JIA Bulletin 2013年10月号/海外レポート

北京 GALAXY SOHO

内山 美之
内山 美之

 2009年夏。前年のリーマンショックの影響で一気に冷え込んだ景気の波を受け、建築家たちはCVを抱えて右往左往していました。幸いにも私は、このプロジェクトとめぐり合うことができました。オリンピックが終わったばかりの北京は、建設ラッシュが続き地下鉄などの公共事業も活発に行われていました。
 GALAXY SOHO(銀河SOHO)はSOHO中国という中国最大の民間デベロッパーが建設した商業ビルで、山本理顕氏の建外SOHOや隈研吾氏の三里屯SOHOを建設したことでご存知の方もいるかもしれません。SOHO中国の建物は基本的に100m2強のユニットに小分けされ分譲されます。GALAXY SOHOは、中国外交部の建物の向かいに位置するビジネス地区の好立地ということもあり、ほとんどのユニットが竣工前に完売しました。

 


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A.GALAXY SOHO、東二環路から東南面を望む(タワー4、1)

 

プラニング
 GALAXY SOHOは延床面積33万m2、地上15階、地下2階。鉄筋コンクリート造(一部SRC)で地上に7か所あるブリッジは鉄骨造です。地上4階以上がオフィス、地下1階から地上3階までが商業ゾーン、地下2・3階は駐車場と機械室です。各階平面はすべて異なり、基準階というのがありません。6階部分が一番広がっていて、そこから上へも下へも徐々に基準階面積が減っていきます。オフィス部分はドーナツ状の平面をした片廊下型で、商業部分はドーナツの中央に屋根がかかりアトリウムを形成しています。レンタブル比をよく聞かれるのですが、中央の楕円形の廊下の外側にユニットが配置されているので相対的に廊下の長さが短くなります。また各階面積が減る上層階では、部分的に行き止まりのユニットを、他の階では廊下になっている部分を居室にし共用面積を減らす工夫をして、レンタブル比70%代を確保しています。楕円形プランの中央部分は8.4mのグリッドを楕円の短辺方向に並べ、ユニットの基準スパンにしています。したがって、ユニットの中で平行でないのはファサードか廊下が接する部分だけとなり、ほぼ矩形の室内形状が得られます。異形平面のユニットはブリッジの周りや一部の最上層階など一部です。階高は商業部分では5.5m又は6m、オフィス部分は3.5mです。オフィス部の階高はやや低いのですが、SOHO中国は階高を低く抑えた分、天井を張らずに設備機器等をむき出しにしたままの仕上げにしています。日本でも流行ったこのスタイルがSOHO中国の開発の特徴の一つになっています。

 


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B.中央キャニオンからの見上げ

 

3Dモデリング
 全体のボリュームのジオメトリは4つの上下にすぼむ楕円形。北東の角から反時計回りにタワー1〜4と名付けていました(オープン後はA〜D)基本計画段階では4つ以上のタワーがありました。合理化の結果、南東のタワー4は二つタワーが合体したぐらい大きなボリュームとなり、他のタワーとはやや異なったプランとなっています。基本設計の期間、Zaha Hadid Architectsでは主に構造と外装(パネル・サッシ)のジオメトリーをコントロールし、平面図は2次元CADにエクスポートしてLDI(Local Design Institute、中国側設計事務所)と一般的な事項を調整しました。タワーの主なジオメトリは、ご覧の通り水平も垂直にも変化する2次曲面です。この時点ではどんな素材で外装のパネルを作るかは決定していませんでしたが、多くの2次曲面のパネルを作るのは現実的ではないので、ジオメトリのラショナライゼイション(Rationalization、合理化)を進めました。まず水平に切り取られただるま落しのようなパネルの傾斜面を1次曲面にすることから始めました。パネルの垂直での高さは1.2m。離れた2つの水平面の間の傾斜面のむくりは、ほぼ無視できるほど少ないので、斜めの面をデベロッパブル・サーフェス(可展面)にしました。ここではDP(Digital Project、CATIAベースの3Dモデリングソフト)を使用しました。2次曲面からデベロッパブルサーフェスへの変換など、ラショナライゼイションに必要なツールを持っています。

 


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C.パネルをジオメトリごとに色分けした図

 

パネルの詳細設計とモックアップ
 まず、このパネル面を何の材料で作るかを決めなくてはなりません。基本計画時からの白い有機的な曲面のイメージを実現する為に、GRC(ガラス繊維強化コンクリート)、FRP、スチールパネル、アルミパネルの4種類の材料が検討され、モックアップの製作が依頼されました。設計を始めて約一年の2009年の秋です。まずGRCは表面の光沢を得ることが難しいことと、ジョイントの幅がとても大きく目立ってしまうことなどから見送られました。FRPはとても魅力的で、10mを越える一枚物のモックアップを製作してきました。表面はジェルコートと呼ばれる非常になめらかな光沢のある仕上げが可能でしたが、コストと火災への不安(消防の特認が必要なことと、北京ではCCTV火災のイメージが強くクライアントが懸念した為)などから見送られました。スチールパネルは、複数のブリッジで構造との一体化を図り合理化することができると期待していました。オランダの会社が台湾の造船会社と共同してモックアップを製作すると言っていたのですが、製作が遅れ他のモックアップから3ヶ月ぐらい遅れて完成しました。表面の滑らかさは十分だったのですが、塗装の質と色、全体で7万m2を超える面積のパネルを供給できるかなど不安が残った為見送られました。(ブリッジだけスチールを使用する案をギリギリまで検討しましたが、経年変化で違って見えると考え使用しませんでした)結局選ばれたのはアルミパネル。3mmのアルミ板にPVDF塗装を施しました。アルミパネルは、コストと供給能力に優れていることと合わせ、隣接するサッシ等との調整に有利なことも選定理由でした。

 


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D.材料選定時のアルミパネルモックアップ

 

 材料がアルミに決定した後、施主の協力の元、中国国内の大手サッシメーカーとコンタクトし、サッシメーカーのアッセンブル工場見学、アルミパネルの下請工場の見学などと、北は瀋陽から南は広州まで、10社以上を尋ねていろいろな技術的な質問やディスカッションを行いました。パネルは、ロール状のアルミシートから切り出して製作します。現在はCNCマシン等が普及していてデジタルデータの複雑な形状を切り出すのはさほど難しいことではなくなりました。しかし、工場から現場までの運搬、現場での施工性を含めて一枚のパネルの大きさを決めなくてはいけません。結局長さが約3m、幅がパネルの高さに合わせて1.2m〜1.5m程度の大きさに収まるように、デベロッパブル・サーフェスに変換した面の上にジョイント描いてデザインしていきました。この時はDP上のモデル面にジョイントを描き、モニター上でスピンさせながらデザインのバランスを見て確認した後、ジョイントに応じてパネル面へと切り分けていきました。

 


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E.アルミパネル工場見学

 

施工監理
 サッシメーカーの選定に際しては、通常の図面に加えてモックアップを製作させ、そのクオリティーを選定の基準に加えました。写真Fにあるように幅8mの1層に上下のパネルが付いたモックアップを5社が同じ場所に作成して比較しました。これは技術の差を見るだけではなく、施工上の問題のチェック、各社のこのプロジェクトに対する姿勢、そして本番の施工のためのベンチマークとして、とても役立ちました。

 


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F.5つの入札時モックアップ

 

 このモックアップの評価、前述の工場見学の評価、提出された図面と資料、各社スタッフの英語でのコミュニケーション能力などを評価してクライアントへ報告し、最終的に2社が選ばれました。私たちは1社に全部を施工して欲しかったのですが、納期に問題が出た際のバックアップ、2社使うことでの競争効果などを狙って、1社は東側のタワー1と4、もう1社は西側のタワー2と3とブリッジを担当することになりました。
 実はモックアップの時から技術的には東側の会社の方がリードしていて、パネルの支持方法の詳細もこの社の案が有力でした。最初は2社それぞれ平行して進んでいたのですが、最終的には細部を除き同じディテールを使用しました。

 


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G.パネル施工図のチェック

 

 私たちはそもそも”Artistic supervision”、表現的監修とでも言いましょうか、建物がどう見えるかという部分だけ関われば良い契約でしたが、最も重要な外装パネルが綺麗に施工される為には、工場から現場に至るまですべてのプロセスに関わらないとできないので、図Gのような施工図のチェック、パネルのサブフレームのレイアウトの検討に至るまですべての段階に関わりました。結果的にはこれが良いクオリティを得るのに結びついたと思っています。
 冬場はマイナス10度以下になり、また夏には35度を越えることもある北京の気候は施工は当然、施工監理のために現場を歩くのも一苦労です。中国ではトップクラスの施工会社の工事ですから、安全管理もあり皆ヘルメットもかぶっています。しかし平面も立面も曲がっているこの建物は、非常に仮設が設置しにくく工事側も苦労をしていました。ただ、現場での資材の仮置きの管理や仕上がった面の養生などがとても悪く、折角の白いパネルがどろどろになったり溶接の火の粉が飛んで跡が付いたりと、こちらが口を酸っぱくして注意してもなかなか意識が上がらず苦労した点もあります。

 


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H.パネル施工中

 


  去年の秋に完成しオープンしましたが、引渡しを受けたのはそれぞれのユニットのオーナー。実際にテナントが入っていくのはこれからです。朝陽門という、旧城壁の門があった場所に位置し、東二環という交通量の多い道路に面しているのでよく目立ち、様々なプロモーションなどにも利用され、新しい北京のイメージとして定着しているようです。
CCTVがあの跨いだような格好から北京っ子の間では「パンツ」又は「ズボン」ビルと呼ばれているのに対して、このGALAXY SOHOはその色と曲線からブラジャーと呼ばれているそうです・・・・

〈Zaha Hadid Architects〉


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