| JIA Bulletin 2004年10月号/建築家の仕事 | |||||||
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新たなコンペ案の締切り日すぐ翌日に、次々と中国でのコンペ入賞を果たしている川口衞氏の事務所を訪問、 インタビューしました。 中国建築事情 |
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| 取材:広報委員会(聞き手:櫻田修三/文責:寺本晰子) | |||||||
天津博物館
建設会社 向こうの建設業者には、法律が定めるグレードがあるわけです。日本の大手が行って店を開いても、向こうの法律が厳しくて、要求される資格を取るのはまず不可能。中国で何千人という人を常時雇っていて、実績や売り上げがどのくらいあってと、そんなに簡単には達成できない条件です。日本の建設会社の多くは、現地法人は持っていますが、実際に向こうの政府が発注するような仕事をこなしているわけではない。小さなものや、日本企業の建物は、やっています。 コンクリートの工事 ものを作るという意味では、コンクリートに関しては中国の施工業者が作るものは遜色ない。日本の悪名高いしゃぶコンはあまり中国では無い。打ち上りも緻密な、いいコンクリートが多いですね。永いこと、鉄は高いから使うなということで政府が指導してきた時期があって、その代り、たいていのものは鉄筋コンクリートで作っちゃう、だから設計者も業者も鉄筋コンクリートには慣れている。 打ち放しをやってくれというと、経験がほとんどないので、かなり緊張して、日本へ見学に来るという。今、来てもらっても、これこそ打ち放しコンクリートだと威張って見せることができる作品が今の日本にはあまりない。しょうがないけどいくつか見せると、彼らはとたんに楽になって、こんな程度でよいなら難しくはないと、大いに自信をもって帰る。そして、厚い木の型枠、固めのコンクリートを使って、これでどうだ、見てくれというんです。コンクリートの技術としての自信はあるけれど、打ち放しの仕上がりについてはまだ判断できないから、見てくれというんですね。結構良いんです。少々目立つジャンカやブリージングを指摘すると、その部材を全部壊してやり直す。 博物館のかなり大きな一本の柱ですが、3回くらい、壊してやり直している。まだ強度のでないうちですから割合簡単に壊れますが……。そうした熱心な業者にめぐり合えると、日本の施工業者よりもいいものができる場合もあります。 鉄骨造―課題 問題があるのはコンクリート以外の材料、特に鉄骨です。中国ではかなりの期間、鉄骨構造を自分たちでつくっていなかった。どうしていたかというと、日本やアメリカが、上海などに出掛けていって、日本なら、日本の鉄を持っていって、つくることをしていた。その間に、下請けとしてあるいはファブリケーターとして育った中国企業が、今はしっかりした実力を持っている。 鉄骨造の設計者がいない! 気が付いてみたら中国の粗鋼生産量が世界一になっていた。いまや鉄を制限する必要は何もない、使え使えと政府がいう。困ったのは、設計者がいないということ。育ってない。構造といえばコンクリートだということで、構造設計者は教育されてきましたから、急に鉄骨を設計しろといわれてもどうしていいかわからない。この状況は今でも続いている。 設計工程 設計段階は3つに分けられ、最初が方案設計といって、基本計画から基本設計までくらいで、コンペ案のフェーズに相当します。次が初歩設計、最後が施工図設計となります。 設計図は最後にスタンプ、設計した会社のスタンプがいるわけです。それではじめて図面は公に効力を持つ。そのスタンプを押す資格ですが、これまた、さっきのゼネコンと同じで、外国の設計事務所がいくらがんばっても取れない条件が立ちはだかっている。 設計研究院 現地の設計院というのがあるわけですね。もともとはみんな国立だったんですね。現在は民営化されてますが、未だに、仕事は国とか市からくる仕組みになっている。また先程の資格の問題があるから外国人設計者は、少なくとも施行図段階は、現地設計院に任せなければならないんですね。けれども、コンクリートですと、彼らはちゃんと施工図設計まで描く能力があるのですが、鉄骨は力がないから描けない。今一番苦労が多いのはこの辺で、設計院もなるべく一生懸命やろうとするんだけど、力がないから、我々が出した初歩設計段階の図面をそのままコピーしてスタンプだけ押して出す。現在、鉄骨についてはそういう状況です。 施工図 面食らうのは、施工図設計で、「その図面通りに作れば建物は出来る」という考え方。これは、日本の土木がまさにそうなんですね。つまり、「設計図」とは何かというと、その通り作ったら「物」ができる図面でなければだめ。ですからうまくいかなかったとき「これは設計図に描いてなかった」ということで、業者がまず責任を免れようとするケースが非常に多いですね。 日本でも、土木のコンサルタントはあまり新しいことはやらない。新しいことをやろうとするとそれはコンサルタント(設計者)がやるんでなくて、発注者側の技術者がやる。あるいは、明石海峡大橋みたいなものをつくろうとすると、そのための公団をつくって、そこに優秀な技術者を集めて、大事なことは全部そこで考える。実際にそれを図面に描いたり計算をしたりするような人たちは、言われた通りやる。その通りつくれば造れる図面を描くわけです。 土木―図面の納品 土木の設計者は、土木の世界ではコンサルタントと呼ばれる。僕らが使わない言葉で、彼らが使う「納品」という言葉がある。計算書と図面を発注者に納品して自分の仕事は終わる。それがその後どういうふうに作られるかは知る必要がない。 建築―図面は、最後まで設計者のもの ところが日本の建築の体質ってそうではなくて、常に新しいことをやるのは設計者で、その場合、新しい物をつくるという努力がいつまで続くのかというと、建物が完成するまで続く。だから現場が始まっても、変えたほうがいいところはどんどん変えながらやっていく。図面は、じゃあなんだと言うと、それは物を作る手段であって、誰かに納品するようなものではない。工事に支障をきたさない限り、よりよい建築を作るための設計変更はするし、施工方法に合わせて、つくりやすくするための変更も行う。図面というのは、最後まで設計者のものであって、どこにそれを納品するとかいうものではない。自分が考えたとおりに物ができるかできないかの判断は、設計者がやる。これは当然、設計者が監理しないと意味がないですね。建築の場合は、現場が始まっても図面を描くつもりでいますから。 中国での監理 中国での監理は微妙なところがありまして、中国自身が、しっかりした工事の歴史をあまり持っていない。 中国は施主も経済観念がしっかりしてますから、設計者が施工段階でもサービスをする責任があると、「サービス」という言葉を使う。 監理に対する考え方は彼らなりにあるのですが、イギリス風の考え方というか、書類で残していくタイプの管理会社というものを雇うわけです。どういうことをやるかというと、各段階でそろってなくてはいけない書類をちゃんとそろえる。例えば、ファブリケーターが鉄を買ったときのミルシート、そこには、納入された鉄の化学成分や強さなどの試験成績がいろいろ書いてある。それから溶接は、溶接部に関して何割の試験をやるか、試験は超音波探傷であったり、エックス線検査であったりするわけですが、それがちゃんと行われたという証明の書類をそろえる。これらは、何かというと、もし何かあったとき、保険会社と施主が遅滞なく交渉できるための、裏づけを作るわけです。これが彼らが考えている「管理」です。ですから、今つくっているものを、その瞬間瞬間に、よりよくつくらせるというための「監理」ではない。 特に日本から向こうへ行って、いいものをつくろうとすれば、監理料ゼロという厳しい条件の下でも、ちゃんと監理しないと、満足できるものはできない。
中国に出している天津川口事務所は、構造だけではないので、いろんな国際コンペがあると、独自で受ける場合と、どなたか建築家と組んでやる場合とがあります。「天津慈海橋」は独自に応募した例です。これは元来「橋梁」のコンペで、観覧車などは要求に入っていなかった。しかし、両者は構造的に共通の部分を持っているので、両者をドッキングさせてみたのです。観覧車の直径は140mです(写真2→)。横浜の観覧車は110mぐらい、今、世界で一番大きいのがロンドン・アイで135m。慈海橋は来年には形状が見えてくると思います。 デザインが熟成した日本では、現在、建築の表現が単純でなくなってきている。料理も飽食の今、味にもいろいろな評価があり、末梢的な議論をし始めている。料理も建築も、かつては未熟でも健康的で、直截、明快な議論が可能だった。 中国では、今も議論は直截簡明で、2008年オリンピックにむけて、加速しています。 外国人建築家に求められる節度 オリンピックと言えば、現在、北京市民の間で話題の中心になっている建築は、北京オリンピックのための、通称「鳥の巣体育館」(正式名称は「国家体育場」)でしょう。技術、経済性、工期の面から見て、とてもオリンピックに間に合いそうにない、という関係者の公式、非公式の見解が流れて、議論を呼んでいるのです。現在、この国際コンペ当選案を良く言う中国人は一人もいないという雰囲気です。中には敵意に近い感情をあらわにして批判する人もいる。できそうにもない設計案を中国で試そうとしているという、つまり植民地建築の実験場にされることへの怒りをぶつけているのです。
私も北京市計画委員会が公表したコンペ案を見ましたが、「鳥の巣」案は二つの点で基本的な間違いを犯していると思います。ひとつは技術的な判断のミスです。長径300mを超える大スパン屋根を、構造的に最も能率の悪いラーメン構造で構成しようとしている(写真3)。 これは、大変な材料の無駄使いです。省資源、省エネルギーを目指す21世紀のオリンピックを象徴する建築として、この無神経な浪費性は甚だ不適切だと思います。浪費を強いられる中国側が怒るのも、もっともでしょう。もうひとつは、表現の不まじめさだと思います。断面図を見ると
「鳥の巣」事件は、中国で仕事をしたいと考える外国人建築家全体に対する警鐘だと思います。10年後、20年後に振り返って、なぜこんなに馬鹿げた建築をつくったのかと言われることのないよう、まじめで節度のあるデザインを心がけるべきだと思います。
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