JIA Bulletin 20062月号/海外リポート

つれづれに……、対比の中で考えた……
モロッコの旅
倉島 和弥
砂漠・ベルベル人――
砂は非常に細かく赤い。ベルベル人は鮮やかなブルー。

異国・モロッコはあこがれの地だった。建築設計に関わるものなら、誰でもそうかもしれない。
 迷宮都市フェズはもちろんだが、ある写真で見た泥カスバ。その迫力に魅せられた。写真なのに……。だからいつか絶対訪れたいと思っていたのだ。
 期間は2005年9月19日から10日間。訪問地はカサブランカ、マラケシュ、ワルザザート(アイト・ベン・ハッドゥ)、ティネリール(カスバ街道)、エルフード(リッサニ、シェビ砂丘)、ミデルト、フェズ、メクネス、ムーレイ・イドリス、ラバト、そしてカサブランカ。メンバーはNPO法人家づくりの会のメンバー、私を含め有志6人。みんな住宅を主に設計している気のおけない仲間だ。

対比:01

 マラケシュを後にすると、ますます荒野と化していく。アトラス山脈に差し掛かる。山肌を見ていると集落が。眼をこらさないとわからないが、谷の向こうに、山肌と同じ色の集落がある。目が慣れてくるとあちこちに見えてくる。カモフラージュのためではない。目の前の材料を使う結果。環境を考える、などという以前に、同一化している。
 そんな風景に一喜一憂しながら第一の目的、アイト・ベン・ハッドゥに。逸る気持ちを押さえつつ、対岸で昼食を済ませ、水無し川を渡る。世界遺産に指定されているが、修復はまだまだ進んではいない。使われなくなったカスバは20年くらいで朽ちて(溶けて)しまうそうだ。映画のセットで作られた門も、そのまま残されて違和感なく建っていた。中では、まだ何人かが生活をしている。入り口でお昼を食べる男性たちに挨拶をしながら奥へ入れていただく。奥さんらしい人に厨房で挨拶し、さらに進む。小さな窓しかないリビングは涼しい。カーペットが敷き詰められ、低いソファーが壁の周囲にまわされている。後日フェズで、ガイド氏の自宅に招待されたが、彼のマンションのリビングも同様な設えだった。
 さらに上には中庭がある。カスバの特徴である、先を絞った4つの塔の先端は、新婚夫婦の部屋だったりする。構成は複雑で、平面がなかなか理解できない。細い街路と同様、内部も迷宮である。泥の迫力は、写真以上に魅力的だった。さらに、混入された麦藁がキラキラ光り、実に美しい。テクスチャだけでなく、シンプルなレリーフ模様も素敵だ。同一素材がまとまった時の、マッスの迫力にはジンとくるものがある。ル・トロネの石の厚さにまいった時と同様、心の底にゆっくり響く感動があった。まさに泥打ち放し。少し上まで上り、カスバと、昼食をとった対岸の新市街を眺める。新市街には、RCの建物もあり、こちらのロマンティシズムだけで語ってはいけないことをわかってはいても、やはり興醒める。生活に結びついたものの保存と修復の難しさを考えさせられた。
 その後、ティフルトットゥのカスバも見学し、小さなカスバや集落を目に焼き付けながら移動。カスバ街道中間地点のティネリールで一泊。大きなオアシスの街だ。荒野とオアシスとカスバの迫力を肴に夕飯は盛り上がった。

対比:02

 エルフードからリッサニという小さな街に立ち寄った。
 カスバとは、司令官の住む大きな住居と言っていいようだがメディナの中にもある。カスバ街道に見られる四つの塔のあるカスバはベルベル人のつくったもののようだ。リッサニでは、クサルといって複数家族が集まって住む要塞化した集落の街を歩いた。平地なので上下の動きはないが、細く、暗く、曲がりくねった道は、中世ヨーロッパの山岳都市のようでもある。違いは、路の上にも住居が重なり、トンネル化している点だ。路がぶつかるところだけ、上から外の強い光が落ちてきて、まるで、地底都市を歩いているようだ。カスバのリビングでも感じられたが、このクサルの通路は、光と影の対比をよりいっそう強く感じさせてくれた。たまに開かれた玄関戸の中は、綺麗なタイルでインテリアを明るく楽しんでいるようだ。

アイト・ベン・ハッドゥ――
対岸から全景。
雨期には水面に映る姿も美しいとのこと……。
リッサニのクサル――
光と影のコントラストが見事。
目が追いつかず、暗さは闇に感じる。
スークのにぎわい――
臭いや音や呼び声や五感がすべて敏感になる。
上の格子は日差しよけ。


対比:03

 世界遺産、迷宮都市フェズは想像以上に大きな都市だった。
 メディナ自体も大きいが、その周囲を、新市街が取り囲んでいる。御存知のように、メディナは今も機能し、各スークは活気にあふれている。
 焼き物の地域では、皿や壺の他タイルが作られていた。100角ほどのタイルはこねた泥を平らにつぶし、鉄の定規に合わせてカットされていた。全て手作業で、機械化された工程はない。さらに驚いたのは、モザイクタイル。一度焼き上げられたタイルを、型紙に合わせて大勢の職人が、コツコツと割りながら作っている。スペインから、モザイク風の大判タイルが輸入されているそうだが、やはりこの手作りモザイクの方が人気があるそうだ。モロッコのタイルのほとんどは、ここ、フェズで作られている。
 リアドの工事現場も見せてもらった。レリーフは型に入れられ作られるのかと思っていたが、細いノミのようなもので漆喰を彫り込んで作っていた。何もかも手作りで、それぞれの職人が認められている。合理化され、大量消費をしなければならないシステムと、時間がかかっても、作る過程や顔が見えるシステム。戻ることはできないが考えさせられる。

対比:04

 ガイド氏の友人や親戚の住むリアドも中まで見せていただいた。フェズの修復も予算が付かず、なかなか思うように進んでいないそうだ。そんな中、違法で屋上に部屋を増やしたり、内緒でホテルに改造したり、よからぬことも起こっているという。ガイド氏の親戚が住む住宅も、直せば美しくなる(繁栄していた昔は美しかっただろう面影がある)もったいない状況のものがあった。このままだと、フェズは崩壊してしまうかもしれない状況だ。かろうじて修復され、博物館になったところは、モザイクタイル、漆喰のレリーフ、アトラスシーダーのレリーフと天井が、実に美しく、豊かな空間となっていた。中庭と、そこに面す る部屋またはバルコニーの距離感は絶妙。

対比:05

 旅にはミーハーも必要だと思っている。目的だけでは疲れてしまう。今回は砂漠体験をしてみた。ラクダに乗り、夜明け前の月の砂漠をいく。夜明けを砂漠で体験する。風の音と、ラクダが砂を踏みしめる音だけしか聞こえない静かな世界。砂漠のまん中で、ベルベル人に化石を売り付けられる。砂漠といっても、砂丘。サハラ砂漠の西の端っこだ。ランクルで、石の砂漠を走り抜けた先に、大きな砂の山が盛り上がっている。その境目にはホテルがあり、お湯も出れば、プールもある荒野のリゾート。水道もなくオアシスから水を汲み、泥の家に住み、ロバで荷物を運ぶ、そんな村の生活を見てきた後だけに、不思議な感覚。究極の豊かさ、贅沢。
 対比:06
 オアシスというと、砂漠の真ん中にヤシの木が一本と小さな池なんて、アメリカンカートゥーンのイメージがあったが、マラケシュもフェズも、オアシスに人が集まってできた都市だ。カスバ街道に見られるオアシスも、谷底に緑をたたえ、細長く続くところもあれば、平野に続くものもある。イメージより大きなものだった。水は上から下におり、川や伏流水となり谷底を潤す。集落はオアシスの少し上の斜面に並び、オアシスで農耕が営まれる。オアシスの泥は、建築にも有効なのだろう。麦の藁、泥、ヤシの木材。建築はそこにあるもので作られ、そこに戻っていく。

対比:07

 モロッコの街(村)を上から見下ろすと面白い。
パラボラアンテナが、家の数だけ同じ方向を向いて付けられている。ロバが行き交う街の屋上には、最先端の情報が行き交っている。不思議な構図だ。それらの情報が、彼等の生活に、今後どんな影響を与えていくのだろう……。

巷では、ロハスだ

 今回の旅でかいま見た生活、社会は、まさに、ロハスといえそうだが、果たして彼らはそれを望んでいるのだろうか。やはり、西欧的な、アメリカ的な便利で、綺麗で、豊かな生活がほしいのではないか? あなたたちのほうが進んでいるんですよと言いたかった。
 泥カスバに憧れて訪れたモロッコは、異国という言葉通りの国だった。建築・集落を通して、環境や職能、社会のあり方、多くのことを考えさせられた。
 いつかまた訪れたい。(ジブラルタル海峡にトンネルを掘る計画が進んでいるそうだ)

モザイクタイル――
一度作られた正方形のタイルを、型に合わせてモザイクタイルにする。もろいものなのに、組み合わせがぴたっと合うように割り、切っていく。
今にも朽ちそうなリアド――
このまま朽ちていくものもあれば、ホテルなどに生まれ変わるものもある。リモデルには数千万DH(ディルハム)かかるそうだ。ちなみに、コーヒーは50円位
オアシスと集落――
森はナツメヤシ。ナツメヤシは特産で、天日干しして食べる。干し柿のような味。
山と同化した集落と緑が美しい。

 

 

〈RABBITSON一級建築士事務所〉

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