JIA Bulletin 2016年9月号/海外レポート

フィンランド・スウェーデンの
愛されている自然と建築たち

渋川 美佐

高安 重一

 

 今年のゴールデンウィーク(5/2~5/9)を利用して、フィンランドとスウェーデンの建築を見てきました。これは「A.アアルトとG.アスプルンドの建築を巡る旅」という建築ツアーを利用したもので、私にとっては初めての北欧体験でした。

 

事務所開設当時の仕事
 ツアーのタイトルにあるように、今回はアアルトとアスプルンドを中心に見て回るのですが、その中にはフィンランドのタンペレにある「カレヴァの教会」(設計:ピィエテラ)が含まれていたことも、この建築ツアーに参加した理由です。
 実は1995年に事務所を始めるきっかけとしてチャペルの設計依頼がありました。その時にいろいろなチャペルを調べていた中で、「カレヴァの教会」に大きな影響を受けた経緯があったので、その建築を見に行くことは開業以来の目標でもありました。(写真1)  この「カレヴァの教会」はコンペで選ばれたとのことで、コンペ向きの考え方が強く表れているように思えます。平面的には三日月型をした壁柱が何枚も立てられて領域を作りだし、さらにイスの断面も独特の断面を引き延ばした構造です。
 当時の私の考えていたチャペルは、この断面を引き延ばしたような作り方に影響を受けて、壁柱の平面形状を数種類に絞り込んで、いかに多様性を得られるか?そしてこれをプレキャストコンクリートで作りたいというものでした。結局この仕事は実現せずに終わりましたが、私にとって一番最初の仕事でしたので、大変印象に残っているのがこの「カレヴァの教会」だったのです。

 

写真1 三日月平面の壁を林立させた、カレヴァの教会
写真2 水と陸の入り交じったストックホルムの夕景
写真3 スウェーデン側の水と陸地の風景

 

水と森の融合
 さて、このツアーはまずフィンランドから入るのですが、飛行機の関係で北極圏を通過して、一度フィンランド上空も通り過ぎてドイツのミュンヘン乗り換えなのです。直行便と比べれば7、8時間は余計にかかるので、「いまフィンランド上空なのに…」と思うとモヤモヤとしたものを感じましたが、ミュンヘンからストックホルムへ向かう機内から素晴らしい光景を見ることができました。(写真2)
 これを見ると、北欧といえば「水と森の国」というイメージがありましたが、どちらが「図」でどちらが「地」か、判別できないほど入り組んだ地形は、自然の恵みのどちらも大切にするという、この地域のライフスタイルに確実に影響を及ぼしていると思われました。  ちなみに、フィンランドからスウェーデンへの移動は船で1泊かけてゆっくりと移動する行程でしたが、この船上からもこの「図と地」の世界を堪能することができるので、オススメの移動手段です。(写真3)

 

太陽にあたる喜び
 私達がストックホルムに到着したときの気温は夜が5℃ぐらいですが、日中は23℃程度まで上がりました。その前の週は雪だったとのことで、現地の人にしてみれば「冬から春を通り越して夏が来た!」という状況だったようです。この喜びは私達にはピンときませんが、木々の芽吹きはすさまじく、日光を求める街の人の行動は写真を見てみるとよくわかります。(写真4、5)
 ヘルシンキでの一例です。ヘルシンキの中心部にはトーロ湾という美しい水辺が入り込んで、その周辺には公共建築が目白押しです。そこのS.ホールの「ヘルシンキ現代美術館(キアズマ)」からLPR設計事務所(音響:永田音響設計)の「ミュージックセンター」にかけての広場は隙間なく人々が時間を過ごしています。さらにその先に進むと、アアルトの「フィンランディア・ホール」に出くわしますが、ここではハッキリと日陰を避けて日なたに人が出てきている様子がわかります。
 これはストックホルムに着いても同じで、ストックホルム図書館の周辺でも、木陰に入ることを嫌うかのように日なたを選んでくつろいでいました。(写真6)

 

写真4 ヘルシンキ現代美術館からミュージックセンターにかけての広場の使われ方
写真5 フィンランディア・ホールと周辺の人たち

ヘルシンキとストックホルムの違い
 太陽を求める人々の欲求の強さは両方とも同じぐらいでしたが、同じ首都であるヘルシンキとストックホルムと言っても、ずいぶんと様子が違いました。一言で言えば「ヘルシンキの健全さ、ストックホルムの古都ぶり」を強く感じました。ヘルシンキは自転車で活動する人も多く、ストックホルムは車。片方はコンビニもほとんど無く、片方は世界のブランドも集まっているが移民や浮浪者も多いという印象です。

 

写真6 ストックホルム図書館と周辺の人たち

いまでも使い続けられていること
 そして私が今回見学した建築は近・現代の建築で25件ほどでした。もちろんここで全部をお伝えすることはできませんが、全て現在でも使われている建築です。90年近く経つアスプルンドの「森の礼拝堂・墓地・火葬場」はそのままの用途でいまでも使い続けられ、周辺の木々も植え替えられながらベストの状態を保っているとのこと。同じく築90年近い「ストックホルム市庁舎」(エストベリ)や「ストックホルム図書館」(アスプルンド)は現在の私達のライフスタイルを許容しながら、いまでもその機能を保っていました。  その使われ方だけでも羨ましいと思いながら見学していましたが、ストックホルム市庁舎ではガイドの説明を聞いてさらに愛されている理由が分かりました。(写真7)
 ストックホルム市庁舎ではノーベル賞の記念晩餐会が行われるなど、ここにノーベルの彫刻があるのは当然かもしれません。ところが他にもたくさんの顔がかかっていたのです。そしてこれが建設に携わった職人達とのこと!ストックホルム市庁舎といえば、青の間、黄金の間など次々と展開される豪華な空間に圧倒されますが、それらを作った職人が常に空間の一部にいるのです。市庁舎と名前がついていますが、行政的な仕事はここでは行われていません。市民のためのホールという思想は最初から刻み込まれており、それが染みこんでいることが大変印象に残りました。

 

写真7 ストックホルム市庁舎にあるノーベル彫刻と建設職人の彫刻

海外レポート 一覧へ