JIA Bulletin 2019年冬号/海外レポート
バルセロナとオロット
—バルセロナの経済と建築事情/RCRと地方の風景—
小塙 芳秀

■スペイン経済崩壊と観光産業

 2002年のユーロの導入後、スペインの景気は一気に上昇し、10年後、瞬く間にバブルは弾け経済危機に陥りました。当時の失業率は25%を超え、若年層においては50%にまで達するほどでした。建築業界においては多くの若者が専門職に就けない状況であり、公共建築のコンペも減少し、友人も含め多くのスペイン人建築家が事務所を閉め、北欧、南米、中国などに仕事を求めるなど環境は一変しました。スペイン経済の悪化に伴い、竣工直前に建設の継続ができなくなった公共施設や集合住宅のニュースもよく耳にしました。建設後に経済的大問題を残したサンティアゴ・カラトラバ設計による一連の文化施設、運営責任者の不正が発覚したオスカー・ニーマイヤー設計の複合文化施設など、スター建築家に依頼したビッグプロジェクトの陰で多くの問題を抱えていた例もあります。
 バルセロナを州都とするカタルーニャ州では、好景気時には保育園や図書館などの公共施設が多く計画され、またスペイン全土でも大小の公共事業のコンペが毎月多く公募されていました。私たちもそうした建築実施コンペに参加し、2009年、スペイン北部バスク地方のスマラガ町の郷土資料館のコンペに勝つことができました。RCRアーキテクツの事務所を退職し、独立後最初に挑んだコンペでした。
 このプロジェクトは、建築面積約2,000m2の小規模な公共施設と周辺のランドスケープデザインでした。敷地は山の傾斜地であったため、風景と周辺環境を考慮し、建物の半分以上を地中に埋め、地中熱の利用や煙突効果も取り入れて空調設備の負荷も少なくしています。また、この規模の建設費は日本と比べて非常に低く、材料や工法を考慮し可能な建設方法の中でデザインを検討することが課題となりました。建設途中で不景気にさしかかり、選挙のたびにプロジェクトが中止になりそうな危機に何度か直面しましたが、幸運にもコンペから5年間の紆余曲折を経て、2014年に無事竣工に至りました。
 バルセロナ中心部では、バブル崩壊に伴って不動産価格が暴落したのを機に、投資や観光産業を目的に不動産が売れ始めました。ベルリンやベネチアと比較されるほど観光ビジネスが一気に加速していきます。不景気にもかかわらず不動産の価格は年々上昇し続け、人気の沿岸エリアでは住宅の賃貸が過去4年間で60%価格上昇したそうです。
 観光産業に焦点を当てると、一見景気は回復したのではと思われますが、実際はカタルーニャ州政府による教育費や医療費の削減など問題は山積みで、市民生活の質は改善されたとは言えません。
 バルセロナの現市長アダ・コラウは社会活動家の出身であり、過度な開発や観光に注意を呼びかけ、市民生活を取り戻そうと、民泊の規制、宿泊施設の制限、低価格で住めるソーシャルハウジングの増加などの政策を進めています。今やバルセロナのランドマークであるジャン・ヌーベル設計の旧水道局アグバルタワーは、ホテルへの改築のためにいったん売却されましたが、最終的に市によって宿泊施設への用途変更が認められず話題になりました。


スマラガ郷土資料館/
VENTURA+LLIMONA taller d’arquitectura i disseny, KOBFUJI architects

グロリアス地区とアグバルタワー

■現在のバルセロナ建築事情

 バルセロナでは保存対象となる建物が多く、新築物件の数は限られています。そのため、市内における私たちのプロジェクトも店舗やアパートの改築に集中しています。しかし改築といっても100年以上前の建物が対象となるので、内装だけではなく、保存修復や構造補強まで必要となる場合がほとんどです。
 また、鋳鉄の構造が美しい十字プランを持つ1882年に建設されたサン・アントニオ市場の改修工事が、着工から約10年の歳月を経て2018年春に竣工しました。私たちも複数の店舗の設計に携わることで、多くの市民が待ち望んでいた公共空間の再生の一部を担うことができました。建築を未来に繋げるという意識をもって設計活動を行えることは貴重な体験となっています。
 現在バルセロナで注目されている公共計画として、アナ・コエーヨのチームがコンペで勝利したグロリアス地区のインフラ工事が進行中です。ここは工場地帯の開発地区と市街地が交差する場であり、北からバルセロナ市内へアクセスする重要なポイントです。高架道路を取り外し、車道を地下に埋める条件の下、地上に森を再生し生態環境を創造する公園を提案した彼らの案は、バルセロナが目指すスマートシティの考えを具体化していると思います。その他、日本企業による2つの大型プロジェクトに注目が集まっています。ひとつは、2016年に日建設計がコンペに勝利し新聞の一面を飾ったFCバルセロナのカンプノウ・スタジアム改築計画で、2022年の完成予定を目指して現在進行中です。そして2018年11月には、地中海沿岸のバルセロネータ地区に計画されているエルミタージュ美術館バルセロナのコンペを伊東豊雄氏が勝利したと発表されました。


旧市街のアパート改修/KOBFUJI architects

サン・アントニオ市場/2015年当時の工事写真

ガロッチャ地方の風景

■地方のランドスケープとRCRアーキテクツ

 私は1998年に修士課程でランドスケープを学ぶために渡西し、2018年に滞在20年目を迎えました。修士課程の調査で初めて目にしたRCRアーキテクツの建築に興味を持ち、修士論文では彼らの建築をテーマとし、その後RCR事務所に勤めることとなりました。
 RCRアーキテクツの拠点は、バルセロナより北東へ約120キロに位置する人口約3万人のオロットです。ガロッチャ地方という火山地帯にあり、地形だけではなく植生においても特殊で豊かな自然環境に恵まれた土地です。秋を迎えるとブナ林の葉が紅葉し、大小の円錐状の山が赤く染まる様子は絶景です。またこの地方はユーロパーク(EUROPARC)に登録され、近年グリーンツーリズムとしての観光産業が急成長しています。
 RCRは故郷のランドスケープを形成している山岳、川、地形、点在する集落や農家の研究、分析を行い、独自の調査メソッドを定義していきました。それらの蓄積が、風景をより理解する手助けにもなり、風景と建築とを同等に扱う彼らの思考へとつながっていきました。こうしてガロッチャ地方で成熟したRCRの建築は、地方における建築の可能性を示すこととなり、プリツカー賞受賞へと至ったのではないでしょうか。1月24日よりTOTOギャラリー・間で開催される彼らの展覧会でも彼らの世界観を表現してくれると思います。大変楽しみです。
 RCR事務所での経験を経て、現在、私たちはバルセロナでの設計活動と並行してスペインや日本の地方におけるランドスケープの調査を行っています。スペインで活動をしていると、設計において常に公共性が問われます。スペインと日本、そして都市と地方の公共性の在り方をさまざまな視点から考察し、計画へと結び付けることができればと考えています。

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