JIA Bulletin 200412月号/海外リポート


バングラデシュの建築事情
保坂 公人
写真1-ガンジス川の氾濫
はじめに バングラデシュは周囲をグルリと大国インドに囲まれ、東南部はベンガル湾に面し、そのほんの一部がミャンマーと接している国である。人口は1億3000万人弱、面積は北海道の二倍弱。大河ガンジス川のデルタ地帯に位置し、国土は全体にフラットである。それゆえ農業に適し、現在では年間三期作で米を栽培して米の自給率はほぼ100%である。それなのにバングラデシュは世界の最貧国に属していて国民一人当りのGDPは400米ドルに満たない。問題山積の国である。  1947年にインドから独立した時は東パキスタンと言った。1971年に再度パキスタンからの独立戦争を経てバングラデシュとなった。国旗は日本とそっくりの日の丸だが、地色は濃いグリ−ンである。気候は典型的な亜熱帯モンスーン気候。雨季にはスコールとサイクロンが襲来し、国土の半分近くが水没することもある 。(写真1)
 首都ダッカの 建築事情  首都ダッカは人口1000万 人弱だが地方からの流入もあり、人 口は膨張している。車は左側通行で日本からの人間には違和感はない。しかし、街はすさまじい交通ラッシュと騒音、そして排気ガ スの中にある。また、2車線の道路に車などが4列で入ってしまうことなど珍しくもない。その上、渋滞した車の列の中を人が自由に横断してゆく。
 道路は人、リキシャ(自転車で引く人力車)、3輪タクシー、4輪タ
写真2-交通事情
クシー、通常の乗用車 、大型バス、トラックがひしめきながら通行する。 私は途上国で仕事をすることも多いので 、あちらこちらに行くが、バングラデシュは日本でも有名な中国の交通事情より遥かに凄まじい。無傷の車など皆無である。トラックやバスのサイドボディには2、3筋のアングルが熔接されていて、接触されても被害を少なくする工夫が施されている。というより相手を「触ると傷つくぞ」とばかり威嚇している。時にはセンターラインの内側を反対向きにリキシャがやって来る。交通ルールなどなきに等しい。とは云いながら阿吽の呼吸があるらしく、微妙な間合いで譲り合う。この国ではとても車を運転する気にならない。(写真2)
 今、ダッカは建築ラッシュである。20階を越す高層ビルが何本も建設され、あるいは建設中である。ダッカの建築家に話を聞いたが、日本でいう建築基準法はないらしい。いくつかの制限(用途制限など)はあるが増築、改築、階数、など自由で、お金が出来たら増築できるように柱鉄筋が屋上から飛び出している建物も多い。今回の滞在中に6階建ての共同住宅が崩壊し、多くの人々が圧死したというニュースが英字新聞に載っていた。築100年の3階建てビルに、最近もう3階を建て増したようだ。今の日本人の感覚ではまったく理解できない。建築家の経験と勘で構造が決められるようで、現場でも経験と勘による施工が行われているようである。最近施工されている高層ビルはフラットスラブ形式が多く見られ、スケルトンでは柱とスラブしかないスマ−トな構造が流行のようだ。(写真3、4、5、6)
写真3-竣工パ−ス
写真4-建築初期の状態

写真5-構造の詳細

写真6-工事中

写真7-複合ビル外観
写真8-高架道路の耐震補強
写真9-農村集落
 写真で見るようにどの建物にも梁がなく、すっきりとしている。柱とスラブのスケルトンに焼きレンガで壁をつけ、漆喰で仕上げデザインを施すので、完成した建築物は実に垢抜けたものとなる。工事中の足場に大きな完成予想パースを掲げて分譲予告をしていているが、結構売れているらしい。「アセット何々」と名乗る施工会社もあるので、日本と同じように建築物は財産価値が高いのだろ う(写真7)。そして、大抵の高層ビルは複合用途である。 1、2階が店舗で上部は事務所や住居という構成が多い。
 外観デザイン先行のようなので日本人の生活習慣では住み難い環境に思える。その上、バングラデシュでも地震はあるということなので、地震大国の日本からやってきた私は恐ろしくてとても住む気にならない。
 交通渋滞を解消するために大きな交差点の1つに立体交差の道路がまもなく完成する。新聞報道によると地震時でも橋桁が落下しない工夫が施されているという。実物を見ると橋桁の下に太いチェーンを取付けるようにしてあ る。(写真8)
 最近の日本の高架橋などで行われているものと同様の工法である。「日本の援助かも知れない」と記事を確かめると中国の会社の施工だった。設計者は書いてなかった。新聞では「地震でも安心」という内容の記載であったが、高層建築の構造とのアンバランスは認識されていないようだ。

 農村の生活
 毎年、必ず訪れる雨季の洪水対策として集落は川泥(粘土)を積み上げた水塚の上に建っている。周囲の田圃から1.5mくらい高くしてあるが、最近はしばしば水塚を越えてしまう洪水に見舞われている。今年も通常より1mも高い洪水で床上浸水した家も多い。洪水は7月下旬から8月下旬まで続き、人々は苦難を強いられる。水塚を外れた場所に家を作る場合は高床式としている。束材は木材か竹が主であるが、最近のものでは鉄筋コンクリ ートのものもある。(写真9)
 水塚の上に建てられる従来の農家の造りは木造軸組みの中に竹コマイを貼り、粘土と漆喰で壁を仕上げ、屋根は藁かトタンが多い。高床式のものは木軸組に竹の網代の壁、トタン屋根を乗せている。屋根型の基本は入母屋である。
 最近作られる幹線道路は自動車交通のために作られ、絶対に冠水しないほど高く作られるが、集落を繋ぐ道路は狭く(1車線程度)しばしば冠水して交通が遮断される。そのような集落では交通手段は舟になる。各戸で小さな舟を持っていることが多い。また、何処でも移動できるので便利に使える。

 おわりに
 バングラデシュでは20年ほど前から飲料用や灌漑用の深井戸が掘られるようになり、遠くから水運びをする苦労がなくなった。そして、乾季の米作が可能となって主食は自給可能となった。しかし体に染みが出るなど原因不明の風土病があちこちで発生した。調べて見ると飲料水から砒素が検出され、人々が砒素中毒になっていたのだ。その後の調査で砒素が検出される井戸は全国に発見され、砒素の出る井戸と出ない井戸が明確にわかるように飲用適の井戸はグリーンに塗られた。新たな問題は全国に広がってしまっている。日本からはアジア砒素ネットワークというNPOが医療や飲用水確保のために活動している。
 これからの世紀は油ではなく水が争いの原因になるといわれている。バングラデシュのように水だらけの国でも水に苦労させられるという皮肉な現実がある。使える、限られた水を守ることが将来の日本にも要求される。私は将来のためにバングラデシュでリサイクル型のトイレシステムの可能性を探っている。


*資料
 建築材料などについてもまとめておく。
 鉄筋コンクリート
 鉄筋は異形鉄筋がほとんどである。運搬や販売所の関係で長い鉄筋を折り曲げて運んでいる。太い鉄筋は熱を掛けて曲げてあるようで曲げ部に錆びが出ている。現場では曲がり部分を使う場合、ベンダーで伸ばしてまっすぐに 直している。(写真10)
 砂はガンジス川からいくらでも汲み上げるられるが砂利はないので、通常は素焼きレンガを砕いて使っている。動力を使う専用のクラッシャーもあるが、人力で砕くケースも多い。建物解体の時、素焼きレンガは回収され、再生場で仕分けられる。レンガとして再利用できなものはハンマーで叩いて骨材として再生される。再生場では炎天下一日中ハンマーを振るっている女性や老人を見ることが出来る。激しい肉体労働だが、それでも職に有り付けるだけましと思うべき状況なのだ。(写真11)
 砂利は全く見ないわけではなく、砕石は良く見る。通常の砂利も稀に見ることもあるが非常に少ない。ほとんどが輸入ものと思われる。
 コンクリートは生コンはない。現場でミキサーで練る。配合比は1:2:4が標準となっている。強度試験は行われない。高層の現場ではミキサーを打設階まで持ち上げて練る。
写真10-工事現場の鉄筋
写真11-レンガ再生場

 足場、サポ−ト
 足場やサポ−ト材は圧倒的に竹材が使われる。竹足場で20階以上の高層建築にも適応させている。中国の上海では30階を超える超高層ビルに竹足場を掛けていたのを見たことがあるので、バングラデシュの作業には驚きはなかったが、麻縄で結束してゆくその技術にはほれぼれ と見惚れて しまう。(写真12-13)

写真12-竹足場

写真13-竹サポート




 素焼きレンガ
 壁の素材は全て素焼きレンガである。レンガ工場は至るところにある。粘土を整形して天日で乾燥させる。それ を窯に入れて焼き締める。サイズはインチサイズが主で7×12×25(cm 目地込み寸法)である。精度は良くないが、目地で十分調整できる。また、建築の精度も厳しいものではない。

 

〈五十音設計(株)〉

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