木の学舎である岐阜県立森林文化アカデミー
森林面積が国土のおよそ64%を占める日本。緑の列島と呼んでいい森林の国である。各地の林業地を廻れば、林業の衰退はあるものの、森や木から学ぶ暮らしの知恵を、今も山の人々から聞くことができる。
岐阜県立森林文化アカデミー(以下、アカデミー)は、その森林が、日本人に大きな影響を及ぼし形作られた森林の文化を、科学的に検証分析し現代の社会に復権させること、そしてそれを持続可能な社会の再構築につなげることを目標とし、さらに地域での実践を目指したコミュニティーカレッジとして2001年に開学した。
演習林を含めるとおよそ40ヘクタールの敷地に建つ校舎群は、建築家、北川原温氏の設計である。この建築は国内外で高く評価され、数々の賞を受賞している。総学生数80名、教職員を入れても120人にも満たない小さな学校。質の高い木造建築の中にいる私達は、本当に恵まれた環境で学んでいる。[写真1、2]
1−学生の活動の場になるウッドデッキ |
2−森の情報センターの樹状立体
トラスでつくられた軒下 |
この学校には、林業、里山、環境教育、木工と、専門分野があるが、筆者が教鞭をとっているのは木造建築(木造建築スタジオ)である。私達にとってこの木造建築群は、様々な意味で、生きた実物大の教材であり、それを生かした教育プログラムを実践している。これら学校施設の一部を、毎年学生達が自力建設するという教育プログラムを実施し、外部からも高い評価を頂いた。
ここでは、そのほかの取り組みとして、「木造建築病理学」講座を紹介したい。
さてこの学舎であるが、開学当初、管理側である事務局サイド(岐阜県)では、これだけの木材が露出され使用されていることに対し、メンテナンスにかかるランニングコスト、また木材腐朽による数々の不具合、ひいては安全性など、多くの課題を提示した。学内に木造建築スタジオという研究室があるからには、その疑問や課題が我々に投げかけられるのも無理からぬことである。そこで、この学校の木造建築群を生きた教材としてとらえ、経年変化を観察しメンテナンスの方法やその実施を学生と共に進めていく教育手法方針をたて、開学数年後からカリキュラムの中に、建物のメンテナンス実習が組み込まれていくことになった。[写真3、4]

3−実習風景―
―腐朽したデッキ材を取り替える |
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4−そのあと塗装を施す |
重要伝統的建造物群保存地区
「うだつの上がる町並み」のある美濃市
一方、アカデミーは岐阜県の長良川中流沿いにある美濃市に位置している。美濃市は手漉き和紙で知られ古くから山村と都市との中継地点であった。また美濃市には紙産業で豊かであった時代に整備された古い町並みがある。当時防災をテーマにしたその町並みは、現在「うだつのあがる町並み」として重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。[写真5]
このような下地のあるこの地域において、地域住民は古い建物を「残す」「住み継ぐ」という意識が高い。地域の方々との交流が生まれ始めた開学の翌年くらいから、既存住宅の改修の相談を受けるようになってきた。[写真6]

5−美濃市、うだつのあがる町並みの風景
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6−改修を依頼された美濃市内の住宅。
改修工事の様子 |
私達、木造建築スタジオでは、改修を行なう上での詳細な調査を重視することを主張し、その詳細調査方法や改修技術について研究を続けてきた。そんな時に、関東学院大学の中島正夫教授が紹介するイギリスの「建築病理学」という学問分野について知ることになった。「建築病理学」とは既存建物の不具合や劣化を調査診断して、適切な保存方法や補修方法を提案する上で重要な役割を果たしている学問分野である。イギリスではストック住宅の診断業務がビジネスとして十分成熟しているために、建物が長寿命であるイギリスでは当然、診断資格もあり、多くの大学で建築病理学講座が開設されているとのことである。
アカデミーの「木造建築病理学」講座
アカデミーの位置するこの地域の特性だけでなく、環境負荷の視点からも長寿命住宅の実現は重要な課題である。人にたとえれば丈夫な子ども生む「新築」だけが議論され、病気を治療し長生きさせる「改修」の体系的な技術や手法が教育の現場に存在しないという問題がある。また、耐震性能においても、省エネ性能においても、建築基準法や、省エネルギー基準に満たない住宅が大半を占める日本のストック住宅の現状を見れば、既存建物の詳細調査および診断技術、そして改修技術の教育プログラムの開発が急務であるといえるだろう。[図表1]
そこで、中島正夫先生監修のもと、2006年より、アカデミーでは「木造建築病理学」講座を開設、2年間の課程でこの講座の修了証を与えることになっている。
木造建築病理学は、講義と実習で構成されている。実習は詳細調査と報告書作成であるが、その方法を解説する講義も用意され、調査方法、調査機器の取り扱いの説明や演習を行なった上で実習に臨むことになる。詳細調査を行ない、診断報告書を作成提出し、住まい手にそれを理解していただけるように診断書の解説を行なうことも、実習に含まれている。[図表2]
診断後の改修計画、改修工事監理は、地域プロジェクトでの取り組みに移行し、木造建築病理学講座の講義ではそれら地域プロジェクトでの実際の改修工事おいての改修手法開発が、さらに講義や実習にフィードバックされることになる。[写真7、8、9]

7−木造建築病理学実習―
―詳細調査で床下にもぐる |

8−小屋裏の調査 |
9−常時微動計測の様子 |
これらの講座を修了したアカデミー卒業生が、これから発生するだろう既存建物の詳細調査と診断、改修方法の提案を望む消費者に応えて、新たなビジネスとして活用、展開していってくれることを期待している。
地域が求める人材を地域に送り出すこと。それが地域に存在するコミュニティーカレッジの存在意義ではないだろうか。
まさにアカデミーはそれを目指し、日々進化している、そんな小さな学校である。

図1 |

図2 |
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