JIA Bulletin 2002年5月号/リポート

JIAトーク2001第4回



急がずゆっくりが自分流


「長い廻り道」

2002年2月1日(金) 18 : 30〜20 : 30
場所:建築家会館1Fホール

吾妻兼治郎(彫刻家)

 JIAトーク2001年度第4回目は,去る2月1日JIA会館ホールにミラノ在住の日本人彫刻家 吾妻兼治郎氏を講師としてお迎えし,「長い回り道」と題されて行われた。
 吾妻氏は1926年山形市にお生まれになり,1956年東京芸術大学彫刻専攻科を終了された後,イタリア政府給費生として渡伊,イタリア国立ブレラ美術学校彫刻科においてマリノ・マリーニに師事,同校卒業後マリーニ師の助手として亡くなられるまでの24年間創作のお手伝いをしてこられました。
 1956年山形にて初個展,1961年ミラノでの渡欧後初の個展を開かれて以来,代表作「MU(無)」シリーズ,「YU(有)」シリーズを初めとする多数の作品を発表されております。受賞歴も多く1963東京国立近代美術館賞,第7回高村光太郎賞,第19回国際彫刻ビエンナーレ金賞,第16回毎日芸術賞,第30回中原悌二賞など多数の作品賞を受賞され,1995には紫綬褒章を,1996年にはミラノ市より日本人初のアンブロジーニ文化功労賞を授与されております。現在ローマ・サン・ルカ・アカデミー会員でありイタリア・ガッティコ名誉市民である氏は東京芸大客員教授としても毎年講義のため帰国され後進の指導に当たられております。

 始めに日本の建築界は,世界の建築界に非常に多大な影響を与え続けているということに敬意を表します。例えばこうして,建築家の会館において12年にも亘り一般の方むけに講演会を色々なジャンルからの講師を迎えて継続してきている点,日本の伝統を踏まえた上に日本のセンシビリティーを持って新しい建築を世界に強い影響力を持って提案してきている点を特に評価したいと思います。一方日本の美術界,特に私の分野の彫刻においてはというと,いまだ西洋一辺倒であり若い作家もなかなか育たない状況です。今日の題目について思うことは,西洋にあこがれていた自分がフランス彫刻一辺倒の勉強をし,さらに遠いイタリアの地にまでやってきて46年掛かって,今日やっと自分の彫刻に辿り着いたことを考える時,ずいぶん長い回り道をしたナーという思いがいたします。しかし,普遍性のある美という物を追求しているものにとっては,回り道は無駄ではないと思います。長い間イタリアにいても,所詮自分は日本人であるということを実感しております。例えば,普段忙しくしている平日にあっては,一見溶け込んでいるようであってもいざ休日などになって見ると,丁度水と油がかき混ぜられているときは混じっていても,静止するとまたそれぞれが別れてしまうように,真から融合することは出来ないでいる自分に気が付いて非常な孤独感に落ち入ることがあるが,そのようなとき支えになっているのは,妻であり家族であるし,日本人であるということを強く意識する時があります。
 自分は,急がずゆっくりと物事を進めるのが自分流であると思っているが,自分が日本人であるということに目覚め,自分というものを知るのに渡伊後5年掛かったと思います。イタリアに来てマリーニ先生に師事するようになってから3年間は,先生が言うには自分はエトルリア人であるけれども吾妻は日本人なのだからそのことを忘れないようにということを常に言われて,このことが非常に印象深く感じた記憶があります。マリーニ先生は,物欲もなく,社交性にも無頓着な人で,禅問答のような話をする人であったが,あるときアトリエに呼ばれ1,2の作品づくりをお手伝いするうちに,気に入られ以後なくなられるまでの24年間ずっと弟子として尽くしました。その間,アーティストにとって創作意欲の湧いたときの時間とタイミングというのは非常に貴重であるということが解っていたので,助手としての仕事の呼びかけがあったときはどんな時でも断ることなく手伝いました。先生が亡くなった後は,夫人よりアトリエを譲られ現在はそこで創作活動を続けています。最初のイタリアでの個展で私の作品を初めて買ってくれた建築家がベラスカの塔の設計者の一人であるエルネスト・ロジャースであったことも印象深い出来事でした。私は建築とはカーテンウォールのように指で指し貫かれそうなものではなく,石造的な印象を持つものであるべきであると考えています。例えば,トーレ・ベラスカのように!

 

 氏の作品「無」は偶然アトリエの床に崩れて散らばった板の群からの発想であり,作品「有」は,無の対立概念からの発想により創り出された作品だそうです。その後イタリアを中心にヨーロッパ各地で仕事をしたり,個展を開いたりしていますが,現在進行中のものにはミラノ工科大を出た建築家である息子さんとの共同で環境造形の提案がまとまりかけているということでした。実際の作品のうちから中部イタリアの港町にあるマランガの丘の上に「吾妻の夢」というテーマで開かれた環境芸術のビデオの紹介があった後,3ないし4人の質疑応答の後,講演会を終わりました。

(レポーター:小倉 浩)



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