JIA Bulletin 2010年4月号/F O R U M 覗いて見ました「他人の流儀」
松井龍哉氏に「建築−ロボット−建築」を聞く 松井龍哉氏インタビュー風景
松井龍哉氏 インタビュー風景(フラワー・ロボティクス社にて)
聞き手:Bulletin編集委員

 
松井さんのこれまでのキャリアのご紹介と、ロボットデザイナーのお仕事についてのご紹介をお願いしてよろしいでしょうか。
 大学卒業後、最初に丹下健三・都市・建築設計研究所に勤務しました。当時は新東京都庁舎が竣工したばかりの頃でした。当時、丹下先生は高度情報化社会においての人と都市との関係が、情報によってもっと複雑になってくるが人間同士の顔の見えるコミュニケーションの質がさらに重要になってくると言われていました。丹下先生は1960年代から「情報」が未来社会のキーになると示唆されていました。私の世代はコンピュータ社会と都市の未来について具体的な姿を模索していました。ちょうど時代は90年代半ば、インターネットが社会基盤のインフラとして一般化しようとしている時でした。実際、個人的にコンピュータによるネットワーク社会に興味がありました。そこで独学でコンピュータの勉強を始めました。プログラムを組んだりすることよりも、むしろ例えばゲームのロジックやシナリオを考えたりするシステム工学的なほうが面白いと思いました。しかしロジックをプラットフォーム化させるより、「もっとフィジカルにコンピュータを表現してみたい」という気持ちが強かったと思います。それはもともと建築というリアルな仕事に関わっていたからかもしれません。
 その後、フランスへ渡り、Eole National Supeieur de Creation Industrielleでコンピュータ芸術について学び、IBM・Lotusフランス社に研究員としてソフトウェアのインターフェース・デザインの研究をしていました。フランスを選んだのは、当時フランスが唯一コンピュータの潜在能力を文化として支援する政策を打ち出していたからです。それに、パリだとコルビュジエの建物が毎日観れるかな……という淡い期待があったから……です(笑)。
 コンピュータのインターフェースを研究している時に生活と情報ネットワークのデザインをもっとフィジカルに行えないかと考えるようになりました。その時にロボットという研究対象を発見しました。ロボットは身体が実空間に存在するのですが、行動基準の判断は情報を分析しているところに、探していた対象があると直感しました。1998年に帰国し、文部科学省の科学技術振興事業団に研究員として就職しました。職種としては研究者ですが、デザイナーを希望し、雇用してもらいました。科学技術振興事業団では主にヒューマノイド・ロボットのデザインに携わり、それまでとは違う人生を切り開いていくことになりました。

マネキン型ロボット"Palette" (水戸芸術館での展示)
マネキン型ロボット"Palette" (水戸芸術館での展示)

松井さんのデザインされるロボットは、とても美しく、どことなく優雅さを感じさせるフォルムですね。
 当初は、ヒューマノイド・ロボットを実際の社会においてどのように使ってよいのかわかりませんでした。でも自分としては何か実際に役に立つことに使いたいと思っていました。ある日マネキンに注目する機会がありました。ショーウィンドウという路へのメディアは、大きな市場として確立しています。そこで環境から学習するロボット=ヒューマノイド・ロボットとマネキンが結びついたのです。人類が自分にとって厳しい環境から逃れるために得ようとする際に知恵が生まれるものとするならば、知恵の副産物が知性です。コンピュータの世界でいうと人工知能がそれにあたります。つまり人工知能にボディをもたせることによってダイナミズムが生まれ、知能ロボットの誕生となるのです。
 具体的には、ロボットに労働と報酬という役割を与え、環境から学習するというプログラムを組むことによって人や環境とインタラクションできるロボットをつくり上げました。そして動きに柔らかさを与えて、より精巧で美しいフォルムのロボットに仕上げていきました。このロボットはルイ・ヴィトンが最初の顧客となってくれて、その後ハナエ・モリなどが採用してくれました。

ロボットに対する美学は「フラワー・ロボティクス」という社名にも現われているように思います。代表を務めておられるフラワー・ロボティクス株式会社についてお話しいただけるでしょうか。
「フラワー・ロボティクス」は私たちが提唱するロボットデザインを現実社会において実践する法人組織であり、理念を共有する共同体です。小さな企業ですが開発から販売を行なうロボットメーカーです。21世紀の生活構造に重要な影響を与えるだろう「ロボット」を軸に、社会を予測し推察し活動しています。
 2007年〜2008年1月、水戸芸術館で創作活動を紹介する展覧会を開催しました。水戸芸術館は現代アートの美術館として知られていますが、当会場において30代で全フロアを使って展覧会を行なうのは僕が初めてということでした。初めは躊躇しましたが、現代アートとは言い換えれば未来や社会へのメッセージ。そこで、ロボットを通じて行なっていること、また社会の中でどういうポジションで仕事を進めているのかを一般の人に見てもらう良い機会になるかもしれないと思い引き受けました。私たちが開発デザインした製品の展示に加えて、入口のところを受付けと仮定し、私たちの理念も展示しました。この展覧会を通じて多くの人にフラワー・ロボティクスのメッセージを伝えることができたと思います。

そのメッセージとはどのようなことでしょうか。
 ロボットをつくることは、まず組織をつくることだと思っています。そのためには、「共同体のあり方」が重要だと思っています。我々の目指すは「ファブレスメーカー」です。流通を含めた地球規模のそれぞれの専門家とのネットワーク、現代のインディペンデントの人々の集まり、小さなスペシャリストの集団、等々、マーケティングを含めて、どうアッセンブルするのかを常に考えています。
 また、「21世紀型産業」という視点を大切にしています。「テクノロジー」とは時代をつくるキーワードです。テクノロジーやサイエンスは、元来、人間の生活を豊かにするために存在するもの。「産業」にいかに貢献することによってその存在意義があるのだと思っています。「ものをつくるということ」=「新しい産業構造をつくること」だと考えています。右肩上がりの社会が終焉した現在、20世紀型の産業構造に対して、21世紀型の産業構造がある。メーカーとして21世紀の新しい企業の姿の在り方があるはずです。成熟した小さな事務所が世界企業になっていく時代がきていると思います。
 私たちの創るヒューマノイド・ロボットは、商品として2009年6月から量産体制に入ることができました。またこれまでにも、2009年度グッドデザイン賞(什器部門)、iFデザインアワード(インダストリアルデザイン部門)を受賞することができました。いずれもメーカーとして受賞できたことが嬉しいです。

フラワー・ロボティクスでは、ロボット以外にも多様なデザイン活動を行なっていらっしゃいますね。その活動についてもお聞かせください。
 弊社では、マーケティングや販売をするShop事業部と開発とデザインを行なうデザインスタジオの二つの事業部があります。デザインスタジオでは自社製品以外の外部クライアントのデザインも受けています。2005−2006年にスターフライヤーという新規航空会社のトータルデザインを行ないました。スターフライヤーは北九州市に所在する航空会社で、ここでのデザインで目指したものは「ローカリティ」ということでした。常々、デザインとはローカリティに依存するものと考えています。ローカリティとは対象となるデザイン行為の背景にあるもの、つまり思想の根源でもあると考えています。機体や機内のインテリアのデザインも行なったのですが、何がそこの都市に暮らしている人の楽しみであり喜びであるのか……というところをデザインとして表現しようと思いました。スターフライヤーという企業が所在するまちの人々の誇りとなるような、そんなデザインを目指したわけです。
 Dunhill銀座本店では、ファサードとインテリアのデザインを手掛けました。ファサードのデザインを考えるにあたって、まず銀座中央通りの並びの店舗のファサードをサーベイしました。銀座の街並というと一見整然として見えますが、意外と非常に混沌としています。そこで、原初の美といわれる黄金律を用いてデザインしようと思いました。全体のデザインとしては、まずフレーム(黄金律)があり、その中に生活文化を入れるというコンセプトです。東京・銀座という都市性の中に黄金律という洗練された規律で表現することを試みました。Dunhillというイギリスの生活文化を東京において体現化するという意味付けにおいては、「洗練」ということを非常に意識しました。最終的には、「東京の家=Home」というコンセプトにまとめました。話題になった階段は、構造計画を梅沢良三先生にお願いしました。梅沢氏には丹下事務所時代に何度かお世話になっていました。

様々なデザイン活動を繰り広げていらっしゃる松井さんですが、
 最後に今後の展望についてお聞かせください。
 現在、携帯電話とつながるロボット〜ポラリス(Polaris:北極星)を開発しています。ポラリスは生活のあらゆる情報をトラッキングします。原広司氏の著書に『機能と様相』という本に影響を受けたコンセプトです。ものにまつわる情報が今後大切になっていくでしょう。生活と情報が実体験として融合する時代が来ているのです。人間とモノと情報をひとつの環境として捉える、広域でものをつくることを考え、未来に何を投げかけていくのかが核になるだろうと思っています。都市や空間にロボットを置いた時、環境と個人との関係性はどのようになってゆくのか……丹下先生からの宿題をいただき20年ほどかかり、「高度情報化社会のデザイン」という考え方がロボットを通じてようやく具現化できそうです。


Dunhill銀座本店
Dunhill銀座本店
Robot+Phone
Robot+Phone "Polaris"
KDDIのiidaより発表。
©KDDI3

 

 
松井龍哉(まつい・たつや)氏プロフィール

 1969年東京生まれ。91年日本大学芸術学部卒業後、丹下健三・都市・建築・設計研究所を経て渡仏。科学技術振興事業団にてヒューマノイドロボット「PINO」などのデザインに携わる。
2001年フラワー・ロボティクス社を設立。ヒューマノイドロボット「Posy」「Palette」などを自社開発する。「Palette」は09年より販売、レンタル開始。航空会社スターフライヤーのトータルデザイン、ダンヒル銀座本店店舗設計、KDDI「iida」のコンセプトモデル「Polaris」のデザイン・開発などがある。MoMA、ベネチアビエンナーレなど出展多数。iFデザイン賞、グッドデザイン賞など受賞多数。


北川原温


〈聞き手:三上紀子・鈴木利美・田中宣彰・杉本由美子〉


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