JIA Bulletin 2002年2月号/海外リポート


やぶ睨みヨーロッパ建築視察

JIA建築事情視察団「ヨーロッパ建築最前線を“サステイナブル”から見る」

―2001年10月27日〜11月3日

松 枝 雅 子
ペーター・ズントール
「聖ベネディクト教会」1989年
スイス・ズンヴィッツ

 視察件数は,8日間で47という膨大さである。限られた紙面で視察の全体を伝えることは難しいので,日記風に書いてみることにする。題して「やぶ睨みヨーロッパ建築視察」

■10月27日(土)チューリッヒ泊
 初日,いきなり早朝からバスで最初の訪問地スーンヴィツを目指す。かなり標高の高い山腹の小さな村。絵に見るようなスイスの典型的な風景の集落の一番高いところに建つのが聖ベネディクト教会。コンペに入賞した設計者ズントールの指揮で20人ほどの村人がボランティアで完成させたという木造のこの教会,そのヒューマンな規模,質素さが雪道を登って集まり敬虔な祈りを捧げる村人といった情景を連想させ,視察後時間を経た今になり,暮らしの中に生きている建築ぶりが好ましく偲ばれてくる。続けて見た同じズントール設計のヴァルスの温泉施設は,観光地といったイメージは全くない。石造の壁で建物内外の自然な連続性を構成した空間の中で体験入浴した。彼らが胸まで浸かってゆったり寛ぐ温泉プールが,私達には深すぎて心許して寛げない。建物内の暗さとインフォメーションの見にくさには大いに疑問が残った。
 入浴後,ダヴォスを目指すが,途中でマイヤールのデザインしたサイギナトベル橋をみた。この橋の奥に住むほんの80戸ほどの集落に続く道路のために架けられた橋と聞く。こんなところにもデザインを大切にし,またすみずみまで暮らしの快適さを追求している様子を見ると,文化の違いはどこからくるのかとうらやましささえ感じた。
 夜,チューリッヒのホテルに戻って,いわば結団式の夕食会となった。

■10月28日(日)バーゼル泊
 チューリッヒからルツェルン,ベルンとまわってバーゼルまで長い一日であった。いろいろ見てまわった中で,特に印象に残ったのはヌーヴェル設計のルッツェルン文化・会議センターだ。湖に面したこの建築群を一体的に覆う屋根の庇は,湖にまで張り出し,湖水側に広がる風景を一幅の絵画となるように切り取っている。この広がりを感じさせる景観をつくる手法,建築材料とディテールのマッチしたデザインは心憎いばかりだ。しかし,この施設群全体として弱者に対する物理的な対応がほとんど感じられない。問い質してみたが,人的な介助によって十分対応できるので問題ないとの説明だった。建築のデザインが優れているだけに,前日のヴァルスの温泉施設と共に,わが国の昨今のバリアフリーとかユニバーサルデザインといった流れと比べて疑問が残った。
 バーゼルに辿り着いた時は夜になってしまい,視察した最後の二つの美術館は展示は興味深かったものの,建築物としての印象が薄くなってしまい残念だった.建築の良さは,取り囲む風景や光や影があって初めて生きるのものだと改めて感じた。

■10月29日(月)バーゼル泊
 朝一番でロンシヤンを目指す。スイスのバスがフランスに入って迷子になり,到着が1時間以上も遅れてしまった。ロンシヤンの礼拝堂は写真では知り過ぎているものだが,現地に立ってみると,改めて頷くものがある。
 バーゼルに戻っての視察の中では,ピアノのパイエラー財団美術館が最も印象深かった。池に張り出したように見える建物を見ながらのアプローチやロビー前に広がるイギリス式庭園のベロウヴァー公園の景観が,ゆったりと美術を鑑賞する気持を包んでくれている。建築は環境という水を得て生きるものという印象を強く受けた。
 サステイナブルという見地からの視察もさせてもらったが,リニューアルされた建物だけを見てもあまり感動はない。こういうものの視察というのも難しいものだと思う。  夜は旧市街へ出てフォンデューとワインで乾杯。

■10月30日(火)ブリュッセル泊
 この日は,前半は環境共生都市ということでの視索だったが,印象は期待はずれ。自由時間にフライブルクの町の中心街を歩くことができたのはよかった。何といっても,人々の日常の暮らしぶりを肌で感じることは,建築家にとって一番大切なことだ。
 午後,ストラスプールヘ出て列車でブリュッセルヘ向かう。旧い言葉で言えば三等車の旅。

■10月31日(水)ブリュッセル泊
 ブリュッセル滞在では,オルタの自邸がハイライト。オルタ自邸は市街地内の住宅地にある。ここで突然デザイン様式がアールデコに変わる。アールデコ様式をいつも横目で見ていたと思える人々から,その華麗さに感嘆の声があがる。永年の蓄積ある職人の専門技術によるディテールや室内の空間構成は,そういうものを失った現代の建築家に反省と責任を問うているのではないかという思いであった。売店で写真集やカレンダーに多くの人が集まったのがそれを物語っていそうに思えた。さすがというほかない。
 そして,夕食は待望のムール貝。

■11月1日(木)アムステルダム泊
 オランダに入ってから,視察する建築が変わったというか,オランダの建築が変わっているというのか。ともかく,造形的な面からいえば,斬新というか,予想外というか。オランダはヨーロッパの中でも特異なメンタリティーの国民だという話も聞くので,そんなところが建築の作り方にも表われているのかとも思う。団長はさかんに「やんちゃな建築」と言う表現をしていたがまさにその通り。

■11月2日(金)アムステルダム泊
 この日は,ユトレヒトヘのツアー。主題はユトレヒト大学の建築群。学生が集まらなくなった大学の再建のために斬新な建築群で若者の心を引き付けようと企画されたとも聞いた。そのために若い建築家5人を登用したのだそうだが,その効果は十分あったと聞いている。しかし,空間的には斬新でもディテールやテクスチヤーの荒い建築では,私は落ち着くことができない。これは自分が年をとって魅力を感じる感性を失ってしまったためか,その建築が年月を経て当初持っていた魅力を失ってしまったということなのか。

  ■11月3日(土)
 アムステルダムでの建築も,昨日の印象を覆すものではなかったようだ。それより,午後の自由時間に,昼間の市街地を歩き回れたことが嬉しかった。夜,空路,帰国の途へ。

 忙しかった8日間の視索ツアーを通じて考えてみると,建築をつくっている私達にとって,出来上がったモノとしての建物を見ることも必要だろうが,建築とそれを使う人々とのかかわり,建築をつくるのに先立つ企画段階での発想や人びとの関わり方といったところを知ることがより大切なことのように思えた。

〈(株)松枝建築計画研究所 主宰〉

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