業しても3分の2の児童は残っています。つまり、よい音楽の元は残っているので、新しくクラブに入ってくる子はよい音を聞いて育っていますから、よい音楽を作り出すことができます。よい音が受け継がれ、その結果、連続で賞を取ることができるのだと思っています。


―楽器を始めたばかりの子もコンクールに出場できるのでしょうか。
 小学校のクラブでは、新しく入ってくる4年生のほとんどがそこで初めて楽器を触りますが、数ヵ月後には一緒にコンクールなどで演奏していました。当然学年が違えば同じようには演奏できません。しかし、音楽には拍子があって、強調する音を出すだけでも子どもは楽しいのです。バイオリンだったら、通常は第一バイオリンと第二バイオリンですが、私は第三バイオリンのパートを作って、それを新しくクラブに入った子に演奏してもらいます。新しく入った子は弾く音の数は少なくても、上級生と一緒に演奏すると楽しいので、どんどん音を出したくなって練習するようになります。
 やはり、上級生の出すよい音が近くにあることと、一緒に音を作る喜びを体験することが、やる気に繋がるのだと思います。

 


アメリカ・ウィスコンシン州、モノナテラスでのサンキューパーティー。
教え子のピアニスト長島達也氏と佐治さん(1998年)

 

―千葉県少年少女オーケストラについて教えてください。
 千葉県少年少女オーケストラは、1996年に千葉県が全国に先駆けて設立したジュニアオーケストラです。小学校4年生から20歳までの約160人で構成されています。160人と聞くと多く感じるかもしれませんが、毎週土曜の練習には学校の行事などでお休みする子もいますので、いつも100人程度が活躍できるオーケストラにするために、160人取っています。私は退職後、県から頼まれてこのオーケストラの音楽監督として招かれました。
 千葉県少年少女オーケストラは、年1回の定期演奏会のほか、県外や海外でも演奏してきました。いろいろなジャンルの曲を演奏しますが、私はやはりバッハやベートーベンの音楽が、子どもたちにとってはとても大切だと思っています。きちんと演奏するとよい音楽になるのがバッハやベートーベンの曲で、それが基礎になると思っています。他の曲を演奏するのもよいけれど、よい曲にじっくり取り組んだ時の方が充実感があります。血となり肉となる音楽を、子どもたちには常に教えていかなくてはならないと思っています。

 

―演奏会の指揮者には井上道義さん、佐渡裕さん、宮川彬良(あきら)さんなど、素晴らしい指揮者の方をお招きしていますね。
 演奏の最後の仕上げを指揮者にお願いするわけですが、それまでにオーケストラの音をきちんと作り上げておいて、仕上げは指揮者にお任せする。子どもたちもその最後の仕上げで演奏がよくなることを感じています。そのような経験をたくさんさせたいと思っています。
 それから、千葉県少年少女オーケストラの指導には、プロとして活躍している私の教え子に来てもらっています。教え子たちは私の指導方法を知っているので、子どもたちの力を信じ、プロだから先輩だからと威張ることなく団員たちを指導してくれます。指導者の皆さんの支えには本当に感謝しています。
 また、オーケストラの上級生も練習時間の前から積極的に音を出しにきてくれます。オーケストラの練習で上級生に望んでいることは、近くでよい音を出してくれることです。下級生は上級生の音を聞いて、よい音を出そうとする。そのよう伝統ができているので、ありがたいです。

 

―子どもたちにはどんなことを期待していますか。
 教員時代から、子どもたちにはよく「正しく、早く、美しく」と言って指導してきました。礼儀作法がきちんとした子は美しい音を出すからです。また、年齢を越えた繋がりもよい経験になっているでしょう。このオーケストラではプロを育てるのではなく、人間教育をしているつもりです。オーケストラという集団の中で、学んだり経験したことを、社会に出てからも生かしていってもらいたいと思っています。そして、楽しみながら音楽を続けてもらえたら嬉しいです。

 


桂諷會公演チラシ表

 

―音楽を通じて伝えたいことは何ですか。
 音楽の力は本当にすごいと思っています。よい音楽を聴くと心が豊かになります。また、心が動かされ、洗われることがあります。演奏できなくてもよい演奏を聴くことで、よい一生が過ごせるでしょう。よい音楽をたくさん聴いて、心豊かで健康な人生を過ごしてもらいたいと思います。


2017年3月26日に第21回定期講演会が開かれます

 

平成28 年10月20日 千葉県文化会館にて
〈聞き手:広報委員 八田雅章・長澤 徹〉

 

 

 

■佐治薫子(さじ しげこ)氏プロフィール

千葉県少年少女オーケストラ音楽監督

1935年木更津市生まれ。
1956年千葉大学教育学部音楽科卒業。
同年君津市立松丘中学校勤務。リード合奏の指導に情熱を傾ける。
1966年に船橋市立前原小学校へ転任。リード合奏からオーケストラ音楽への指導に専念。
1976年に習志野市立谷津小学校、1984年市川市立鬼高小学校へ転任し、最後の4年間は再び谷津小学校で過ごし、1996年退職。教職40年間を音楽教育に情熱を傾け、その間40数回も子どもたちを全国優勝に導いている。
退職後、1996年4月からは千葉県少年少女オーケストラ音楽監督に就任。公益財団法人千葉県文化振興財団特別参与。

千葉県少年少女オーケストラHP http://www.cbs.or.jp/chiba/orchestra/

 

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