新潟県中越地震 被災地住宅相談キャラバン隊  体験報告
JIA福島地域会 
(有)菊地設計  菊地 進


 去る11月14日(日)、JIA福島チーム9名はキャラバン隊に参加してきました。その体験について報告したいと思います。
 当日午前6時30分、前の晩新潟に入った7名は、宿泊した新潟市内のホテルのロビーに集合しました。これから長岡市の集合場所に向かいます。集合時間は8時30分です。集合場所で合流する2名を含め合計9名となります。昨晩、新潟地域会の上山会長と近藤氏から概要説明を受けていましたが、全く被害を受けていないように思える新潟市内では実感が湧きません。近くのコンビニで朝食を済ませ、昼食と飲物を各自買い求め、高速道路で長岡に向かいました。長岡インター付近では高速道路が所々で上下に波打ち、応急補修をした痕跡が見て取れました。

 集合場所の大島コミュニテイセンターには、既に大勢の参加者が集まっていました。説明を受け、担当地区の資料と記録用報告書を渡されたチーム毎に出発していきました。私達のチームも担当地区の資料ファイルを預かりました。キャラバン隊の本部事務局で、前もって当日の午前・午後に分け相談の予約を取っていたものが15件程、その他予約無しのものが10件程有りました。私達は3人ずつの3チームで分担することにしました。

 担当地区は長岡市の南東の山麓に位置する高町地区周辺です。センター周辺を含め長岡の中心部は車から見る限り、何ケ所かブルーシートに被われた建物は見ましたが、大きな被害は確認できませんでした。しかし、被災地に近付くにつれ様相は一変しました。高畑町では、1階が押しつぶされた住宅や瓦の屋根だけが形を留めている倉庫らしい建物などが見え始めました。道路もいたるところで亀裂や陥没がみられます。

 担当の高町地区に着きました。その中の高町団地は高台にある200戸以上もありそうな南北に細長い団地で、造成地の周辺部の斜面が広い範囲で崩壊し、車や電柱を巻込みながら道路ごと下に崩落していました。従って周辺部に近い住宅は基礎の下の土砂が流出し立ち入り禁止の状態でした。団地内の道路も周辺部近くで大きな亀裂が見られ、盛土した造成地の脆さを露呈していました。

 各チーム毎に訪問を開始。私達のチーム(遠藤、渡辺、菊地)は2人が主に調査測定・聞き取りをし、1人(私)が記録するように分担を決めました。この地区にも雪国特有の高床式の住宅(1階は鉄筋コンクリート造で高さは2.2m位、車庫や倉庫としている)が何割か有り、その1軒を訪問しました。1階部分はで土間コンクリートに少しクラックが見えるものの、ほとんど被害は有りませんでした。2、3階の木造部分は柱の傾き(1/60以内)や床の傾き、外壁の一部亀裂、建具の狂いが見られるものの、補修で間に合うという判断を下しました。高床式の住宅は3階建て扱いで構造計算がなされており、それ故に強度が高かったと思われます。又、調査を行う上で役立ったのは「下げ振り」に替る「長めの水平器」でした。コンベックスと併用すれば柱の傾きが比較的素早く測定でき、床の傾きを調べるのにも使えました。それと書類を挟むバインダーは必需品です。

 高町団地においての全体的な感想は、比較的新しい住宅が多く建物そのものの大きな崩壊は少ないように思いました。これは新しい基準により構造強度のバランスが増している成果である思います。一方、造成地や敷地の崩壊による被害が多く目立ちました。個々の住宅において対応できるのは地盤調査、軟弱地盤の場合に杭を使用すること位までで、限界があります。造成地そのものの崩壊に関しては成す術が有りません。造成地の安全性が求められると思います。

 私達のチームが2軒目に訪問した住宅は、高町団地から車で5分位の場所でした。川を渡った山麓の広い敷地に建つ古い1軒屋で、敷地の東側が山で、西側の斜面の下が川という敷地でした。建物の中央付近で地盤に亀裂が走り川側に滑っている状態で、建物も柱が大きく傾き、建具や家具が飛び散っている状態でした。近所に避難していた相談者の娘さんご夫婦が来られました。60年位の古民家を15年程前に移築した2階建和風住宅で、屋根は瓦で開口部が多い構造でしたが、柱や梁は太く頑丈なものが多く折れずに残っていました。相談者は今の建物に愛着が有り、古い柱や梁を利用してこの場所で建直したい希望でしたが、地盤が崩壊する危険性を説明し、敷地の別な場所に建直した方が良いことを説明しました、その際地盤調査を行った上で、結果によっては杭の必要性を説明しました。帰り道、改めて眺めてみると、その周辺一体の道路は所々崩壊しマンホールが持ち上がっていました。

 4軒目に訪問した住宅は、高町地区から少し北に寄った場所でした。瓦が一部崩壊し、外壁の一部に亀裂が見られましたが、目視では基礎には大きな損壊は認められませんでした。奥様と20代の息子さんがいらっしゃいましたので、内部も調査させてもらいました。築30年近く経っているらしく、南側は大きな掃出し窓、北側部分も大きな窓が多く、筋交の有る壁が少なくバランスの悪さが目立ちました。柱の傾きも1/40程ありました。傾きを完全に直すのはかなり難しく費用が掛る事、筋交や壁の補強をすれば十分使える事、補強工事の相談窓口についてなどの説明をしました。相談者からの話によると、応急危険度判定を含めて何度も色々な調査があったそうです。黄色の紙(要注意)を貼られて、今後どうしたらいいのか大きな不安を抱えていたそうです。今回のような危険度判定の後の相談業務、被災状況の適格な把握が早急に必要であると強く感じました。

 4時30分頃に調査を終了し、本部に戻りました。各戸の相談報告書(A4版1枚)をまとめファイルと共に提出しチェックを受け、午後6時30分頃終了しました。ほっとしたのか疲れが全身を襲いました。本部の人達は明日以降の相談業務に向けて電話などでアポイントを取っています。1階の大広間の和室では明日の活動に備えて、何十人もの人達の毛布の寝床が設置されていました。私達の1日だけのボランテイアは終了しましたが、被災者の復興への戦いはこれから始まり、地域の復興への道程はまだまだ長いのだという思いで、長岡をあとにしました。

 今後は復興へ向けての設計や施工での協力が益々必要であると思います。又別な視点から、今回の地震の教訓を今後の建物設計や施工に活かすようにする事、あるいは造成工事などの土木的な分野で活かす事も求められると思います。
 
 







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