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 JIA Bulletin 2014年3月号/覗いてみました他人の流儀

長沢 明氏に聞く
「代官山トラ」

丸山 幸弘
長沢 明氏
聞き手:Bulletin 編集委員

2011年に発表した作品「代官山トラ」が展示されている代官山T-SIGHTで話を伺いました。

■ 芸術を目指したきっかけ
 中学生の頃までは運動が好きでしたので、野球選手を夢見ていました。それを諦めてから、自分が皆に認められたりしているのは何かと考えたときに、絵を描いているときが主役になれていて、それが心地良いことに気がつきました。ただ当時はそれが職業には結びつかず、漠然と大学に進みたいと考えていた程度です。
 高校卒業・大学進学を控えて、さあどうしようかと思い、勉強ではなく本当に自分は何が好きなのかと考えたときに「絵」を選択していました。ただ高校の成績は散々たるものでしたので、3浪して東京藝術大学に合格しました。

■ 大学時代
 日本画科を選んだ理由は、日本画はスタイルを作って行くのではなくて、見たままを表現するので、基礎力をしっかり身に付けるには一番いいと思ったからです。それと、肌相的に油絵よりも日本画のしっとりとした色感、光沢の無い感じに惹かれていたということもあります。ただ、日本画の世界は割と閉鎖的なところがあり、先端の美術を追っている人達からするとやはり格好悪く見えていました。
 予備校時代に当時藝大生の村上隆さんに教わり、彼の精神やアーティストとしてのオーラをダイレクトに受け取っていました。自分の中では村上さんの影響が大きくて、保守的な事よりも前衛的な事を追っかけていました。ですので、学部では反発的な事をしていましたが、そのままで卒業するのは物足りないので大学院に進み、そこで初めて自分の表現を磨くことができました。
 大学院での研究は、もちろん絵画ですけど絵を描くと言うよりも、その支持体の「マチエル」の研究(絵肌を作る研究)をしていました。「マテリアル」の方が分かり易いかもしれません。
 絵で有りながら彫刻の様な感じのものを目指していました。具体的には、風化した石板みたいなものや、鉄板が錆びたみたいな平面を作るとか「質感」の強いものを作っていました。風化したもの、時にさらされて朽ちていくものに、何か自分の表現が引っ掛かり、その「はかなさ」がテーマとして今も続いています。

■ 社会に出て
 大学院をでてからは、日本画でなくてもよいので自分の力を試そうと、柏市のTAMON賞という現代美術のコンクールに出展しました。そこでグランプリを受賞し、ニューヨークの研修をすることができ、改めて日本を俯瞰して見ることができました。この当時の作品は、質感の強い抽象的なものでした。その後、抽象的なものは、普通の人には分かりづらい、もっと分かりやすいものを作りたいと思い、基本はものを描くことだろうと自分に問うて、素直に描いてみようとしました。しかし何を描いていいか分かりませんでした。何かを描くには意味やコンセプトが必要と考えてしまいますよね。そこで自分がテーマとして上げるものが全然浮かばずに苦しんでいました。

■ モチーフとしての「トラ」 
 表現手段として一番シンプルな絵を描きたいけれど、描くべきテーマが全然出来なくて悩んでいる時期に、(これは冗談みたいな事ですが)丁度、阪神タイガースの優勝シーンを見ていて、ふと「トラ」が浮かんできました。
 トラは昔から権威の象徴としてや、東洋の代表的モチーフとして描かれています。だったら巨匠達が描いてきたトラに挑んで、あえて自分が描くとしたら、どんなトラがでてくるのかすごく興味が湧いてきて、それで描いてみました。描いているとトラで表現していますが、実はそこにいる人間を投影している事に気がつきました。人間の様にユーモラスな表情や、虚勢を張っているけど寂しげな表情をしています。
 その後しばらくはモチーフとして描いていましたが、震災以降はクジラやトリが出てきています。クジラは震災の記憶として、「海の向こうの、とてつもない奴が水平線から立ち上がるイメージ」を残して置きたいと描いたのが最初です。それとは別に、気負わない、ちょっと幸福なイメージ、でもそれは儚いことの繰り返しみたいものをシンプルに描きたくて、そこから簡単なトリのフォルムがでてきました。トリにはキラキラした光源をばらまき、ハッピーオーラを振りまいています。
 普通絵を描く前にエスキースをしますが、自分の場合は紙を切って自立させたり、トラのマケットや木を組み合わせて立体模型を造ったりします。下書きをすると筆が効き過ぎて、無意識のうちに形を整えようとしてしまい、慣れすぎて新しいものが出てこない。あえて不自由なものや違う素材ですると、そこで新しい発見をする事ができます。不自由で、自分の意図した通りにできないものほど、シンプルでいいものが出てきます。

■「代官山トラ」
 ここの建物の計画時に、気軽に人が集まる感じで何かシンボリックなものを外に置きたいと話がありました。提案したトラのフォルムがユーモラスで親しみが沸きやすいのと、紙を切り抜いたようにものすごくシンプルで単純なので、それが立体として立ち現れるのがイメージしやすかった様です。確かに自分でも紙で立体を作っていたので直ぐにでも作品ができると思っていました。
 最初は鉄むき出しで考えていましたが、雨が降ると足元が錆で茶色に汚れてしまう心配がでました。塗装で仕上げると人工的な感じがするのではと思いましたが、形がよければ見る人にとっては全く気にする事ではないので、あえてそれを受け入れてみました。ただ、真っ黒ではなく鉄を思わせるような色にはしました。そこはドッグランになる事は聞いていたので、犬たちがオシッコをしても構わない様にしています。
 製作で苦労したのは、存在感を出すためにできるだけ大きくし、鉄板の厚さも4cm以上としたので、その曲げ加工ができる工場が関西にしかなくて、それは大変でした。あれだけ厚い鉄がねじ曲がっているのに、もの凄く単純なフォルムで立っているというギャップが面白くありませんか。
 作品は屋外での立体ですが、考えている事は絵(二次元)でしている事と同じです。絵は一方向から見ている様ですが、描くときに三次元を想定していて、そのレイヤを重ねている感覚があり結果としてそれが平面に見えています。実は斜め横や後ろからや、本来見えないところのイメージが自分の中にあり最終的に一面を表現しています。この多角的に見るのはマケットを作る事から始めるので出来ていることかもしれません。
 今回初めて製作が自分の手から離れて鉄工所などに任せたので、そこで自分が直接できないもどかしさを体験しました。ちょっとしたニュアンス、感覚的なことですが伝えきれませんでした。でも最終的には自分の思い通りのものができています。
 作品が大きくなると仕方がないことですが、やはり、自分の手で最後までやりたいですね。



代官山トラ 2011年 4m(H) x 6m(W) 鉄板(厚さ40mm )


■ 日本画ワークショップ 
 日本画は何かかしこまって古くさいイメージがありますよね。でも本当は日本人の感性にダイレクトに訴えかけてきますし、良いところも沢山あります。
 今は大学で教えていますが、もっと日本画を知ってもらうために、全国の高校でワークショップや出前授業をしています。先日も松戸市の高校で「日本画?」という生徒達に、最近のタッチパネルで準備した資料で、「琳派って知ってる?」「すっごいカッコイイ絵描き達がいたんだよ!」と話をしました。生徒達の反応は悪くなく、今の子供たちが興味を持っていることと結びつけて話をしたりして、ファッションなどもさかのぼると琳派から影響されているとか、分かりやすい方向から整合性を持って日本画を伝えていく様に話しています。
 この活動で一人でも多く興味を持って貰えればと思いますし、日本画の世界に飛び込んできれくれればと思います。

■ 創作環境の変化
 現在大学で教えていますが、自分なりに気をつけていることがあり、それは教育者にならない様にと思ってしています。教育者は、世に対して貢献できる人を輩出していかなければなりません。それが出来る学生達を育てるのが教育プログラムです。コミュニケーション能力があり、地域・社会に還元できる考え方がしっかりと持ち、それをアートの力で行う、と言ってしまうとその様な事です。そればかりをしようとしていると、本来表現で必要な人間が持っている本性というか、本質的な所が出にくいですよね。あまり世の中に対して正義過ぎると、聞こえはいいが生身の人間として共鳴できるものが削ぎ落とされる気がします。
 大学の教育は良い人を輩出したがっていますが、作家を育てるとしたらそれがベストだとは思いません。絵を描いていながらも就職する、社会に出ての職業を何にすると定めることは大事なことなので、そこは否定しないけど、何かそのために失っている事も大きいぞと学生達に気付かせたくて、自分は教育者側では無く、むしろそちら側に対し反発・否定する立ち位置にいたいと思っています。
 やはり自分の軸は「作家」で、作品をつくっていくことです。



The Big Man 2011年
2760x5500mm パネルに寒冷紗、土、石膏、岩絵具、箔



The Sea Mountain 2011年
3660x2760mm パネルに寒冷紗、土、石膏、岩絵具


■ インタビューを終えて
 インタビュー後、中庭の作品を前に製作時の話を思い出しながらみると、改めて鉄板の曲がり具合に感心しました。夏に訪れたときは木陰にたたずむ様なトラが、冬の光を受けて落葉した枝影が、ちょうど虎柄の様に見え、季節でいろいろな表情が楽しめそうです。この作品をきっかけに立体作品も準備中と伺いました。これからの展開が楽しみです。

〈聞き手:市村宏文、杉山英知、八田雅章〉

 

 

■長沢 明(ながさわ あきら)氏プロフィール

 

1967年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程日本画専攻修了
      第5回柏市文化フォーラム104大賞展TAMON賞「大賞」
      ニューヨーク研修
1997年 五島記念文化賞「美術新人賞」、ロンドン研修
2004年 平成15年度文化庁買上優秀美術作品に選定 
2006年 MOTアニュアル2006 No Border
     「日本画」から/「日本画」へ (東京都現代美術館)
     第3回日経日本画大賞展入選(ニューオータニ美術館)
2008年 第16回MOA岡田茂吉賞「優秀賞」
      第4回日経日本画大賞展入選(ニューオータニ美術館)
2011年 「代官山トラ」(蔦屋書店パーマネントコレクション)
2012年 第5回日経日本画大賞展入選(上野の森美術館)
現在 東北芸術工科大学芸術学部美術科 教授


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