JIA Bulletin 2008年2月号/建築の向うから
光のかたち 田原桂一氏
写真家
田原桂一氏

11才の歳、広島に残された原爆ドームの石の壁面に焼き付けられた人の影を観た時から、僕の光への旅が始まったように思える。その時に感じた光に対する畏怖は、原爆そのものに対する驚異以上に光がもたらす途方もないエネルギーだった。それは全ての始まりであり、そして全ての終焉、何か光が存在の根源であるかのように想えたのだろう。9才の時、小児腎盂炎を患い8ケ月の間、病院の白い部屋でただただ壁に移ろう光だけを見つめて過ごしたこと。それよりもっと以前、祖父に連れられて北山の杉林の中を歩き回ったときに、足元が覚束なくなるぐらいに不安にさせられた、刻一刻と変化する木漏れ陽の不思議さ。それらの記憶や体験が、原爆ドームの壁面を眼の前にした時に、ある一点に向かって集束されていくような感覚があった。光をつかみとりたい。この手の中に確たるものとして持ってみたいと願った。
 光への執着。この拘りは一体何処に、そして何に起因するものなのか。自分のことながら不思議に思うことがある。以前は、ただやみくもに光との出会いの感動の中で作品を創ってきた。
 我々人間の歴史は、まさに光によって刻印された時間が幾層にも積み重なった大地の中の地層のようだ。切断された堆積岩の層のなかには、光の記憶が、そして時間の痕跡がはっきりと記されているように。
 その地層の積み重なりの表層のほんの僅かな一部分に我々は漂っている。様々な文化は五千年の歳月の中で混じり合いをくりかえしながら、その土地土地の空気、光、時を吸い込んで、土のなかへ溶け込んでいった。
 歴史を過去を振り返れば、その溶け込んだものたちの足跡を辿ることが出来る。
 しかし、今、現在進行しつつある僕自身の内部での変容をどう捉えればよいのか。アジアとヨーロッパの間で漂っている一個人の感覚や知覚そして心や思考がどのように変化し、いったい何処へ溶け込んでいってしまうのだろうか。
 三十年以上もまえにヨーロッパで出会った光は、それ以前に慣れ親しんだ日本の光とはあまりにもかけ離れていた。透明な紺碧の空の色は、宇宙の闇にそのまま繋がっているように感じられた。白く包み込むような日本の光が、わずか十六時間の空の旅で刺すような鋭い光にかわっていた。


ECLAT(エクラ)

EGYPT(エジプト)


 この夥しい環境の変化に魅せられながらも、しかし、そのヨーロッパの光に慣れるまでにはかなりの時間が必要だった。身体に光が刻み込まれ堆積してゆく身体的な時間が必要だった。その過程のなかで以前に慣れ親しんだ日本の光が、やがて痕跡となり、そして記憶と化していく。
 古い記憶に、新しい光が降り積もって新たな痕跡の層を作りあげる。
 人間としての記憶、家族としての記憶、個人の記憶、それらが渾然として僕の中に堆積している。それは、ガラス板を積み重ねたように透明なものとして、或いは堆積岩のように砕かないと分からないような塊としてある。その記憶の堆積層の中を、いつも彷徨っている自分自身を視てしまう。そして、その記憶の断片には何時も某かのかたちで光が介在している。

エジプトの遺跡の中を歩き回りながら、何故か子供の頃の記憶が次々に甦っていった。三千年、四千年も以前の人間の記憶が、僅か数十年前のちっぽけな僕個人の記憶を呼び戻したのだろうか。エジプトの七月の襲い掛かるような太陽の光の中、光によって人が刻んだ歴史を、そして人が光を様々な神々として刻んだ物語を記憶した石群が僕を取り囲んでいる。カルナック神殿の134本の列柱に刻み込められた、光から生まれた自然界に宿る様々な神々とファラオの儀式。「在りて在らざる者」とは光を表わすことなのか、あるいは神々を表すことなのか。


FENETRE(窓)

 この地を訪れることが僕の子供の頃からの夢だった。砂と水と光が交錯する場に築かれた何千年にも及ぶ人類の広大な記憶の中に、この身体を置いてみたかった。その願いは裏切られるどころか、僕の夢をはるかに圧倒する力をもって目の前に拡がっていた。40度をはるかにこす熱さと、乾ききった空気は、光の中でじっとしていると、この身体をこのままミイラにしてしまうかのようだ。「死の谷」の圧倒的な光の量。白い岩肌が屏風のように立塞がり、照り付ける太陽を反射させ、さらに倍増させる。被いかぶさってくるような、こんな大量の光をいまだかつて体験したことがない。太陽は神だ、と思ってしまう。人々は地下深く闇の中に永遠の住み処を築かざるを得なかったのか。あるいは、闇に新たな命の源を見出そうとしたのか。そこには絶大な光の意志と欲望が感じ取れる。光によって強奪された命は、宇宙の闇に似せた石造物の奥深い空間の中に未来への夢を託そうとしたのだろう。
 岩を切り、積み上げ、そして刻み込まれた様々な人の願いの痕跡は、想像を絶する完成度をもって、五千年後の今も、ここにある。石に刻まれたこれらの物語は、光が石に記憶させた人類の記録なのだろうと想ってしまいたくなる。
 光によって支配され、水に救いの願いを託し、砂によって護られた人々は、高度な精神性と技術を共有することで、ある一つの高みの頂点にまで登り詰めてしまったのであろう。
 太陽が沈むころ、砂漠がナイル河に流れ込む岸辺へ散策に出掛けるのがいつの間にか毎日の習慣になってしまった。西の空があかみをまし、東から紺碧の闇が静かにその領土を広げていく。昼の灼熱がまだ冷めやらぬ空気に、砂のつめたさが背中に心地よい。幾つかの流れ星が天空を横切っていくまでのしばらくの時間を砂の上に身体を横たえて過ごすうちに、昼と夜のこの途方もない光と闇のコントラストがこの国をいまだに支配している事に気が付いた。そして闇もまた光なのではないかと言う確信に近い想いにとらわれる。

光のかたちとは、宇宙の星のように点から線になりそして面となり塊となってまた点へと戻っていく連綿とした時間の流れの中にのみ在るのだろうか。


〈写真家〉