JIA Bulletin 200510月号/まちづくり


「おだわら千年蔵構想」による
中心市街地の再生
内藤 英治
1. 中心市街地の崩壊とその再生に向けて

 近年、中心市街地の再生は、先進主要国共通の課題となってきました。
 米国では、「歴史保存による再生」をキーワードにしたメインストリートプログラム※1が、英国では、「公民協働による再生」を基本とするBID※2などが新しい手法として中心市街地の再生に大きな成果をあげています。
 このように中心市街地の再生は、商業的活性化策だけで勝負するのではなく、公民協働で、文化性やライフスタイル、歴史や土地に根ざしたストーリー※3を掘り起こし、地域固有の付加価値「…らしさ」を自己主張すべき時代に突入しています。
 小田原市は、神奈川県西部に位置する人口約20万人の中核的都市で、千年以上の歴史があります。
 同市は、ここ10年の間に、郊外に約13万m2の大型店が新規開業し、中心市街地の商業年間販売額は半減しています。
 このような動きの中で、小田原市政策総合研究所※4のOBが結成したNPO法人小田原まちづくり応援団では、「おだわら千年蔵構想」によって「小田原らしさ」を自己主張したまちづくりを展開しています。

2. 「なりわい交流」のまち小田原

 小田原は、自然、歴史、文化、産業に恵まれ、交通の要衝として千年以上「交流」をはぐくみ発展してきました。平安時代にはすでに西方との交流があり、都市が形づくられていました。400年前、我が国の大動脈として東海道に宿駅が制定されたことをきっかけとして、小田原のまちには人々が頻繁に行き交い、ものづくりが生まれ、交流が活発になり、文化が育まれてきました。
 小田原は有数の「なりわい産業」の発祥地として知られ、そこには、日本を代表する企業が発展してきました。
例えば、梅干し、酒造り、蒲鉾、塩、干物、薬、鰹節、鰤定置網漁、石材、寄木細工、小田原提灯、駅弁などです。
 このように、小田原にはものづくりに支えられた「なりわい産業」と小田原を往来する人々との「交流」による「なりわい交流」の歴史が千年以上にわたって、はぐくまれてきました。小田原は、まさに、活気あふれる「なりわい交流の舞台」だったのです。

3. 「おだわら千年蔵構想」とは?

 小田原には、千年間に蓄積された「なりわい交流」の資産が、あたかも「蔵」の中にある宝物のように豊富に残されています。なかでも、旧東海道周辺には、無数の資産とさまざまなストーリーがあり、まちづくりのヒントや先人たちの「なりわい交流」のノウハウが蓄積されています。
 しかし、その資産も時代とともにまちの中に埋もれ、輝きが衰え、人々がその価値を発見することができない「お蔵入り」といわれるような状態になっています。
 そこで、同研究所は、このような小田原の中心市街地が置かれている状況を「蔵」に見立て、「千年蔵」という新しい概念を作りました。
 そして、「おだわら千年蔵構想(ミレニアムアーカイブ)」とネーミングし、旧東海道周辺のまちを起点として、蔵の扉を開き、まちづくりの活性化プロジェクトによって、新たな風を起こそうと考えました。
 「おだわら千年蔵構想」とは、千年の間に蓄積した「なりわい交流」を再度、掘り起こし、溜まった埃を掃い、時代へのマッチングという虫干しを行い、本物のストーリーで新たな都市を再生するまちづくりです。

4. 「おだわら千年蔵構想」による中心市街地の再生

「おだわら千年蔵構想」の中で提案したまちづくりプロジェクトがいくつか完成し、新しい風となっていますので、少し紹介します。

4−1 小田原宿なりわい交流館(旧井上商店)
 この建物は、旧魚網店であり、旧魚市場入口と旧東海道の交差部である本町にあります。昭和7年の商家建築で、いわゆる出桁造りがひときわ人目を引いています。外見は和風でありながら、木造トラス構造を用いるなどユニークな建物です。前建物が大正12年の関東大震災で倒壊したため、二度と同じ過ちは繰り返すまいと当時としては珍しいアンカーボルト、多種多様の箱金物、鉄骨トラス(漆喰壁内部に隠されています)が使われ、商人である施主の災害に対する強い意志を感じずにはいられない建物です。
 現在は、この付近に立地する「海のなりわい」の施設(干物店、かまぼこ店、鰹節店など)を案内する「なりわい交流の文化的拠点」として利用されています。いわゆるコンバージョン施設です。



4−2 小田原街かど博物館
 街かど博物館は、ものづくりを介した人と人とのつながりの場(店)、つまり「なりわい交流の場」です。そこで実際に体験し、達人に触れることで、「なりわい文化」を直に体験することができます。
 現在、梅干し、蒲鉾、干物、薬、鰹節、寄木細工、木象嵌、和菓子、漆器、茶、陶器、呉服、豆腐など老舗の15館が指定されています。

5. 都市の本質を解きほぐし、新たな都市を再生

 これからは、世界的な「交流の時代」になると予測されています。グローバリゼーションの時代に、個性を失ったまちは生き残れません。人々は、魅力的な個性を備えた地域を高く評価し、豊かな自然のなかで、それぞれの望む暮らしを実現できるような地域を志向するようになっています。「交流の時代」とは、人々の動きがまちの活力源となる時代です。人々の交流を促すためには、人生の幅広い選択肢を地域が提供することです。「交流の時代」のまちづくりは、その地域ならではの個性を磨き、その魅力ある情報を発信することで、人々が集い、その交流を通して地域に活力を生み出すことです。
 小田原には、自然、歴史、交通が創り出した人々の動きがまちの活力源となってきた「なりわい交流・千年の歴史」が都市の本質としてあります。
NPO法人小田原まちづくり応援団では、平成17年度、都市再生モデル調査※5の選定を受け、メインストリートプログラムの社会実験を実施します。これは、前段でも述べたとおり、米国で大きな成果を上げている都市再生の手法で、「歴史保存による再生」をキーワードに歴史や土地に根ざしたストーリーを掘り起こし、都市の本質を自己主張するまちづくりです。
 まちづくりをするためには、まちに昔からある文化の仕掛け、見え隠れする仕組みのルール、つまり「都市の本質」を見つけることが大切です。
 これからの中心市街地の再生は、「歴史保存による再生」をキーワードに、これまでの都市の本質をいったん解きほぐし、時代にマッチした要素を注入し、新たな都市そのものを再生しなければなりません。
 「交流の時代」にふさわしい本物志向の演出こそが、今、中心市街地の再生に求められているのではないでしょうか。

※1−米国ナショナルトラストによるMain Street Program
※2−Business Improvement District
※3−ストーリーとは、ライフスタイルや時間消費のありようを明示すること
※4−小田原市の自治体版シンクタンク
※5−内閣に設置された都市再生本部による調査

 

〈パサージュ都市研究所(元小田原市政策総合研究所上席研究員)〉





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