建築家との出会いのために

□ なぜ建築家が必要か
 家を建てようとするとき、建築家に設計監理を依頼する方はまだ少ないようです。
確かに建築家に頼まなくても、工務店に相談すれば簡単な図面を引いて工事をしてくれるし、ハウスメーカーの展示場へ行けば実物を見て選ぶこともできます。それなら設計監理料というお金を費やしてまで建築家に頼む必要はないだろう。こう考えて敬遠しているのではないでしょうか。
 しかし、それならなぜ、少数とはいえ建築家に依頼する人々がおられるのでしょう?。それは本当に自分にシックリと合う家を望むからでしょう。「自分にシックリと合う家」を得ることは昔よりずっと難しくなりました。それはライフスタイルが多様化したからです。昔の日本の家はよく似ていました。職業や経済的階層による差や地域による差はありましたが、同じ地域で似たような職業なら、家のつくりも似ていたので、自分の体験から親や友人の家を思い出してアレンジすれば、大工さんに相談するだけで足りたわけです。
 しかし現在では、たとえ隣に住む人や会社で机を並べている同僚ですら、理想とするライフスタイルが異なります。自分の暮らしにこだわる人には建築家が必要なのではないでしょうか。

□ 「分かりにくい差」こそが住み心地を決める
 既製服が多くの人たちにそこそこ馴染むように、ハウスメーカーの住宅や建売住宅に、満足できると感じている方も多いかもしれません。
 しかし、住まいに敏感な方がメーカーの住宅に満足できないことも確かです。それは、これらは商品の宿命として、一般的多数のニーズに応じること、いわば最大公約数を満たすことを目指しているからです。それらは多種多様に見えても、その差は上中並、あるいは和定食と洋定食という風に分かりやすい違いで差別化したものです。乗用車が、見た目が違ってもエンジンの種類はたいして違わないように、基本仕様とオプションの組み合わせに過ぎません。個性的なライフスタイルを望む方にとっての住み心地というのは、単に窓の形や屋根や壁の色などの「分かりやすい差」よりも、空間の拡がりや自然光の入り方、モノの質感などの「分かりにくい差」で決まるものです。こうしたことは、建て主さんには、なかなか言葉で言い表せないことですが、それを打ち合わせの中から汲み取って、「分かりにくい差」を実現していくのが建築家の仕事なのです。

□ 建築家とは施工から独立した立場  
 建築家は、単に図面が引ける人ではありません。このことが日本ではとくに分かり難くなっています。日本には「建築士」という資格があって「建築家」と紛らわしいからです。「建築士」は法規や技術の知識を保証する国家資格ですが、すべての建築士が「建築家」であるわけではありません。設計はせずに、役所や建設会社の施工管理部、教育機関などで働いている建築士の方もたくさんいます。
 「建築家」とは、施工業者から独立して設計と工事監理を行ない、建て主さんから報酬を受ける人です。建築家は計画する建物をまず図面で表わし、それを実現させるわけですが、その過程で、工事費や工事内容が適正がどうかを監理します。これは施工業者の下ではできないことです。
 建築のアマチュアである建て主さんがプロである施工業者と契約する場合に、「建築家」はプロとして建て主を護る職業だ、と言ってもよいでしょう。 このことは住宅を建てる方には重要です。企業では社内に専門知識を持つ人がいますが、住宅の建て主はほとんどの場合そうした知識を持たない個人だからです。

□ 建築家は「イエスマン」ではない    
 建築家に依頼する方が少数にとどまる理由はもう一つあります。建築家に依頼することは、金銭的な面だけではなく、時間的にも負担を要し、平たく言えばけっこう面倒くさいことだからです。
 建築家はいつもハイハイと言うことを聞くとは限らず異論を唱えることがあります。それはなぜでしょう。 もし、設計を早く進めることを優先するなら、イエスマンでいる方が楽で、議論をすれば建築家自身の時間も費やされます。それなのに意見を言うのは、その場限りの円滑さよりも最終的な結果、つまり建った家の真の住み心地を共に喜びたいからです。
 もちろんハウスメーカーや工務店にも良心的で誠意のある設計者はいますが、意見を言う度合いはずっと少ないでしょう。工事まで請け負う会社では、設計は工事を受注するための営業的性格のものなので、なるぺく手間を掛けずに本来の利潤の源である工事に移ったほうがいいわけです。ですから、どうしてもイエスマンになりがちです。
 建築家に設計を依頼することは、打ち合わせの議論を重ねることです。それが嫌なら建築家に依頼しないほうがいいかもしれません。しかし、もし自分にシックリ合った家を建てたいと思い、そのための努力を惜しまない覚悟があれば、建築家と議論することは、むしろ楽しみに変わります。あなたはその中で、これまで言葉にならず自覚していなかった人生観がしだいに形になっていくのを体験し、ほんとうの自分を発見するでしょう。

□ 大切なのは「相性」がいいこと
 自分にシックリ合った家を建てることは、自分の人生観を問い直すことで、心ある建築家はその手助けをしたいと考えています。
 建築には唯一の正解というものがなく、一つの答えを選択するのは、建て主と建築家の人生観にかかっています。建築家のほうにも個性があり、人によつて言うことも異なるでしょう。もちろん建築家はプロですから自分の個性をかたくなに守るわけではなく、住み手の個性に重ね合わせようと努めます。しかしそれでも、誰でも同じというわけにはいかないのは当然なことです。
 だから建築家に設計を頼む場合の大切なことは「誰を選ぶか」ということです。建て主さんと建築家は、必ずしも同じ人生観を持つわけではなく、だからこそ設計で議論も生じるのですが、そこには何か響き合うものがなくてはなりません。つまり建て主さんにとって重要なのは、建築家のデザインの傾向だけでなく人間としての「相性」がいいことです。そうであってこそ、議論が喧嘩にならず、信頼を基礎にして互いを尊重し合う人間同士の会話として成立するわけです。逆に言えば、全く肌の合わない建築家に設計を依頼することほど不幸でくたびれることはないと思います。

□ 建築家と「お見合い」をしてみる
 では、どうすれば自分と肌の合う建築家に会えるでしょう。それはそんなに難しい事ではありません。雑誌やインターネットなどで(あるいは街で見かけた家でもいいのです)何か心に響くものを感じる住宅があったら、その設計者の事務所を訪ねてください。建築家は、面談してすぐに仕事を依頼されるとは期待していません。ですから、自分に合った建築家を捜している方が、いわば「お見合い」を求めても、決して拒みませんし、具体的な作業を頼むのではなく(たとえば敷地を見に行く、役所で規制を調べる、計画案を考える、といったことがなく)1時間ほど話し合うだけなら、相談料を請求することもないはずです。
 また「小さな家だから」「予算が少ないから」建築家には相手にされないだろうと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう心配は全く無用です。「その予算ではその規模の家は無理です」と言われることもあるでしょうが、それは専門家の判断を伝えることで、あなたの計画を軽視しているわけではありません。限られたお金の効果的な使い道を考えるのが建築家の仕事ですから、遠慮することはなく、自分の予算内でできることを知る意味でも建築家に会うメリットはあります。
 こうして建築家を捜すのもけっこうくたびれるかもしれません。でもそれは他でもないあなた自身の幸せを求める道なのです。その努力を回避して、向こうから売り込んでくる自称建築家や、たまたま紹介された建築家の個性をよく見極めずに依頼して、その結果がうまくいかなくても、それはあなたの責任です。建築家は門戸を開きつつ、自分で売り込むのではなくあなたが訪れるのを待っているのです。建築家は自分を選んでほしいのであり、選ぶのはあなたです。建築家の選択は努力を要しますが、もし自分と肌の合う建築家と出会い、一緒に建築を創っていければ、それはおそらく、この世で一番ぜいたくで、かつ楽しいことでしょう。

   

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