JIA Bulletin 2002年5月号/海外リポート


ヨーロッパの建築は,いま元気がいい
ヘルツォーク&ド・ムーロンの建築群=スイス,バーゼルの都市空間

 

関野 宏行

歴史の再認識が新たな展開をうながす
 20世紀はモダニズムの時代であった。建築は19世紀以前の様式建築が中心である過去と決別すべく新たな環境創造を試み,コルビュジエ,ミースなどの巨匠たちが生まれた。それは工業,産業構造の急激な進化が大きな引き金になり,新しい技術や産業と調和する斬新な建築のあり方が20世紀の都市空間の基礎となった。しかし,都市は工業製品と同じではない。それは土地の文脈の中にいやでも組み込まれるからだ。
 建築もその文脈に対して対立的概念からアプローチすることを試みた。自然と人工,農村と都市,過去と未来,閉鎖と開放,多くの課題があった。事実その対立的アプローチの中から,多くの解決案としての建築や都市が生まれ,20世紀の都市空間を彩っていった。しかし,その中でも歴史や慣習に対する建築を創る側のアプローチは,特に宗教と連動した強い価値観を構築している社会からは,多くの賛同を得られていたとは言い難い。
 今日,その対立を前提とした弁証法的アプローチはすでに過去のものとなってきている。多くの建築家は,環境のすべてが連続する現在という時空に存在する状況と考えることから新たな試みを始めている。ここでは歴史も時間の流れに連続する一部であり,過去と未来は対立する概念ではない。その視点はモダニズムやポストモダニズムにみられる歴史の解釈と大きく異なり,逆に多くの人に受け入れられやすい状況が生まれた。多くの歴史が物理的な環境として残存するヨーロッパの都市は,今まで建築を創るものにとって拘束を強いる環境として存在した。しかしこの視点の変化は,拘束を逆に建築へのアプローチする大きなきっかけへと変えていった。
 いまヨーロッパの建築が元気なのは,これまで拘束として考えられてきた歴史の存在が,逆に新たな建築展開を助ける要素に再認識されたからである。ただそれらはストレートに日本の状況に応用できるものではないだろう。そこに潜む都市と建築の関係性こそが重要だ。そのいくつかを視察するために建築情報システム研究所主催の研究ツアーで平成13年5月16〜25日にヨーロッパへ向かった。視察地はオランダ,スペイン,スイス,ドイツを回ったが,今回は特に印象的であったスイスのバーゼルを紹介したい。

スイスは自然が美しい
 誰しも観光と美しいアルプスと古い街並みを思い描くだろう。しかし国民性は自由の国だ。永世中立国という視点は「自由」にこそ意味がある。街では麻薬まで自由だ。そこから何かを求めるエネルギーがある。スイスの建築のメッカは,現在バーゼルだ。そこは歴史を継承しつつ新しい方向へ向かう都市整備に力をいれている。
 バーゼルはライン川のほとりに美しくたたずまうヨーロッパ的な都市である。市内にはトラムが走り,コンパクトな街は穏やかでありながら,賑わいもある。ライン川にはパンクスタイルの若者たちが多く集まっている。観光客も多く,ライン川の渡しはいつも満席である。渡しのおじさんは気さくな大男で,18時までの営業時間なのに,観光客からのリクエストに笑顔で答え19時過ぎまで船を漕ぎ出していた。街には市立美術館,歴史博物館,そしてマリオ・ボッタによるティンゲリー美術館,すぐ近くのリーヘンにはレンツォ・ピアノのバイエラー財団美術館,ちょっと足をのばせばゲーテアヌムやロンシャンの教会もあり,建築家にとって飽きることのない都市である。そして近年この街で多くの建築を展開しているのがヘルツォーク&ド・ムーロンである。
 かれらは,都市に存在する文脈をそれが必然的であるか否か,また美的であるか否かなどの意味を越え,現象的に存在する意味として強く捉え直している。存在すること自体が大きな意味を持つのである。そしてそれらを今に継承することを試み,その結果,対立せず共存する二重性を備えた建築によって多くのことを解決している。そしてバーゼルの街の歴史性を損なうことなく,とはいえ懐古趣味的な建築ではなく,あくまで現代建築を構築しながら街をより豊かに彩っている。その建築群を巡ってみた。

ロセッティビル カントナル病院薬学施設(1999)

 病院の前にたたずむガラス細工のような華奢な存在感。それはガラスにプリントされた緑のパンチングと内部の金属のパンチングが怪しげに重なり合う建築である。苔むした水をまとったようにみえる外観から,液体が化学反応を起こしているイメージが喚起されて,薬学施設との関連が読み取れたと感じるのは僕だけであろうか。
 まちなみを形成するように,壁面線と建物の高さやボリュームを周囲の建物とそろえている。ファサードは過度な装飾がないにもかかわらず,歴史的な建物と同じような強い装飾性を感じる。ドットポイントの金具がまるで花模様のようだ。緑のガラスとドットポイント,そして金属板が互いに移りこむ不思議な二重性がファサードに奥行き感と変化を与える。緑という色は歴史的建築における緑青を吹いた銅板をイメージさせ,また植物の緑を連想させ,古い街にも調和する。新しさと古さ,軽さと重さ,シンプルさと複雑さなど相反する感覚が同居しているようで,建築の美しさと共に今までにない新たな存在感が鮮烈であった。
 開口部は徹底した面ゾロ,枠なしのディテールによって建築をガラス細工のように純化している。二重性は二つの半透明なスキンの重なりのほか,イミテーションアイビーの緑の壁,裏側の二重のスチールネットフェンス,倉庫の木格子まで徹底して二重化している。対称的にインテリアの共用部には水色や赤の多彩な色彩が施されていた。


中庭の集合住宅(1988)


 場所が良くわからず,恐る恐る通りに面した木戸を開け中に入ると,緑溢れるプライベートな中庭があり,そこにこの集合住宅は避暑地の別荘のようなたたずまいで建っていた。ほとんどが木材でつくられ,外部に面した住宅とは趣を異にしている。また,はりだしたバルコニーはアクセス方向から徐々に狭くなるように角度がつけられ,決して大きくない中庭のパースペクティブな奥行き感を増大させるとともに,人を迎え入れるような構えになっている。バルコニーを支える梁を中央がふくらむ木の柱で支えている構成は日本建築を連想させる。細かい柱の林立はこの建築にほどよいスケール感とリズムを与えている。3階は軽快感を出すためか,構造は木からスチールになっている。
 この建築は木という素材を生かしながらも,木の素材感よりも木の建築の印象が強い。そして木を線材として構成しているところは,日本人の木に対する感覚に近く,的確で魅力的である。ただ日本人の感覚としては,中間のふくらみがある柱が装飾的すぎるので,もう少し弱めたほうがよいように感じた。

シュッツェンマット集合住宅(1993)
シュッツェンマット集合住宅
シグナルボックス

 バーゼルではどこでも見られる側溝のデザインを引用した波形グレーチングのファサードの建築である。ファサードが鉄の檻のように見える建築に対する印象は,重々しさに嫌悪感を持つ場合と,逆に都市の建築としての堅牢な安心感を持つ場合とに別れそうだ。しかし一見重々しい鋳鉄製のファサードは,波形のアールヌーボー的な美しさを持ち,その柔らな曲線が重量感を抑えており,周囲の歴史的な建築と調和している。またその内側には歴史的な建物では得られないフルハイトの開放的な開口部がある。
 平面は間口が狭く奥行きが深く,京都の町屋のようである。狭い通路には住宅への入り口である黒い扉と細い路地がある。路地は左側が隣の建物の壁にコンクリートを吹き付けてペイントした穴蔵のような壁,右側がインテリアショップの内部が見えるガラスの壁(24時間光っている)が対称的な表情を見せている。インテリアショップは2階に吹き抜けがあり,さらに上部のトップライトから自然光が降り注ぐ。正面にはスイス消防博物館に通じる赤い壁と扉がある。

シグナルボックス(2000)
 施設はバーゼル駅の信号や切り替え操作を行なう信号所である。同じデザインのものが二箇所あり,今回は街に近い側の新しい棟を観た。内部の電子機能を保護するため絶縁体となる幅20cmの銅板を巻き付けた印象的な建築は,ストライプ状の銅板がめくれあがるようにねじれ,微妙なグラデーションを持つ。線路側のファサードは片側が上部へ行くほど前面へ傾くようにねじれ,ミニマリスティツクでありながら4面すべて異なる外観によって多彩な表情を見せる。外観を構成する銅版のテクスチュアが,鉄道の軌道敷きのイメージに合致してなじんでいる。実物を見るまでは建物単体から受ける印象が強烈であるため都市景観として違和感があるのではと思っていたが,逆になじんでいるのには驚いた。ただ,建築というよりは鉄道の装置という趣であった。


SUBAハウス(1993)
 1950年に建てられた建築をガラスで覆った建物である。改装の手法としては一般的であるが,大きなレリーフが外壁に施されている既存の建物の隅切り部分を保存し,それをまるでショーケースのようにガラスで直角に覆った手法に,現在と過去の二重性が表現されており,独自の感性を感じる。
 低層部のガラスにはSUBAというロゴや会社名が白い色で刷り込まれ,製紙工場や印刷,出版関係を基幹産業としたバーゼルの歴史を継承するかのようなプリントの表現により,半透明な表情を作っている。オフィスの外部カーテンウォールの窓はコンピュータ制御されている。コートヤード側は石の旧外観に木のファサードが施されているそうだが,中へは入れなかった。

〈(株)佐藤総合計画〉

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