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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語 - 終稿
人・時・場所・故郷 

写真と文 兼松紘一郎

時を経て・そして次代へ、生きること! 

 2月(2017年)のある日、何時もの事だがワンセッション演奏を終えたドラマー津嘉山善栄とその妻君などと共に四方山話を始めた。僕の客席には、与那原の建築家根路銘安史や、沖縄にはまった母校明大の若き後輩、文化人類学の研究者中田耕平などが肩を寄せ合って鎮座。沖縄那覇のJAZZのライブハウス「寓話」での一齣である。

 そして誰かが乾杯しようと言い出し、音頭を僕にとれと名指しされた。それではと立ち上がった瞬間ふと思いたって`そうだ!今日は僕の誕生日`と述べた途端、他の客席に居た人たちも立ち上がり、「Happy Birthday to You!」と大声で杯を挙げてくれた。

 この一文を、沖縄のこんなプライベートな一齣から書き出したのは、このシリーズ20稿の、存続が懸念されている那覇の「那覇市民会館」と、毎年2月に建築士会島尻支部の根路銘安史の肝いりでスタートし、21稿で取上げた教会、この2月には11回目となった会堂が大勢の市民で埋る「聖クララ教会」でのコンサート、更に寓話でのこの一齣の様相を記載し、改めて大勢の人に建築の存在、そこに内在している物語、とどのつまり時を経た建築は「人の想いの集積」なのだ!と言う我が想いを伝えたいと思ったからだ。と同時に前項の最後に記した「僕の故郷は何処なのか?」という命題を重ね合わせてみたいからでもある。

 僕の世代は、生身で第二次世界大戦に巻き込まれた。ことに沖縄は!と瞑目するものの、内地(本土)の僕であっても、戦地に駆り出されて亡くなった父や、連れ合いを亡くして労苦を振り切って生きてきた母、その子供達への母の想いが察せられ、それが同世代の各自のどこかに宿っていて、「故郷」と言う一言と重なり合うような気がする。昨今想うのは、前項にも記したが、東京で生まれた僕は戦前に疎開し、父がフィリピンで戦没した以降、父の実家のある長崎や祖父の仕事先天草・そして高校を卒業した千葉県柏等々、日本の各地を転々としたものの現在の住み処は神奈川県の分譲団地。僕の娘はそこで生まれてそこで育った。そして現在娘は東京住まい。この僕と妻君との住み処に住み始めて40年と言う歳月を経た。さて、僕の故郷は何処なのだろう!とふと瞑目することも無きにしも非ず。

 「ふるさとは遠きにありて思うもの そして悲しくうたふもの・・・」この室生犀星の詩が、僕のどこかに留まっていて時折僕に襲い掛かる。我が娘の故郷が、吾が夫婦が住んでいる団地だという命題。それなりの歳になった娘は時折帰宅し、小学生、中学生時代の同級生たちと飲み会をやっているようだ。

 この日本各地の建築の様相を書き記してきた`建築保存物語`を振り返ると、存続しているにせよ、亡くなってしまったにせよ、先達が建ててくれた建築群が、僕の建築感、つまり人生観、「生きること」とは何かと言う命題への回答を示唆していると思わざるを得ない。そして「故郷」。つぶやくこの二文字のどこかにその答えがあるのだろうか! 僕の故郷は何処なのかと繰り返し僕は考える。<文中敬称略>

JAZZのライブ(寓話)
JAZZのライブ(寓話)
寓話 ドラマー津嘉山さん夫妻と共に
寓話 ドラマー津嘉山さん夫妻と共に
那覇市民会館1兼松撮影
那覇市民会館
那覇市民会館
ホール
那覇市民会館エントランスホール屏風
エントランスホールの屏風(ヒンプン)
聖クララ教会
聖クララ教会
聖クララ教会会堂
聖クララ教会会堂
 
聖クララ教会コンサート後の記念写真
聖クララ教会コンサート後の記念写真
ラサール神父を囲んで<2013年2月11日撮影>

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