JIA Bulletin 2001年12月号/海外リポート

イタリアでの日々
奥山 陽子
パラーディオ作の屋根つきの橋

8月X日――バレエ公演コッぺリア
 河の街ヴェローナのアディジェ河沿いにある2000年前の野外劇場テアトロ・ロマーノでバレエ公演コッぺリアを見る。豪壮な建物だったらしいが今は半円形の観客席部を残すのみ。夏にはほぼ毎日のようにシェークスピア劇,舞踊,コンサートなどが行われている。一方アレーナはローマのコロシアムと同時期に建てられ,やはり夏のオペラで有名である。今年はヴェルディ没後100年ということでアイーダ,ナブッコをはじめ五演目がすべて彼の作品。ゼッフィレッリの演出,舞台装置によるトロバトーレが人気を呼んでいる。両方とも夏の名月がしっかり舞台の真上にかかるのも計算の上でのことか。

8月X日――フェスタ(お祭り)
 今朝は街中にある私のアパート前の8車線はゆうにある街路を交通規制して自転車専用にするというので,足慣らしにと早速自転車を出していると,目の前をユニフォームの色も鮮やかな選手の一団が通過して行った。なんと,自転車競技大会だった。また一週間前には夜10時すぎから交通を止め歩道にテントを張りマラソン大会が行われていて,夜にもかかわらず応援席の歩道にはかなりの観衆が居てお茶のサービス・スタンドまであった。またイタリアはフェスタ(お祭り)が盛んで,小さな広場が突如として遊園地になったり屋台街が出現したりする。この遊園地はルナパークといって夜は煌煌と電飾が輝く不夜城となる。メリーゴーランドやミニトレイン,小規模ながらゴーカートまであったりする。住宅街の真っ只中にまで非日常空間が出現するのが魔法のよう。夏はダンス用のフロアがしつらえられて,熟年,老年の夫婦が生バンドに合わせてタンゴやワルツを上手に踊っていたりする。この日に備えて練習を重ねたかのように皆晴れやかである。このようなイベントと楽しみ方を見ていると実に街が生きているという感じがする。

ビラ・サレゴにて

9月X日――パラーディオと伊東豊雄
 ヴィチェンツァでパラーディオの作品展と伊東豊雄氏の個展を若い建築家のK嬢と見学。パラーディオのほうは写真と模型による主要作の展示。伊東氏のほうはバジリカを使った斬新な演出でK嬢はいたく感激,私は少々見疲れしてしまった。近くの,グラッパ(強い食後酒)発祥の地バッサノデルグラッパに寄り,パラーディオ作の屋根つきの橋を見る。ヴェローナからヴィチェンツァは30分,ちなみにここからはミラノ,ヴェネチアも1時間半で東京でいえば通勤圏。

9月X日――カンティーナとビラ・サレゴ
 大阪のチェリストとカンティーナ(ワイン醸造所)を訪ねる。友人の薦めで予備知識もなく行ってみると,なんとパラーディオ作のビラ,サレゴに隣接していた。いまは弁護士の所有とのことで残念ながら中は見られない。ヴェネト州には他にも彼のビラが幾つもあり,またパラーディオ風というのも多い。

カステルヴェッキオの外観

9月X日――サンディエゴ
 アメリカのテロ事件後やっと開通した便でサンディエゴ到着。荷物検査はさぞかし厳重と思いきや意外と今までとたいして代わらず,係員にナイフやはさみを持っているかと聞かれノンというとフリーパス。日本人で危なそうには見えないといっても重信房子の例もあるのに。今回の旅は知人が家を購入するのでコンサルタントを頼まれたため。雨が少なく気候温暖で建築家にとっては天国のよう。しかしあまりの自由さが災いしてか遊びが過ぎているものも多い。本来ここは砂漠のため新興住宅地には樹木がなく実に殺風景なので,街並みの整った20年から30年の中古住宅を薦める。サンディエゴ郊外は住宅建設ラッシュで丘の稜線に同じデザインの住宅が城壁のように建ち並ぶなど景観破壊がもの凄い。

10月X日――アパート探し
 いまアパートを移ろうと探しているところで,こちらの貸家事情について少々。家具なしと書いてあるとキッチンはただの空間で流し台から揃えなければならない。アパートは外から見るとただのビルでもたいていは中庭式になっていて,たまに車の出入りの際などに,街のど真中に広大な,中庭というよりも公園のような静謐なスペースを垣間見る。今日見たアパートは築200年くらいの建物内のひどい状態で自分で手を入れたらただで住めるというものであったが……。

カステルヴェッキオのインテリア

10月X日――カステルヴェッキオとスカルパ
 教会の鐘の音にいざなわれて近くを散歩。ここでの暮しは未熟な語学,未知の生活習慣にもかかわらずなぜかやすらぐ。時間の流れがゆったりとしており,例えば昼休みは2時間から3時間もあり家に帰って食事をして昼寝をしてからでも間に合う。ミラノではそうはいかないらしいが。また街を歩いていてネオン,派手な看板,突飛な建物,電信柱にくもの巣のような電線などを見かけないのもすがすがしい。マクドナルドもここでは街並みを優先している。バス通りが穴ぼこだらけでも,近くの小路を手作業で石を並べて復元しているという国である。ヴェローナは1150年くらいに大地震に見舞われそのときの瓦礫にのうえに新しい街が再生されたので,2メートル下にはローマ時代の街が埋っていて街のあちらこちらでその片鱗を見ることができる。カステルヴェッキオはこの地の当主の城であったが,スカルパがトータルに改修して今は博物館になっている。そのせいかヴェローナ市民はスカルパについてけっこう詳しい。

〈創成社建築設計事務所 在イタリア〉

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