JIA Bulletin 2015年11月号/覗いてみました他人の流儀

鳥越けい子氏に聞く
都市の見えない資源を探り発信する
「サウンドスケープ・デザイン」

鳥越 けい子

鳥越 けい子氏
聞き手:Bulletin編集委員


■「サウンドスケープ」との出会いをお聞かせください。
 私は大学学部時代、東京藝術大学の音楽学部「楽理科」に在籍して「音楽学」を学びました。芸大では「

音楽」といえば西洋のクラシック音楽が中心でしたが、当時の教授陣には民族音楽学では小泉文夫先生という当時新進気鋭の音楽学者がいらして、地球上に存在する多様な音楽文化を紹介してくださいました。また現代音楽の領域では「音楽とは音である。コンサートホールの内と外とを問わず我々を取り巻く音である」という言葉や、「4分33秒」で有名なジョン・ケージがまだ現役で活躍していた時代で、音楽という概念が広くなり、また「環境芸術」といった用語も生まれた頃でした。
 そのような中で、江戸時代の浮世絵「道灌山虫聴きの図」などを通じて、当時の日本の都市に、いわば自然のコンサートを楽しむための名所があったことを知りました。であれば、ジョン・ケージよりも江戸時代の日本人の方がある意味、進んでいたのかもしれないなどと思いました。しかし、「音楽芸術」は「人為の音を素材とした作品もしくはそれを生み出す行為」というのが大学の「美学」の授業で学んだこと。「人為の音」それも「楽音(音楽作品の素材)」と「環境音」との間には、一学生には越えられない厚い壁がありました。
 同時に、環境デザインや建築を学ぶ美術学部の友人たちの場合、例えば商店街のざわめきだとか、あらゆるところに音があるのにもかかわらず彼らの関心は専ら視覚的表現にある、どうしてそのようなさまざまな「分断」が起こっているんだろうかといった疑問をもちました。そんなときに、音楽をコンサートホール内での演奏や楽譜の世界だけで考えるのではなく、暮らしに結び付いた環境の中に位置づけてとらえる「サウンドスケープ」という言葉とその考え方を、カナダの作曲家、マリー・シェーファーが提唱しているのを知ったのです。
 彼は、環境計画やまちづくりなどにおいて、目に見えるランドスケープ(風景)は考慮されても、それと分かち難く存在している「音」については軽視されがちだがそれはおかしい、音も同じくらいに大切な環境資源なのだということを主張しながらも、それを音楽思想の一部として展開していたので私は音楽学部の学生としてその研究を始めることができました。
 もう一方で、生まれ育った場所が杉並区の北のはずれにある善福寺池の近く。東京23区内とは思えないほど自然と文化が豊かな地域でしたので、自然環境をベースに文化活動をとらえるサウンドスケープの考え方に共鳴しやすかったのだと思います。専門の音楽からの学びだけではなくて、生育環境からの影響もあると思い、その恩恵にあずかった自分の地域も研究しなければと思って最近、武蔵野三大湧水池とその周辺地域のサウンドスケープ研究を始めたところです。

 

善福寺池/撮影:村川荘兵衛

 

■「サウンドスケープ・デザイン」とはどのようなことですか?
 「サウンドスケープ」の定訳は「音の風景」ですが、学術的には「個人、あるいは特定の社会がどのように知覚し、理解しているかに強調点の置かれた音の環境」という定義があります。音の問題というと音響学や騒音制御工学など他にも様々な音の研究をしている方がいらっしゃるのですが、サウンドスケープの考え方は「虫聴きの会」のように自然環境を「美的に愛でる」ことも含めて音環境を文化として捉えます。そのような音の世界を切り口にして都市や建築、暮らしや住まいなどを理解し、人々がさまざまな時代や地域でそれぞれの環境と取り結んだ関係を問題にし、それをその土地固有の「音の文化」として捉え直すことでもあります。
 視覚で捉える「ランドスケープ」に対し「サウンドスケープ」は形を超えた環境を捉えようとする。音は「形に留まらない」ということから、私たちはそこから土地の記憶や来歴などにも想いを馳せることにもなる。したがって「サウンドスケープ・デザイン」とは、見た目の美しさだけではなくつい忘れがちな音も併せて考えましょうということから、最終的な目標は、視覚的なものだけではなく音を含めた環境や空間を深く理解することまでもが含まれます。単なる「音環境のデザイン」に留まらず、そのようなサウンドスケープの考え方を通じて行うデザイン活動の総称なのです。
 私は現在、この考え方を用いてさまざまな「まちづくり活動」に参加しています。最近のアーバンデザインは、土地の文化や歴史を地域の大切な資源の一部として捉え、そこに住んでいる人や訪れる人たちが、その土地とどのように関わっていけるかということを重要視するようになっているので、以前に比べて、都市や建築の専門家たちとも話が通じやすくなっている実感があります。

 

■音環境に関して、建築家の仕事で「気になること」と言えば?
 ある音を、心地よいと感じるのか騒音と感じるのかは相対的なものです。人によって、場所によって、文化によっても違います。ところが建築設計では、素材を選定する時に遮音性の低いものには最初から×をつけがちです。でも、周りの音も聴こうと思っている人にとっては、襖や障子のほうがいい場合があるのです。その空間に対するコンセプトや何を求めているのかというような価値観は人やその状況によって違うはずであるにもかかわらず、まるで普遍的な評価基準があるかのように発想することには問題があると思います。
 また、見た目にはステキな居酒屋やレストランでも、音環境的に落ち着かなかったり、おしゃべりを楽しもうとするとお互いの声が聞き取りにくいといったお店が少なくないのは残念です。もっとも、お客の回転を早めるため、故意にやっているところは別ですけれど…(笑)

 

■自邸「風聴亭」についてお聞かせください。
 私が生まれ育った家でもある「祖父母の家」を取り壊し、自宅を建てるにあたって、昔の家の記憶や地域の気配を新しい家にいかに繋げるかが問題でした。一般的には、意匠的にファサードを残して再利用するところですが、私の場合は、先ず日本家屋の特徴的な音響資源として建具の音に着目しました。昔の家で使っていた愛着のある建具を保存しておいて、それをレールの素材もあわせて再利用すれば、昔の家の音風景を継承できるのではないかと思いました。最初はモジュールが違うなどの理由でなかなか工務店が見つからず困ったのですが、設計を依頼していた友人の建築家、大塚聡さんが1年以上かけて、古民家再生を得意とする秩父の棟梁、山中隆太郎さんとそのご子息の清さんを探してくれました。その方たちが私の考えに共鳴してくださり、我が家には無かった建具を持ってきてくれたり、予算が限られていたにもかかわらず「建具にまけてしまうから」といって立派な梁なども持ってきてくれたりといった当初の計画以上の展開となりました。
 また、家の近所には、私がこどもの頃からずっとその音を聞いてきた屋敷林があります。そのため、二階のベランダを、その屋敷林を聴くためのスペシャルシートとして、家には「風聴亭」という名前を付けました。このベランダは、周囲の土地の気配を家のなかに伝えてくれる重要な役割を果たしています。
 自邸の場合は、私が施主でしたから、家づくりに深く関わることができ幸せでした。私が建築家だったら、そのように音風景の立場からも家づくりを提案する建築家になりたいですね。

 

風聴亭/撮影:中野昭次

 

■瀧廉太郎記念館のリニューアル・プロジェクトとは?
 私が、大分県竹田の旧城下町にある瀧廉太郎記念館に携わったのは四半世紀も前のこと。記念館の設計全体の監修者だった故木島安史先生から、庭園デザインを担当するようお声掛け頂いたのです。ここは「廉太郎の旧宅」ですので、「少年廉太郎を育んだ音風景を来館者が追体験できるような庭づくり」をテーマとしました。若い頃は、私が話をしても「素人の人はそんなことを言うんですよね」などと言われてしまうことがありましたが、木島先生はサウンドスケープの考え方とこのコンセプトの本質を理解され、私の思うようにデザインをさせてくださいました。
 しかし、開館後20年も経つと担当者も変わり、館内の様子も変わってしまった。竹田市より、当初のデザイン・コンセプトに即した状態にして欲しいとの要望があり、記念館を拠点に「廉太郎お気に入りの竹田の音」をめぐる「まち歩きルート」も含め記念館のコンセプトを解説する小冊子を作ると共に、20年間に集った館内の資料を整理・厳選・再配置し、それらを新たな工夫をもって展示するようにしました。
 これら実際の設計担当をお願いしたのはデザイナーの鷲野宏さんです。和の空間に馴染むよう掛軸型の展示方法を探ったり、来館者の耳を本来の位置に誘うため、和机型展示ケースを開発する等、単なる「20年前への復元」を超えた室内空間を実現し、記念館に新鮮な風を導き入れてくれました。
 音の世界は、私たちの心を、建物の内と外、その周囲に広がる都市、さらにはそれが依拠する自然界へと生き生きと繋げてくれます。そのための舞台づくりは、「情報過多」の現代社会において、これからのデザインの重要な課題です。サウンドスケープ・デザインは、現代の社会においてもまだ分かりにくいと思われがちです。そ

こには近代以降、社会が発展しすぎてそれぞれの業界に独自の価値観ができているという背景もあります。例えば建築業界の常識だったり専門家の常識だったりするのですが、私の場合は建築に対しては専門家ではないかも知れないですが、本質的なことは考えてもいい筈です。逆に、建築業界では、専門家としての細分化が進んでいるので、注意していないと本質が見えなくなる場合があるかもしれません。

 

瀧廉太郎記念館/撮影:村上一光

 

■「名橋たちの音を聴く」の活動とは?
 本質が見えにくくなっているのは、音楽や都市についても同じです。サウンドスケープの考え方を通じて、この二つのテーマを繋ぎ、船上の音楽を通じて都市の実態と記憶に耳を傾けるためのイベントが「名橋たちの音を聴く」。廉太郎記念館のリニューアルも担当した鷲野宏さん主宰の都市楽師プロジェクトによるものです。サウンドスケープ・デザインの基本は、音風景の体験にあります。そのためにいかに有意義な機会をつくっていくかということは私にとって重要な仕事ですので、このプロジェクトには2010年の初回から「音風景の解説者」として参加しています。日本橋川で始めたこの活動、昨年から会場を神田川にも広げ、それぞれの場所の違いを音風景から味わう貴重な機会となっていますので、少しでも多くの建築家や都市の専門家に参加していただきたく思います。

 

左右「名橋たちの音を聴く:神田川篇2014」: 撮影:村上一光

 

「「名橋たちの音を聴く」チラシ

次回開催10月31日(土)申込は下記をご覧下さい
WEBサイト
 http://toshigakushi.com/event_nihonbashi100.html

 

■ 流儀をお聞かせください
 私はサウンドスケープの考え方と出会って、物事の本質、原点に戻って音楽や建築、都市や住まいについても考えることができるようになりました。
 個々人が、既成概念や実体験を伴わない様々な「情報」に捉われず、謙虚に自分の全身体を開いて、素直な感覚を持ち続けること、またそうしたセンスを持ったさまざまな専門家たちと境界を越えて連携していくことが、流儀として大切だと思っています。

 

 

 

鳥越 けい子(とりごえ けいこ) プロフィール

音風景研究家
サウンドスケープ・デザイナー
青山学院大学 総合文化政策学部教授
日本サウンドスケープ協会理事長

1955年 東京都生まれ
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業
ヨーク大学(カナダ)芸術学部修士課程修了
東京藝術大学大学院音楽研究科修了
博士(芸術文化学)
 日本各地の音文化の調査研究を行う一方、聴覚を切り口に、まちづくり、環境デザインから環境教育に至る各種のプロジェクト、都市をフィールドにしたワークショップ等を手がけている。主な著書に『波の記譜法―環境音楽とは何か』(共編著/時事通信社)『サウンドスケープ―その思想と実践』(鹿島出版会)『サウンドスケープの詩学―フィールド編』(春秋社)などがある。

 

撮影:村上一光

 

〈聞き手:八田雅章・市村宏文・立石博巳〉

 

 

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