JIA Bulletin 2019年春号/海外レポート
デンマークあかり紀行
—照明デザイナーの視点—
永島 和弘

■デンマークの旅

 職業柄、旅行に行くとつい照明のことが気になって夜の街を散策してしまう。今回はデンマークを旅した時のことについて書いていこうと思う。
 ヨーロッパ圏の街は古い街並みが多く残っているから、道路も昔からのままの広さで残っている場所が多い。地震もない(全くないのかどうかはわからないが、以前高校生の友人に聞いたところ、地震を体験したことはないと言っていた)ようなので、東京のようなスクラップ&ビルドというような“街の循環”もない。建物
も街路も古い昔のものが残ったままだと、照明の手法や明るさも日本とは違った環境になってくるからますますおもしろい。
 しかも、コペンハーゲンは先鋭的な建築や街もどんどんできているから、新旧どちらも見られる街でもある。

■街路の照明手法の違い

 デンマークの夜の街はとても暗い。東京と比べればもちろんそうだが、ほかのヨーロッパの街と比べても暗いように感じる。しかし、ただ暗いだけというのではなく、どことなく品がある。人通りのあるところが限られている(街がコンパクトである)というのもあると思うが、街路の明るさを取るためのポール灯がほとんどない。その代わりに、建物の外壁にブラケットライトが多く設置されている。建物のデザインに合わせてブラケットライトの形状や光の出かたもさまざまな種類がある。それらを見ているだけでも夜の街の散策が大変楽しい。特にデンマークは、緯度の高い国なので冬に行けば夜は長いし、夏に行けば気候が良く、夜の散策をしやすい。結果1年中いつ行っても照明デザイナーにとってはオンシーズンということになるので、得した気分だ(写真①②③)。


①コペンハーゲンの街路

②コペンハーゲンの街路


③コペンハーゲンの街路

 街路の明るさをとるために、建物が照明をつけて街を照らす。建築と街が一体で存在しているようで大変うらやましい。日本で同じようなことをするのは難しいだろう。日本では、建物と道路(歩道)は管理者が別でそれぞれに敷地内(道路内)の照度基準を満たすように計画をする。しかもどちらか一方だけで明るさが満たされるとしても、どちらかだけがあれば良いとはならない。そして明るさだけでなく照明器具自体の存在感としても煩雑になるケースが多いように感じる。デンマークの外壁のブラケットライトは、建築と街をつなぐツールとして、敷地境界という実際には見えない境界を越えていて、照明デザイナー的にとてもワクワクした。

■オリジナルを大事にするということ

 デンマークも日本と同様、古いものを大事にしつつ、新しいデザインが存在する国である。首都であるコペンハーゲンから北に行ったところにルイジアナ近代美術館というきれいな美術館がある。もとは邸宅で、それを改築して美術館にしたそうである(写真④⑤)。建物や設備は古いが、メンテナンスが行き届いている。その一例が(というか照明ばかりが気になるのだが)作品を照射しているスポットライトだ。かなりの年代物で、光源は白熱電球。


④ルイジアナ近代美術館

⑤美術館の中庭

 光源の話を少しすると、かつては白熱電球しか光源はなかったために、白熱電球でスポットライトを作っていた。ハロゲン電球ならば点光源なのでスポットライトを作るのが比較的簡単なのだが、白熱電球で光を集光させるにはフィラメントが長いため、反射板も大きくしなければならない。そのため器具も大きくなるので器具設計が難しい。そんな白熱電球のスポットライトで作品が照らされていて、古い器具の活躍に感激した(写真⑥⑦)。しかし、照明デザイナーの私としては、消費電力がどの程度になるか気になってもしまうのが職業病なところである。


⑥ルイジアナ近代美術館展示スペース

⑦白熱電球スポットライト

 消費電力が気になると言えば、ヨーン・ウッツォン設計のバウスヴェア教会。ハイサイドライトから優しく外光が入ってくる素敵な教会だが、ダウンライトのような建築化照明は一切なく、オリジナル設計の連続ブラケットライトのみでの照明(写真⑧⑨)。しかも、それの光源はすべて白熱電球(確認したところ25W/灯)。現代の日本では、消費電力を考えても、ランプメンテナンスの手間を考えても、絶対にできない設計に驚愕した。ランプメンテナンスは、かなりの頻度で行わなければいけないはずだが、球切れしているものはほとんどなかった。こうして見てみると、オリジナルを大事に使うということが自然と行われているように感じる。設計者に敬意の念すら感じられるのである。


⑧ヨーン・ウッツォン設計のバウスヴェア教会

⑨連続ブラケットライト

■やっぱりペンダントライト!

 先にも書いたようにデンマークは地震がないからなのか、私の感覚ではダウンライトで照明する空間をペンダントライトで照明する建物が多いように感じた。照明効率(床面照度)という観点で設計する現代では、とかく明るさをいかに効率よく、かつ安価にメンテナンスフリーで行うことができるのかを追求しがちである。そこをデンマークでは効率という観点では劣るペンダントライトを使って、廊下のような効率を優先しがちな動線を照明する。すると廊下がまるで居室のように変化するのである。ペンダントライトは使うべくして使うと勘違いしているが、逆にデンマークではペンダントライトがあるところがリラックススペースなのだろう。ペンダントライトを自然に使う感覚が新鮮で(全くの古典的な手法であるが)嬉しい発見であった(写真⑩⑪)。


⑩廊下がペンダントでリビングに!

⑪ダウンライトにしたいところをペンダント!

 余談であるが、知らない街を夜にウロウロするのは安全上危険な場合が多いのだが、ことコペンハーゲンはその危険を全くと言っていいほど感じなかった。夜遅い時間に女性が一人で歩いていることは東京以外ではあまり見かけない光景なのだが、コペンハーゲンではかなり見かけた。安全性と明るさは実はあまり関係性がないのではないだろうか(コペンハーゲンの街はかなり暗かった)。

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