読者の皆さんは、環境心理学という言葉を聞いたことがあるだろうか。「環境心理学とは人間と環境を一つの系(システム)として捉える実証科学である」と定義される学問の領域である。心理学の一領域と捉えることもできるが、実際には心理学者だけではなく、他領域の研究者も多く加わっており、建築学者も多数この領域には参加している。
環境心理学は1960年代に、いろいろな国で平行して成立したものであるが、日本やイギリスでは、主に建築心理学の役割として出発していたといっていい。日本では1961年に小林重順氏が『建築心理入門』を出版しているが、それは、日本で最初に環境心理という名前が付いた書籍である『環境心理とは何か』(カンター・乾、1972)に約10年先行していた。その後も、建築学者による環境心理学的な研究は、日本の環境心理学の主流を成しているといってもいい。このように、あまり馴染みのない領域かもしれないが、環境心理学と建築学の関係は深い。
しかし、環境心理学などということを持ち出さなくとも、建築学には人間の要素を検討する領域がすでに存在している。(建築)環境工学における評価や測定の基準は、「人間」の生理・身体機能や能力に基づくものであるし、建築計画とは、「人間」の行動や「心理」に適した建築を作り出すための領域である。また、こんな特定の領域のことを言わなくとも、そもそも、すべての「建築」は、広い意味では、人間が使用するものであるのだから、人間の要素を検討することは、あらかじめ建築学、あるいは「建築」の中の重要な要素であることは言うまでもないのである。
それでは、環境心理学は、建築に対してどのような貢献が出来るのであろうか。建築学者が行なっている環境心理学的研究は、主として環境工学や建築計画の延長上にあり、建築実務を確実に視野に入れ、既存の問題の解決を最終的な目的として研究を進めている。ここでの、貢献は実際にデータを取ってそれを分析する実証性にあると思われる。理念や経験則、あるいは理論のみに頼らない、実際に確かめられた事実や法則を見出し、建築実務において効果的な方法の提案が行なわれている。一方、心理学系の環境心理学の研究は、建築の実務からは距離がある場合もあり、すぐには建築の実務には役に立たないように見える研究もある。たとえば、心理学系の環境心理学の研究は、建築を含む環境が、人間にどんな形の影響を与えるかだけではなく、「どのように影響するか」という、人間の中の心理的な処理の機能を重視している。こうした立場の研究は、環境と人間の関係の一般的な法則を検討する傾向があり、ある特定の環境が人間に対して、どんな効果をもたらすかの具体的な情報を与えてくれないように見えることがある。しかし、こうした「心のなかの過程」を重視した、環境と人間の関係の機能の解明は、環境工学や建築計画の基礎的な知見をもたらすことはもとより、建築実務、あるいは建築家に対して、建築における人間の要素の重要性を改めて再確認させ、建築と人間の関係の理解を進めてくれると思われる。こうした心理学的な事実や知識は、人間について考える建築家に、あらためて建築を考えるための「ヒント」や「種」となるだろう。
そうした「ヒント」や「種」の例としては、地域との関係を築き、地域社会の結束を高めることで地域活動や近隣防犯活動などの地域活動を活発化させるなどの機能を果たす「場所愛着」や、そこにいることで安心できる場所、くつろげる場所、ありのままの自分でいることができる場所、さらにはそこにいることが他者に受容・承認される、居てもいい場所という意味での「居場所」などが挙げられるだろう。また、自然のもつ性質を利用した癒しの空間の成立条件なども提唱されている。ここで挙げた例以外にも環境心理学には建築のための多くのヒントがたくさん存在するはずである。ぜひ建築家の皆さんには環境心理学に興味をもち、役立てていただきたいと思う。
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